SEASON3

第7章

第39話 奇縁

 ルナディアの午後、大都市サンヒートジェルマンから数十キロ離れた緑豊かな山の中を三人がまとまって歩いた。

 雲一つない青空の下、木々が生い茂った山道を進むハーフエルフの少女、ホレイシア・ダイソンが右隣のクマの耳を頭から生やす獣人の少年、ムーン・ディライトに視線を向ける。


「ムーン、ヒノ山に来たの林間学校以来だよね?」

「ああ、そうだった。山に生息してるキノコ採取したんだったな」

 動きやすい青の長ズボンと茶色い半そでTシャツ姿の獣人の少年が、前髪のない額を掻く。それに対して、ホレイシアが優しく頷く。

「そうそう。懐かしいね。この山の中腹にある研修施設に学校のみんなで泊まったの」

 少し丸みを帯びた三角形の耳を生やすホレイシアが真っ赤なツインテールを揺らす。その隣でムーンは懐かしむように腕を組んだ。

「そういえば、ホレイシア、林間学校の集合写真もフードで顔隠してたなぁ」

「ちょっと、ムーン。そんなことは思い出さなくていいんだよ?」

 顔を赤くして慌てるホレイシアと不思議そうな顔で首を傾げるムーン。

 幼馴染のふたりを白いローブで身を包む白髪の少女が後ろから見ていた。腰よりもやや上の長さまで伸ばされたキレイな髪の彼女の耳は尖っている。


 ふたりの話をヘルメス族の少女、フブキ・リベアートが黙って聞いていると、前方を歩くムーンが突然立ち止まり、背後を振り返った。ホレイシアも彼と同じく足を止め、フブキと向き合うように立つ。


「ところで、フブキが通ってた学校にも林間学校ってあったのか?」

 突然に疑問を投げかけるギルドマスターの少年の前で、フブキがため息を吐き出す。

「はぁ。そんなことに興味があるんですか?」

「だって、俺、フブキの学校のこと、全然知らないんだぜ。ホレイシアも気になるだろ?」

「うん。そうだね」とホレイシアが同意を示した後で、フブキはジッとふたりの顔を見つめた。

「学校のみんなで研修施設に寝泊まりするような学校行事を体験したことがありませんが、学校を離れて勉強をした経験ならあります」

「それって、研修旅行のこと? ほら、フブキってすごく賢いから、勉強しかしないような進学校に通ってたのかなって」

 ホレイシアがフブキの話に興味を示すと、フブキが素直に頷く。

「そうですね。三名程度の班を組み、アルケアの錬金術研究機関へ二週間ほど研修旅行に出かけたことがあります。その時は、錬金術研究機関、深緑の夜明けの研修施設で寝泊まりしたんですよ。所長とはあの研修旅行からの付き合いで、ハクシャウの泉に浸かれば体力を回復させることができると教えてくれたのも、彼です」

