第37話 贈物

ソルディア:ムーン、ホレイシア公休日(フブキ日勤)

ルナディア:ボアトントの体毛の採取 (フブキ遅番)

メルディア:予備日

ウエディア:取材日、第二回クエスト会議

マルディア:深緑の夜明け新人研修、レッドグリフォン討伐クエスト(フブキ夜勤)

ユピディア:ムーン、フブキ公休日(ホレイシア店番)

サトディア:シャインビレッジの森の探索(フブキ遅番)


 第一回クエスト会議が終わっても、ムーン・ディライトは会議室に残り机の上に置かれた来週の予定表をジッと見ていた。

 何かを考え込むように唸っているムーンの隣に座っていたホレイシアが、彼の持っている紙を覗き込む。

「ねぇ、ムーン。何考えてるの? 予定表とにらめっこして」

「ああ、ホレイシア、ちょっと考え事してたんだ。ホレイシア、明日は暇だよな?」

「そうだね。来週のクエスト準備とかで少し忙しくなりそうだけど、午後からなら大丈夫そう」


 もしかして、午後からふたりきりでどこかに遊びに行くつもりなのだろうか? 

 そんな期待を抱くホレイシアが、頬を赤らめる。だが、ムーンは彼女の期待を裏切る提案をしてきた。

 

「だったら、そろそろフブキの歓迎会やろうぜ。フブキ、明日は日勤だからさ。少し豪華な夕食を食べながら、親睦を深めたいんだ」

 そんな幼馴染の声を聴いたホレイシアは目を点にした。

「えっ、そっち」

「ホレイシア、どうかしたか?」とムーンが首を傾げると、ホレイシアは誤魔化したように両手を左右に振ってみせた。

「なんでもないよ。ただ、ふたりでどこかに遊びに行くのかと思っただけで」

「それなら、一緒に買い物行くか? フブキにプレゼント贈って、喜ぶ顔が見たいぞ」

「うん。それ、いいね。じゃあ、いいこと教えようか。今日、フブキと買い物に行ったんだけど、その時、シロクマのぬいぐるみを物珍しそうに見てたの。もしかしたら、アレが欲しかったのかな?」

「マジかよ。どこの店だ?」とムーンが驚き目を見開くと、ホレイシアが頷く。

「第七地区のベアドールってトコ。場所が分かんないなら、一緒に行くよ。午後からになるけどね」

「いや、大丈夫だ。買いに行くのは、一人でいい。ホレイシア、教えてくれてありがとな」


「うん。それとこれは提案なんだけど、私のお父さんとお母さんも呼んでいい? いつもの三人だけだと代わり映えしないから」

 ホレイシアが笑顔で頷くと、ムーンが席から立ち上がる。

「分かった。いいぜ」

「はぁ、ホントは、ムーンのお父さんとお母さんも呼べたらいいんだけど……」

 肩を落としたホレイシアの右肩を、ムーンが優しく叩く。

「仕方ないさ。父ちゃんと母ちゃんは世界中を飛び回ってるからな。フブキのことを紹介するのは、今度、家に帰ってきてからでも遅くないはずだ。気にするな。そんなことより、明日の夕食は、何にするんだ?」

「そうだね。こういう時はフブキが好きな料理がいいんだろうけど、それが分からないんだよね。ムーン、何か知ってる?」

 ハーフエルフの少女が会議室内で首を傾げる。だが、ムーンは唸り声を出しながら、首を横に振った。

「うーん。分からん」

「だったら、私の得意料理でいいのかな? 今まで何度かフブキとお食事してきたけど、特に嫌いな食材とかはないみたいだから」

「そうだな。フブキは好き嫌いないっぽい。この前、苦手な食材はないって言ってたもんな」

 腕を組み首を縦に動かした獣人の少年の前で、ホレイシアが両手を合わせる。

「とりあえず、夕食のメニューはお母さんと相談してみる」

「ああ、分かった。じゃあ、そっちは任せる! 俺はフブキが欲しがってたぬいぐるみ買ってくるから」

「あっ、買うのは一番人気の小さなシロクマのぬいぐるみだから、忘れないでね」

「ああ、分かった」

 ホレイシアと顔を合わせたムーンが首を縦に動かしたその時、ドアがノックされ、一枚の紙を持ったフブキが顔を出した。


「マスター、こちらの書類に署名捺印をお願いします」


 突然の登場にムーンは慌てて顔を引きつらせた。一方でフブキはギルドマスターの少年の表情の変化に疑問を持ち、首を傾げる。


「マスター、何をやらかしたのかは知りませんが、早く謝った方がいいですよ?」


 フブキに冷たい目で見つめられ、ムーンは体を小刻みに震わせた。


「いや、なっ、なんでもないからな」

「そうそう。突然、フブキがやってきて、ビックリしただけだよ」

 ムーンの右隣に並んだホレイシアが優しく微笑み、フォローする。

 だが、フブキは腑に落ちないような表情を浮かべていた。


「瞬間移動で直接転移したわけじゃないのに、驚くなんて、妙な話です」

「そっ、そんなことより、それ何だ?」

 話題を反らしたムーンがフブキが持ってきた書類に注目する。

「はい。ギルド契約書です。本来ならば相談をした翌日に渡すべきでしたが、クエストなどで忙しく、今まで渡せませんでした。ごめんなさい。完全週休二日制にするに辺り、備考欄にそのことを一筆記す必要があるようです」


