第43話 取材
ギルドハウスの応接室のソファーに座ったナルミは、白いスーツの内ポケットから、茶色い手帳と黒色のペンを取り出した。
彼女の右肩の上には、鉄色の球体カメラが浮かんでいる。
女性記者は、机を挟み同じ材質のソファーに横並びで着席している取材対象者に視線を向ける。目の前にいるクマの耳を生やした獣人の少年の右隣にいるハーフエルフの少女は、恥ずかしそうにローブのフードを目深に被りなおした。それを見た獣人の少年、ムーンが、彼女の右肩を優しく叩く。
「おい、ホレイシア。ナルミはホレイシアの顔知ってんだから、そうやって顔隠さなくてもいいと思うぞ!」
「ダメ。こうしてないと落ち着けないよ」とホレイシアが首を横に振る。そんなふたりのやり取りをナルミの右隣で聴いていた白髪のヘルメス族少女、フブキがため息を吐き出す。
「早く取材を始めてください」
その言葉を受け、ナルミが両手を叩く。
「はい。それでは、取材を始めます。ず、ギルドを結成するに至った理由を教えてください」
「きっかけは、EMETHシステムの被験者に選ばれたことだな。異能力を手に入れたら、新しいことを始めたいって思って、いろんな困ってる人を助けられるギルド活動をやってみようと思ったんだ。ホレイシアと一緒にな」
自信満々に答えたムーンが、隣のホレイシアの顔を見る。それに対して、ナルミは右手を握り、左掌を軽く叩いた。
「なるほど。ホレイシアさんが最初の仲間だったんですね?」
「ああ。そうだ。被験者として選ばれた人々に異能力が与えられたあの日、ホレイシアを仲間に誘ったんだ。一生、薬屋の娘として働き続けるのはもったいないって。ホレイシアのすごいとこは、俺が一番よく分かってるからな。薬草に詳しくて、優しくて、それから、バカな俺を近くで支えてくれる。ホレイシアはすごく頼りになるヤツだ!」
正直なムーンの答えを隣で聴いていたホレイシアが、慌てて両手を振る。
「ちょっと、ムーン。恥ずかしいから、やめてよぅ」
「この前も言ったけどさ。俺はホレイシアもスゴイヤツなんだって、みんなに教えたいだけだ!」
反省せず胸を張る獣人の少年の右斜め前で、フブキが右手を挙げる。
「マスターの話を捕捉します。ホレイシアは薬草や回復術式の知識が豊富で、その実力は高位錬金術師クラスです。私が与えた錬金術書を読み解き、自在に使いこなすこともできます」
「なるほど。そうなのですね」
納得の表情を浮かべたナルミが、ソファーの上で縮こまっているホレイシアを見つめる。
それから、ナルミは次の質問をムーンに問いかけた。
「ギルドマスターのムーンさんは、EMETHシステムの被験者として異能力を与えられたそうですが、具体的にどのような能力なのでしょう?」
想定済みな質問が飛び出すと、胸を張ったムーンが右手の薬指で机を叩いた。すると、机の上に鉄製の小刀が召喚される。
「これは、どこでも売ってる小刀だ。これを俺が握れば、刀身にすごく熱い炎を纏わせることができるんだ」
ナルミが頷きながら、右肩の上で浮かぶ球体のカメラを動かし、机の上の小刀を撮影する。その後で、フブキはムーンの話を補足した。
「具体的に言えば、どこにでも売っている剣を摂氏五千度の炎を纏った火剣に変えることができます。この場での能力の使用は危険なので、後ほど、外でお見せします。そのカメラでぜひ撮影してください」
「分かりました。では、ヘルメス族のフブキさんとは、どうやって知り合ったのでしょう?」
「この獣人の姿になった後で、ホレイシアの手伝いでハクシャウの泉に行ったら、偶然会ったんだ。その後、同じ薬草を狙ってた盗賊たちを一緒に倒して、コイツを仲間にしたいって思った」
あの日のことを思い出したムーンの隣で、ホレイシアが首を傾げる。
「この際だから聞くけどさ。ムーン、もしもフブキがヘルメス族じゃなかったら、仲間に誘ってたの?」
不意に飛び出した疑問に対して、ムーンが眉を顰める。
「うーん。誘ってたと思うぞ。フブキはすごく強くて、賢くて、優しいヤツだ」
そんなムーンの言葉を聞いていたフブキは、表情を変えることなく、言葉を返す
「ヘルメス族を仲間にすれば、なにかと便利だと思って、仲間に誘ったのかと思いました」