「そうだったんだ」とハーフエルフの少女が納得の表情を浮かべる。その隣でムーンが「あっ」と声を漏らした。

「ってことは、俺たちが出会えたのって、その人のおかげだな! ありがとうって伝えたいぞ!」

「マスター。そうですね。あの場所を知らなかったら、この場に私はいなかったと思い……」


 そう口にしたフブキの両肩を、ムーンが優しく掴む。そして、ギルドマスターの少年は心配そうな表情で仲間の冷静な顔を覗き込んだ。


「おい、フブキ。大丈夫か? いつもだったら、この程度のことで感謝するなんて、相変わらずの単細胞ですね。私には理解できませんって言うとこだぞ!」

「そうそう。私も少し様子がおかしいって思ってた。もしかして、アレの所為?」

 ムーンの隣に並んだホレイシアが首を傾げると、ムーンがジッと幼馴染の顔を見る。

「ホレイシア、何か知ってるのか?」

「うん。ここに来る前に、フブキ、ギルドハウスの応接室に送られてきた書類を読んでたの。何が書いてあったのかは、分からないけどね」


「なっ、何だと! フブキ、お前、誰かに脅されてるのか? 秘密をバラされたくなかったら、一千万ウロボロス払えって」

 驚くムーンに対してホレイシアが首を横に振る。

「多分、違うと思うよ。あの書類読んでたフブキの顔、穏やかで優しく微笑んでたから。フブキもあんな顔できるんだって、ビックリしたの覚えてる」

 チラリとホレイシアがフブキの顔を見る。その瞬間、顔を真っ赤に染めたフブキがムーンから目を反らす。


「あの顔を見られてたなんて……恥ずかしいです」

「おーい、フブキ。教えろよ。何かその書類に、嬉しいことでも書いてあったのか?」

「……まだ内緒です。強いていうならば、あの書類を読んだ時、昔のことを思い出しました。人の縁というモノは興味深いものですね」

「なんだよ。それ、難しいヒントだな!」

「マスター、その足りない頭で考えてみたらいかがですか? 単細胞なマスターには分からないでしょうね」

 冷たい目をしたフブキが、周囲を見渡しながら、一歩を踏み出す。


「おい、フブキ!」とムーンが慌てて彼女の後姿を追いかけると、数歩進んだフブキが立ち止まる。


「はぁ。マスター。見つけました。私のことを考える前に、仕事をしたらいかがですか? 私たちは登山をしていたわけではないんですよ?」

「ん? 見つけたって何だ?」

 目を丸くしたムーンがフブキの右隣に並ぶ。そんなギルドマスターと顔を合わせたフブキは溜息を吐き出した。

「マスター。前を見てください。縦に長い薬草が群生しているでしょう?」

「ああ、そうだな。それがどうかしたか?」

 顔を前に向けたムーンが首を傾げる。目の前にある山道の手前には、縦長の茶色い薬草が密集しているが、ムーン・ディライトにはそれが意味することが分からない。

 すると、ムーンに追いついたホレイシアが彼の隣に並び、「あっ」と小さく声を漏らした。

「あの薬草、だ。ボアトントって、あの薬草が群生してるトコに巣を作るんだっけ?」

「ホレイシア、正解です。おそらく、あの薬草を掻き分けた先に獲物がいるはずです。それにしても、マスターは相変わらずですね。クエストに挑戦する前に、獲物の生態を学ぶことは常識ですよ? そんなこともできないなんて、最低です」


「ううぅ、勉強って聞くだけで頭が痛くなるぞ!」とムーンが頭を抱える。その後でフブキは右手の人差し指を立て、自分の唇に押し当てた。

「マスター、静かにしてください。ボアトントは夜行性。日が昇っている今はまだ眠っています。起きたところで動きが鈍いので簡単に対処できますが、不必要な戦闘は回避するべきです。耳は遠いですが、振動には敏感です。巣の中には慎重に入らないといけません」

 小声で話すフブキの解説に、ムーンが頷く。

「ああ、分かった」と小さく答えた彼は、足音を立てず静かに動くフブキの後ろに続く。


 静かに薬草の中を掻き分けた先には、茶色い小さなイノシシのような見た目のモンスターが数匹寝息を立てている。その周りには、茶色い毛が大量に落ちていた。


「マスター。採取するのは、その抜け毛だけでいいようです。それだけでも十分に必要数が採取できます」

「おお、そうか。分かったぞ」

 お互いに小声で会話を交わし、密に巣に入り込んだ三人が腰を落とす。そのまま、彼らはボアトントの抜け毛を集めていった。

 数分後、黙々と素材を採取していたムーンは、近くのフブキの顔をジッと見つめた。その視線が重なると、フブキが首を傾げる。


「マスター、どうかしましたか?」

「いや、フブキとも素材採取できて嬉しいって考えてたんだ」

 笑顔のギルドマスターに対して、フブキが目を伏せる。

「マスター、そんなくだらないこと考えてる暇があったら、手を動かしてください」

「ああ、そうだけどさ。そろそろ集まったんじゃないか? 必要な数。俺は五十本集めたぜ」

「そうですね。ホレイシアは?」

 フブキが巣の西側で素材を採取しているホレイシアに尋ねる。

「うん。これで五十本目かな?」

 ハーフエルフの少女が左手で持った透明な縦に長い袋に茶色い毛を入れながら、フブキと顔を合わせる。その答えを聞いたフブキは首を縦に動かした。

「分かりました。必要数集まったようですので、帰りましょう。ホレイシア、もっと近くに……」


「うん」と短く答えたホレイシアが静かに彼女に歩み寄る。そうして、フブキの右隣に並ぶと、ヘルメス族の彼女が両側を挟むように集まったふたりの仲間の肩を優しく掴む。

 一呼吸置いた彼女は、ムーンとホレイシアと共にボアトントの巣の中から姿を消した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る