第42話 写真
「そろそろ、時間だよな? 楽しみだ」
ギルドハウスの応接室の中で、クマの耳を生やした獣人の少年が明るい瞳を輝かせた。
その少年、ムーン・ディライトの近くで、黄緑色のローブのフードを目深に被った少女がそわそわと慌ただしく動く。
「ねぇ、ムーン。やっぱり、顔は見せなきゃダメだよね?」
「ああ、そうだろうな」と視線を彼女に向けたムーンが答えると、少女は両手で自分の顔を軽く叩いた。
「そうだよね。ちょっと恥ずかしいけど、顔隠したままだと相手に失礼だよ。だから、頑張る!」
「ホレイシア。無茶しなくても大丈夫だと思うぞ」
顔を隠す少女、ホレイシア・ダイソンの傍に立ったムーンが、彼女の右肩を優しく叩く。
「ムーン。ありがとう」とホレイシアが優しく微笑むと、応接室の扉が開き、尖った耳が特徴的な白髪の少女が顔を覗かせた。
腰よりもやや上の長さまで伸ばされた後ろ髪を揺らしながら、白いローブを身に纏う少女がムーンたちの元へ歩み寄る。
「会話が扉の外まで漏れていました。ホレイシア、取材に訪れるのは、クエスト受付センターに所属する記者です。当然、ギルド契約書などを元に下調べをしてから取材を行うことでしょう。ホレイシアがハーフエルフであることも当然のように知っています。そろそろ素顔を晒したらいかがですか?」
凍り付くような冷たい青い目を閉じたヘルメス族の少女、フブキ・リベアートがホレイシアに語り掛ける。
「理屈は分かっているけど、まだ心の準備が……」
ホレイシアが頭を抱えた直後、呼び鈴が
鳴り響く。その音を聞いたムーンは、天井を見上げるように顔を上げた。
「多分、来たっぽいな。どうすんだ? みんなで玄関に行って、お出迎えするか?」
「いいえ。ここは私が行きます。マスターとホレイシアは、ここから動かないでください」
「ああ、フブキ、頼んだぜ」
応接室の扉の近くにいたフブキに視線を向けたムーンが右手の親指を立てる。その直後、ふたりの前から一瞬で、ヘルメス族の少女の姿が消えた。
赤い屋根の住宅の玄関前には、白いスーツ姿の少女がいた。十代後半という若々しい見た目の黒髪短髪の少女は、そわそわと周囲を見渡し、もう一度、目の前に見える呼び鈴に手を伸ばす。
その瞬間、彼女の視界に白髪の少女が映りこんだ。一瞬で現れた尖った耳の少女が玄関の前へ降り立つと、記者の彼女が「うわぁ」と声を挙げ、腰を抜かす。
その姿を見たフブキは溜息を吐き出し、右手を彼女に差し出した。
「最初のインパクトが大切だとアイリス……私の本職の同僚に助言を受けましたが、少々、驚かせすぎたようです」
「はっ、はい。驚きました」
フブキの手を掴み、記者の少女が立ち上がる。
「ありがとうございます。そして、初めまして。ギルド受付センター広報部のナルミ・レスポートと申します!」
「フブキ・リベアートです。応接室でマスターたちが待っています」
「はい」と明るく答えたナルミは、フブキと共に応接室へ向かって歩き始めた。
「因みに、この取材記事はいつ掲載されるのしょう?」
廊下を歩く記者にフブキが問いかける。
「二週間後のマルディアに配信予定です。今週のユピティアの夜に仮原稿を送り、内容の不備などがなければ、そのまま掲載します。二日以内に連絡がなければ、そのまま記事を掲載しますので、ご注意ください」
マニュアル通りな答えを耳にしたフブキが「分かりました」と納得の表情を浮かべる。
その間に、ふたりは応接室の前に辿り着いた。
応接室の扉が叩かれ、「失礼します」という声が扉の外で響く。
近づいてくる足音に耳を傾けたムーンが背筋と伸ばし、傍にいるホレイシアが「どうぞ」と声をかける。
開かれた扉からスーツ姿の美少女が飛び出した瞬間、ムーン・ディライトは席から立ち上がり、目を輝かせて記者の元へ駆け寄った。
「おおぅ、すごくかわいい子が来たぞ! フブキ、この子が記者か?」
「はい。そうです」とナルミの傍にいるフブキが答えると、ホレイシアは静かにムーンの元へ近寄り、彼の耳を引っ張った。
「ちょっと、ムーン。席に戻って!」
一方で、周囲を見渡したナルミは、深く息を吐き出し、室内にいる取材対象者たちに対して、頭を下げた。
「初めまして。ギルド受付センター広報部のナルミ・レスポートと申します。本日はよろしくお願いします」