「おいおい。フブキ」とムーンが目を丸くする。その獣人の少年に冷たい視線を向けていたフブキは、クスっと笑った。
「冗談です。マスターがそのような人だったら、私は仲間にならなかったでしょう。目を見れば、相手が強欲な人間かどうかくらい瞬時に判断できます」
目の前で繰り広げられる三人の会話に耳を貸したナルミが手帳にメモを取る。それを書ききると、記者の彼女は、三つ目の質問を繰り出す。
「どうして、副業でギルド活動を始めたのでしょうか? 本職を辞めて、ギルド活動に専念した方がよいように思えますが……」
誰もが気になるであろう質問をムーンが明るく笑う。
「今の仕事がすごく楽しいからさ。刀鍛冶工房辞めるのもったいないって思ったんだ。だから、副業にした。まあ、副業にしたのは、ホレイシアのためでもあるんだけどな」
「それは、どういうことでしょう?」
頭にクエスチョンマークを浮かべたナルミがムーンに問いかける。だが、その疑問の答えはムーンではなく、ホレイシアが答えた。
「将来的に実家の薬屋を継がないといけないので、私はムーンの誘いを断ろうとしたんだ。そうしたら、副業でもいいって言われて、仲間になろうと思ったんだよ」
「なるほど。そうだったんですね。では、このギルドの特徴について教えてください。なにやら、他のギルドとの相違点がいくつかあるとお聞きしましたが……」
「そうですね。他のギルドとの相違点は二つほどあります。一つ目は、完全週休二日制を導入していることです」
フブキが右手の人差し指を立てる。隣から聞こえてきた話にナルミが興味を示す。
「完全週休二日制ですか?」
「はい。私たちのギルドは副業として活動しています。本来ならば、時短勤務で活動時間を確保する方法が正しいのでしょうが、私は不規則な職務形態のお仕事をしています。時短勤務が許されない私の場合は、労働時間が十二時間を超える長期労働になることも想定されます。それを避けるため、完全週休二日制を導入しました」
「完全週休二日制を導入しているギルドは、あまり聞いたことがありませんが、その方法で儲けが出るのでしょうか?」
「そこで他のギルドとの相違点、その二です」
そう言いながら、フブキは右手の指を二本立てた。
「ヘルメス族の特殊能力、瞬間移動を使えば、交通費を気にすることなく、アルケア中のクエストを自由に選ぶことができます。最も、私が行ったことがある場所でなければ、使えませんが、一瞬でアルケアを東奔西走しながら、一日で多くのクエストを達成することも可能です。他にも安定した収入源を得る仕組みもありますが、企業秘密ということにしておきましょう」
真剣な表情のナルミが手帳に要点をまとめる。
「なるほど。最後に今後のギルド活動に関する目標を一人ずつお願いします」
取材も終盤に差し掛かり、女性記者は視線をホレイシアに向けた。黄緑のローブのフードを目深に被り、顔を隠している彼女は、視線を感じ取ると、緊張して丸まった背を伸ばす。
「安全第一でいろいろなクエストに挑戦したいです」
ホレイシアのコメントに続き、フブキが右手を軽く挙げる。
「様々なクエストを通して、自らの見分を深めていきたいものです」
「フブキ、お前、マジメだなぁ。俺は困ってるヤツをいっぱい助けたい」
相変わらずな目標に、ホレイシアがクスっと笑う。
「ムーンも相変わらずだね」
「ありがとうございました。最後にギルドハウスの庭にて、ムーンさんの異能力のデモンストレーションを撮影したら、本日の取材は終了です」
一通りの取材が終わると、ナルミは席から立ち上がり、取材対象者たちに頭を下げた。
その一方で、ムーンが目をパチクリと動かす。
「デモンストレーションってなんだっけ?」
「庭でムーンの異能力を見たいって意味だよ」
呆れるホレイシアの隣でムーンが手を叩く。
「ああ、そういえば、そんなこと言ってたぞ。じゃあ、行ってくる!」
ムーンが小刀を右手で握ったまま、一礼をしたナルミと共に応接室から飛び出していく。
そして、取材はムーンの追加撮影を残して、終了した。
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