第41話 密談
翌朝、ギルドハウスの応接室の中で、フブキ・リベアートが欠伸を出した。彼女の前にある石板の上には、一枚の紙が乗っている。それを手に取り、文字を追ったフブキは溜息を吐き出した。
「予想通りです」と呟き、右手の薬指で紙に触れ、異空間へと転送させる。それから、彼女は同じ階の食卓に顔を出した。そこには、ムーンとホレイシアの姿がある。
空になった皿の前で両手を合わせたムーンが、部屋に入ってきたフブキに視線を送る。
「フブキ。おはよう。一足先に、朝ごはん食べたぜ」
その後で、ホレイシアは食卓の扉の前に佇むフブキの顔を見ながら、席から立ち上がった。
「おはよう。フブキ。今から朝ごはんの用意してもいい?」
「いいえ。もう少し後でいただきます。そんなことより、マスター。昨日買ってきてほしいと頼んだ素材は?」
「ああ、コレだな。ちゃんと買ってきたぞ!」
胸を張ったムーンが右手の薬指を立て、空気を叩く。指先から白い紙袋を一つ召喚すると、ギルドマスターの彼はそれを持ってフブキの元へ歩み寄った。
素材を受け取ったフブキが袋を開け、中身を確認する。
「マスター、ありがとうございます。これで明日の取材の準備が整いました」
喜ぶフブキの前で、ムーンが鼻を掻く。
「どうだ? 少しは頼りになるって思ったか?」
「そうですね。マスターなら、子どものおつかいができると信じていました。念のため、ホレイシアに様子を見に行かせたので、ホントに一人で買い物ができるのかはまだわかりませんが……」
「失礼だな。買うモノが分かったら、俺だって、買い物くらいひとりでできるからな! それで、今日はどうするんだ? 今日の予定、まだ決まってないだろ?」
「そうですね。マスター。来週行うクエストがまだ決まっていないのならば、ギルド受付センターで見つけてください。この機会に私とホレイシアは本日、お休みをいただきます。クエストがやりたければ、数時間で行えるソロクエストでもやってください」
「ええっ、俺だってフブキと遊びたいぞ!」
不満を口にしたムーンの前で、フブキが両手を合わせた。
「マスター。ごめんなさい。午後から予定が入っていますので、それはできません。その代わり、今度のユピディア、一緒にお出かけしませんか?」
「えっ?」
突然の申し出に、ムーンは目をパチクリと動かした。
「フブキ、お前、今、なんて言った?」
「今度のユピディア、一緒にお出かけしませんか?」
「マジかよ! 聞き間違いじゃなかったんだ。誘ってくれて、すごく嬉しいぞ!」
驚き明るい表情になったムーンの顔を、ホレイシアは複雑そうな表情で見つめていた。そんな彼女に視線を向けたムーンが首を傾げる。
「ホレイシア、どうかしたか?」
「いや、その日、私一日中店番だったなぁって思って」
「ああ、そういえば、そうだったな。ところで、フブキ。どっか行きたいとことかあるか?」
「強いて言うならば、サンヒートジェルマンのおすすめスポットでしょうか?」
「分かった。サンヒートジェルマンの楽しいトコ、いっぱい連れて行ってやるぜ! ああ、ユピディアが楽しみだ」
明るく笑うムーンに対して、フブキは右手の人差し指を立てた。
「マスター。最後に一つだけお聞きします。仲間が欲しいと思ったことはありますか?」
「仲間?」とムーンが首を傾げると、フブキは首を縦に動かした。
「はい。ギルドの仲間です。セレーネ・ステップのメンバー定員は残り三名。つまり、あと三人メンバーを増やすことができます。この三人だけがいいのなら、加入申請を停止させることもできますが……」
「うーん。そうだな。仲間は多い方が楽しいと思うぞ!」
元気な獣人の少年の答えを聞いたフブキが、一瞬頬を緩める。
「なるほど。それがマスターの答えなんですね。分かりました。それでは、本職のお仕事、頑張ってきてください」
「分かった。いってくるぞ」
そう伝えたムーンは、食卓から元気よく飛び出すため、フブキたちに背を向ける。そんな彼をホレイシアが呼び止めた。
「ムーン。ちょっと待って!」
「ホレイシア、どうかしたか?」
動きを止めたムーンが体を後方の幼馴染の少女に向ける。その後で彼女は両手を合わせながら、ゆっくりとムーンに近づいていった。