「ナルミかぁ。いい名前だ。俺はムーン・ディライト。よろしくな!」
明るく笑うムーンがナルミに向けて右手を差し出す。それを受け、ナルミはムーンと握手を交わした。
「はい。よろしくお願いします。それでは、最初に写真を撮影しようと思います。とりあえず、そこのソファーに集まってください。フブキさんとホレイシアさんがソファーに横並びに座って、ふたりの後ろに立ったムーンさんが顔を出す。こんな構図でお願いしま。あと、ホレイシアさんは顔を見せてください」
「えっ」と口にしたホレイシアが動きを止めた。顔を晒す瞬間がすぐに来てしまった。
オロオロとするホレイシアの右肩を、ムーンが優しく叩く。
「ナルミ。写真撮影終ったら、いつも通り顔隠してても問題ないんだろ?」
「はい。そうですね」
「……ってことだ。ホレイシア。ちょっとだけ頑張れるか?」
「うん」
ローブのフードで顔を隠した少女は、幼馴染の優しさに触れ、頬を緩める。
「ムーン。ありがとう」
目深に被っていたフードを剥がし、頬を赤く染めた素顔を晒す。少し丸みを帯びた三角形の耳を生やした、赤髪ツインテールのハーフエルフ少女は、幼馴染の彼に笑顔を向けた。
だが、ムーンはホレイシアの顔を見ていない。
「ホレイシアはハーフエルフで、昔から見た目に自信がなくて顔を隠してるけど、ホントはスゴイヤツなんだ。薬草や回復術式の知識も豊富で、子どもにも優しくて、それからさ……」
ムーンがナルミに対してホレイシアの説明をしている。
その言葉を耳にしたホレイシアは顔を真っ赤にして、ムーンの太い腕を引っ張った。
「ムーン。早く写真撮影しよ。今、すごく恥ずかしいから」
「ああ、分かったぞ」
チラっと幼馴染の顔を見たムーンを連れたホレイシアが指定されたソファーに向かって歩いていく。それに続けて、フブキも一歩を踏み出す。
数秒ほどでソファーの前へ辿り着いたホレイシアはフブキと横並びで腰を落とした。
その間に、ナルミは立てた右手の薬指で空気を一回叩く。指先から鉄色の槌が落ち、床に刻まれた魔法陣から、鉄色の球体が一つ浮かび上がる。
「はい。それでは撮影します」と宣言された後、ソファーに座るふたりの後ろに立つムーンが、笑顔でピースサインを出す。
フブキは目の前を飛ぶカメラにクールな視線を向け、ホレイシアは顔を赤らめて、カメラから目を反らした。
そして、シャッターが押された。
「そういえば、この三人で写真撮るの、初めてだったね」
ソファーから立ち上がったホレイシアが、フードを目深に被りながら呟く。
「そうだな。ホレイシア。フブキとも写真が撮れて、すごく嬉しいぞ!」
ホレイシアの声に頷いたムーンが、左斜め下にいる白髪のヘルメス族の少女に、視線を向ける。
顔を上げ、後ろを振り返ったフブキは、ムーンと顔を合わせた。
「こうし写真を撮られたのは、初めてのことです。取材ということは、何枚か撮られると予想していましたが、まさか三人揃っての撮影になるとは。想定外でした」
マジメな表情のフブキの前で、ムーンが目を丸くする。
「ん? フブキ、お前、写真撮られたことないのか?」
「はい。そうですね。ヘルメス族には仲良しな友達や同僚たちと写真を撮る文化がありませんから。写真撮影といえば、実験の記録写真です」
「……ってことは、これが初めて友達と撮った写真なんだな?」
ムーンが明るく笑うと、フブキは瞳を閉じた。
「同僚との記念写真です。とはいえ、他の種族の文化に興味を持ったヘルメス族もいるので、少しずつ友達や同僚たちなどと写真を撮影する文化が普及していくと思います」
「あっ、おーい。ナルミ。さっき撮った写真が欲しいぞ」
ムーンが思い出したように両手を叩き、近くにいる記者のナルミに声をかける。
すると、ナルミは優しく微笑んだ。
「はい。記念に写真をお渡しします。もちろん、取材記事を掲載する際にも使いますが」
「ナルミ、ありがとう」
明るい表情になったムーンの傍に立ったホレイシアが、彼の右肩を優しく叩く。
「ムーン。そろそろ取材に答えようよ」
「ああ、そうだな」
右隣にいる幼馴染の少女と顔を合わせた獣人の少年は、背筋を伸ばし、目の前にあるソファーに回り込み、腰を落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます