第38話 誤認

 ホレイシアの両親を交えたお食事会が終わり、フブキ・リベアートはギルドハウスの自分の部屋に戻った。

整理整頓が行われたキレイな部屋に足を踏み入れた彼女は、右端にあるシングルベッドに視線を向ける。

そのベッドマットの上には、ギルドマスターの少年が渡してきた贈り物が落ちている。


「……こんなものいらないのに」と呟いた彼女は、ベッドの端に腰かけ、謎の贈り物に手を伸ばす。白い紙で包装された長方形の箱に手が触れた瞬間、フブキの冷たい心が熱を帯びる。

 それを渡された時に感じた温かい感情が蘇り、冷めた少女の頬が自然と緩む。


 これはどういうことなのだろうか?


 困惑したフブキは包装紙を剥ぎ取り、贈り物の箱をジッと見つめた。

 長方形の箱に入っていたのは、手のひらサイズのシロクマのぬいぐるみ。

 箱から出すことなく、透明なフィルム越しに右手の人差し指を立てて触ったフブキが首を傾げる。


「何も感じないってことは、このフィルムでアレを遮断してる? いや、もう一つの使い方でしょうか?」


 疑問に思いながら、長方形の箱からぬいぐるみを取り出し左掌に乗せた彼女は、腑に落ちない表情を浮かべた。



「やっぱり、何も感じない……えっ」


 小さく声を漏らしたフブキは気が付いた。シロクマのぬいぐるみの頭頂部に小さな鉄の球体が連なった鎖が付いていることに。それを見たフブキは頬を緩めた。


「なるほど。やっぱり、そうですか。興味深いです」

 フブキが納得の表情を浮かべた直後、扉が二回叩かれ、贈り主の少年が顔を出した。

「フブキ、ちょっといいか……って、俺とホレイシアからのプレゼント、開けてくれたんだな?」

 室内に足を踏み入れたムーンがフブキの手元にあるぬいぐるみに注目する。それに対して、フブキは首を縦に動かした。

「はい。ところで、これの値段はいくらですか?」

「五百ウロボロスだったぞ」

「なるほど。そんなに安く買えるんですね。では、これ、どれくらい使えるんですか?」

「うーん。確か四年くらいだってホレイシアに聞いたことがあるぞ。因みに、同じぬいぐるみを三十年以上使い続けているヤツがこの世の中にいるらしい。ボロボロになるまでな」

「ボロボロになるまで……この大きさでそれほどの耐久力。興味深いですね」

 シロクマのぬいぐるみをベッドの上に置いたフブキが自身の顎を右手で掴む。


「手入れしたら、剣みたいに長く使えるってことだ。詳しいやり方は知らないから、後でホレイシアに聞いてくれ!」

「なるほど。後で聞いておきます」

「そっ、そういえば、フブキはそれ初めて見たんだったな。それ、元は子どものおもちゃだから、乱暴に扱っても簡単には壊れないんだ。ボールみたいに投げても、踏んづけても壊れないけど、大切にしてくれたら嬉しい。まあ、それはカバンに付けられるヤツだし、フブキならそんなことしないと思うけどな」


「……ということは、この鎖はカバンとぬいぐるみを繋ぎとめるモノだったんですね?」

 納得したフブキがぬいぐるみに付いていた鎖を持ち上げる。

「ああ、街にはそれをカバンに付けて歩くヤツがいっぱいいるんだぜ」

「まあ、私には必要ありません。この部屋の端に飾っておきます」

 瞳を閉じたフブキがぬいぐるみの頭の鎖を掴んだまま、ベッドの端から立ち上がる。

「まあ、強制はしないけど、なんか、気に入ってくれたっぽいな!」


 瞳を開け、嬉しそうに笑う獣人の少年と顔を合わせたフブキは溜息を吐き出した。

「興味深い素材だから、取っておくだけです。この程度のモノなら私でも作れます」

「マジかよ! フブキ、そういうのも得意だったんだな! いいこと聞いたぞ」

「私を誰だと思っているんですか? これと似たモノならヘルメス村の学校で何度か生成したことがあります」

 明るく笑う獣人の少年にフブキは頭を抱えた。そんな彼女の前で、ムーンが両手を叩く。

「ああ、そういえば、ホレイシアも学校の授業で作ってたぞ。俺は別の実習やってたから作ったことないけどさ。そういうの得意なら、今度ホレイシアと一緒に作ってみたら、どうだ? 仲良くなれると思うぞ」

「……必要があれば作ってみるのも悪くないでしょうね」

 

 冷めた目をしたヘルメス族の少女の右肩を、ムーンが優しく叩く。

「おお、そうか。それにしても、フブキにも女の子らしいとこがあったんだな。いつもはクールな感じだけど、実はアレが得意なんだ。そこは、女の子っぽくてかわいいと思うぞ」