「ごめん、ムーン。ちょっと耳貸して!」
「こうか?」
両膝を少し曲げたムーンの傍に立ったホレイシアが彼のクマの耳に口元を近づける。
「今度のユピティアだけど……」
小声で話すホレイシアの提案にムーンが頷いた。
「ああ、分かった。じゃあ、そうするぜ」
同意を示した獣人の少年が、傍にいるハーフエルフの少女に目線を合わせる。
その後で、彼は元気よく扉へ向かい歩き始めた。
そんな彼を見送り、ふたりきりになった食卓の中でフブキがホレイシアに問いかける。
「ホレイシア。昨晩、アレは届きましたか?」
「ううん。まだ届いてなかったよ」
首を横に振るホレイシアの前でフブキが右手の薬指を立て、空気を叩く。
「ということは、これが最初の一枚ということですね?」
指先から召喚された紙を左手で掴み、ホレイシアに差し出す。
「今朝、応接室を確認したら、これが送られてきました。まだ噂程度のようですが、明日の取材をきっかけにして、一日百件以上送られてくると予測されます。では、昨日言ったあの対策について、検討してくれましたか?」
「そうだね。この問題にムーンを関わらせたら、大変なことになるから。私はフブキに賛同するつもり。でも、この人、いいと思うよ。私たちよりもクエストの経験あるみたいだからさ」
ホレイシアが頷きながら書類に目を通す。だが、フブキは首を縦に動かさなかった。
「この程度のギルド経験者は星の数ほどいます。それに、信用に値する人間かもわかりません。だから、就職試験をやるんです。それにしても、このレベルの人間がギルド加入申請をするなんて、まるで甘い蜜に吸い寄せられた虫のようですね」
「それ、本人の前で絶対に言ったらダメだよ!」と慌てるホレイシアに対して、フブキはクスっと笑った。
「完全週休二日制と副業による時短勤務。こんな高待遇なギルドはなかなかありませんからね。昨日、そのことを記載した書類を提出した結果、このギルド加入申請が届いたわけです。数多のギルドの中から、こんな条件のギルドを見つけ出した情報収集能力は評価しますが、私が求めている人材かどうかは分かりません」
「求めてる人材って?」
「ホレイシアのように、私が与えた錬金術書を使いこなすことができる者。クエスト攻略に貢献できる個性的な何かをもっている者です。あとはマスターの異能力を隠し通すことができるかも重要です。未知の物質を生成できるエルメラと同等のことができる者がここにいることがバレたら、困ります」
「そうだね。ムーンを守るためだもの。ところで、就職試験って具体的に何するの?」
ホレイシアが頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。
「新たな仲間の採用活動に時間を割かれて、本来のギルド活動に支障をきたしてしまったら、元も子もありませんからね。私とホレイシアで簡単な書類審査を行い、加入申請に記された住所に、ある箱を送ります。私が記す錬金術書を読み解き、誰でも簡単に手に入るような素材を集め、二日以内に箱を開けることができれば、第一試験クリア。箱の中に入っている紙の指示に従っていただき、面接試験を行います。その際は、ホレイシアにも同席してほしいです」
「へぇ、そういう流れなんだ。でも、その試験内容で大丈夫? それだと頻繁に面接することになりそうだけど……」
心配そうなホレイシアを他所に、フブキが微笑む。
「大丈夫です。あの箱は簡単には開きません。有能な仲間を選別する効率的な在宅試験を攻略できるのは、十万人に一人ほどでしょう。一か月に一人面接できればいいと考えています。最も、高位錬金術師と同等の知力やひらめきがあれば、あんな試練、すぐに突破できると思いますが……」
「そっ、そうなんだ。じゃあ、この人にもそれ送っていい?」
「そうですね。まあ、ただの凡人には開けられないと思いますが、書類審査突破でよろしいかと。ホレイシア。発送の手続きをお願いします」
「うん。分かった」とホレイシアが元気よく答える。
そうして、ふたりだけの新メンバー採用計画は静かに動き出した。
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