 笑顔になったギルドマスターの少年から天才少女は視線を逸らす。

「そうやって褒めても、私の気持ちは変わりません。私には友達なんて必要ありませんから」

「フブキ、そんな寂しいこと言うなよ。なんでそんなこと考えるのか分からないけど、俺、フブキのこともっと知りたいんだ。ゆっくり一歩ずつフブキとの距離と近づけていきたい。そうしたら、いつかフブキとも友達になれると思うんだ」

「そのお気楽な思考回路は理解できません」とフブキがムーンに冷たい視線を向けた瞬間、扉が開き、珍しく素顔を晒したホレイシアが顔を出した。


「あっ、ムーン。フブキと何してるの?」

「おお、ホレイシア。ちょっとフブキと話してたんだ。さっき渡したプレゼントの感想聞いてたら、スゲー新事実が分かったんだ!」

 ムーンが視線を扉の前に立つハーフエルフの少女に向ける。

「新事実って?」

「フブキは裁縫が得意らしいぞ!」

「そうなんだ……って、フブキ、どうしたの?」

 ムーンの話に興味を示したホレイシアはフブキの異変に気が付いた。目の前にいる彼女は、なぜか目を泳がせていて、顔色も赤い。


「まさか、私の仮説が間違っていたなんて……世界の果てまで飛びたい気分です」

「フブキが恥ずかしいって顔してるぞ! そんな顔もできるんだな!」

 隣に並んだムーンがフブキの右肩をポンと叩く。一方で、ホレイシアは困惑の表情を浮かべた。

「えっと、ムーン。ちゃんと説明してよ。フブキは、どうしてあんな顔してるの?」

「分からん。俺は、ぬいぐるみの話をしてただけだ」

 ハッキリと答えたムーンの隣で、フブキが溜息を吐き出す。


「はぁ。失望しないって約束してください。そうしたら人生で一番恥ずかしい話をします」

「ああ、分かった。間違いは誰でもあるからな」とムーンが頷く。その近くに寄ったホレイシアは優しく微笑んだ。

「大丈夫だよ。私もムーンと同じだから」

「はい。このシロクマのぬいぐるみは、防犯グッズだと思っていました」

 そう言いながら、フブキが手元にあるシロクマのぬいぐるみを自分の左掌の上に置く。その仮説を聞き、ムーンとホレイシアは目を点にした。

「えっ、ぬいぐるみが防犯グッズってどういうことだ?」

 

「ぬいぐるみの中に爆弾や盗聴器、発信機を隠す手口があると文献で読んだことがありました。つまり、このぬいぐるみの中にはソレが入っている可能性が高いと考えられます。しかし、特にそれらしい電波は感じません。あの箱のフィルムに仕掛けがあるのではないかとも思いましたが、箱を開けても結果は同じ。仕掛けを思案していたら、マスターが私の部屋に来て、いろいろと教えてくれたんです。その結果、私は一つの結論に辿り着きました。これは防犯グッズなのだろうと」


 淡々とした口調の説明を聞いたホレイシアが、ジッとムーンに視線を向ける。


「ちょっと、ムーン。フブキに変なこと教えたの?」

「だから、俺はぬいぐるみの話をしただけなんだ!」とムーンが抗議すると、フブキは首を縦に動かす。


「はい。マスターはそういう認識だったのでしょう。しかし、私は違いました。それは、ボールみたいに投げても、踏んづけても壊れない。それは、カバンに付けることができる。この二つの事実から、コレの正体は閃光弾ではないかと思ったんです。いざという時に、カバン事投げて、衝撃を与えれば、強い光を放ち、その隙に逃げることができる。似たような罠ならヘルメス村の学校の実習で生成したことがあったので、間違いないと思いました。そうしたら、ただのぬいぐるみだということが発覚。ああ、恥ずかしいです!」


「ああ、そういうことだったんだな……って、ヘルメス村の学校は、そんな物騒なモノを実習で作っているのかよ!」


 ムーンが驚き目を見開く。


「はい。そうです。因みに、裁縫は破れたローブを補修する程度のことならできますが、得意というわけではありません」と話し終わると、フブキは静かに頭を下げた。

 その直後、ムーンが彼女の頭を撫でる。


「安心したぞ。フブキは俺たちと同じなんだって分かったからな!」


 その少年の言葉は、暗い世界の中で生きてきた少女に光を与える。


 その一方で、素直な気持ちを伝えたムーンは彼女の頭から手を放し、少女に背を向けた。

 獣人の少年が体を半回転させ、笑顔で右手を振る。その表情は、少しだけフブキのことを知ることができたと満足していた。


「フブキ、おやすみ!」

 明るく挨拶したムーンの隣に並んだホレイシアも「おやすみなさい」と彼女に伝え、部屋から出て行く。


 そうして、一人残されたフブキは、ベッドマットに背中を預けて寝転んだ。


 あの時、蓋をしたはずの感情が爆発し、心が優しさで満ち溢れ、左掌の上のシロクマのぬいぐるみを優しい力で握りしめる。


「ふふふっ」と笑い声を漏らしたフブキ・リベアートの顔は、誰にも見せたことがない笑顔だった。

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