「フブキ、謝らなくていいよ。優先順位が分からなくて、頼んだことをすぐ忘れちゃうから。頼み事は一仕事終わった後でいいと思う」

「おい、ホレイシア、失礼だな!」とムーンが腹を立てる。

「はい。今度からそうさせていただきます。では、マスター。こちらに署名捺印をお願いします。完全週休二日制の件は既に備考欄に記しておきました」

 そう言いながら、フブキは紙をムーンに手渡した。その後でムーンは右手の薬指を立て、空気を叩き、ペンと手のひらよりも小さな槌を召喚する。


 獣人のギルドマスターがペンで名前を記し、その隣に小槌を叩く。白い紙の上で黒く光る線が伸び、契約を示す紋章が刻まれると、ムーンがフブキに書類を手渡す。


「えっと、これでいいんだっけ?」と尋ねられ、フブキが書類に目を通す。その後で、フブキは納得の表情で頷いた。

「はい。問題ありません。それでは、明日、再提出してきます」


 マジメに伝えたフブキ・リベアートは会議室から退室した。




 そして、迎えた翌日の夕方。ギルドハウス内の娯楽室に飾られた壁時計をムーン・ディライトがチラリと見た。


「もうすぐ帰ってくる時間だよな?」と首を傾げると、獣人の少年の目の前で白い影が浮かび上がる。目をパチクリと動かした彼の前には、白いローブで身を包むフブキ・リベアートがいた。


「マスター、ただいま帰りました」

 礼儀正しく挨拶をしてきたフブキに対して、ムーンは優しく微笑んだ。

「ああ、フブキ、おかえり」

「ところで、マスターに聞きたいことがあります」

「ん? なんだ?」

「なぜ、ペイドンがここにいるのでしょう?」


 ムーンたちから少し離れた右奥の机の前で、新聞を読んでいる緑髪の中年男性にフブキは注目した。

 その視線を感じ取ったペイドンは机の上に新聞を置き、彼女に会釈する。

「フブキ、おかえり。お邪魔しているよ」


「えっと、質問に答えないとな。今日はホレイシアの父ちゃんたちと一緒にご飯を食べるんだ。ちょうど、席も余ってるしな。ホレイシアは美味しい料理を作ってるよ。自分の母ちゃんと一緒にな」 

「……なるほど。分かりました。こういう食事会も悪くないでしょう」

 フブキが重たい肩をストンと落とす。 

 丁度その時、娯楽室の扉が開き、ホレイシアが顔を出す。

「あっ、フブキ。おかえり。今から夕食にして大丈夫?」

「はい。お腹は空いてます」

「うん。分かった。じゃあ、早く食堂に来て!」

 扉を少しだけ開けたホレイシアが、ムーンたちに背を向け歩き出す。そんな彼女を追うように、ムーンたちは娯楽室から食堂に移動した。


 食堂の扉が開くと同時に、美味しそうな香りが漂い始める。室内に入り、その匂いを感じ取ったフブキはギルドマスターの少年の席に料理とは別に白い長方形の箱が置かれていることに気が付き、目を丸くした。

 すると、室内で待ち構えていた赤髪の女性エルフ、アグネ・ダイソンが、フブキに視線を向け、右手で手招きをする。

 肩の高さまで赤色の後ろ髪を伸ばして、胸よりも少し高く垂らした左右の髪を揺らしながら、エルフはフブキの元へと歩み寄る。


「フブキちゃん、いつもの席に座っていいわよ。今日は私が隣の席に座るわ」

「はい。よろしくお願いします」とフブキが頭を下げると、アグネはクスっと笑った。

「礼儀正しくていいわね」

「はい。失礼がないようにしないといけませんので」

「そんなに難しく考えなくていいわ。もっと食事を楽しみましょう。今日はそういう催しなのだから」

「……そうですね」と短く答えたフブキが自分の席に座る。その隣にアグネ、ペイドンと座っていき、フブキと向き合うようにホレイシアが着席する。

 そして、最後にハーフエルフの少女の隣に並んだムーンは、自分の席の上に置かれた箱を手に取り、フブキが座っている席の近くまで足を進めた。


「フブキ、食事会の前に渡したいモノがあるんだ。いいか?」

 ヘルメス族の少女の傍に寄ったムーンが首を傾げる。

「渡したいモノ?」

「ああ、これだ。今日の食事会はフブキの歓迎会も兼ねているんだ。だから、喜んでほしくて、プレゼントを用意してみた」

 そう言いながら、ムーンはフブキに白い紙で包装された長方形の箱を手渡した。それを受け取ったフブキの心が温かい何かで満たされていく。冷たい心から沸く感情に蓋をしたフブキは、ギルドマスターの少年に対して会釈する。

「マスター、ありがとうございます」

「おお。フブキがありがとうって言ってくれた! すごく嬉しいぞ!」

 驚き大声を出した獣人の少年の傍で、フブキは深くため息を吐き出す。

「はぁ。ホントに嬉しいのかどうかは別として、こういう時は感謝を伝えるのが常識です。この程度のことで喜ぶなんて、その頭には何も詰まっていないようですね?」


 フブキがムーンに冷たい視線をぶつけると、彼女と向き合うように座っていたホレイシアが立ち上がり、優しく微笑んだ。


「それ買うために私もお金出したんだよ」

「そうだったんですね」と短く答えたフブキが左手の小指で渡された箱を触れる。その瞬間、贈り物が一瞬にしてムーンたちの視界から消えた。突然のことにムーンたちは息を飲み込む。


「えっと、フブキ、何したんだ?」

 目を点にしたムーンの前でフブキが頷く。

「はい。あの贈り物は私の部屋に飛ばしました。お食事会が終わった後でこっそりと見させていただきます」

「フブキ、こういう時は、この場でプレゼントを開封してからありがとうって伝えた方がいいと思うぞ」

「……理解できません」と答えたフブキに背を向けたムーンは溜息を吐き出した。


 彼女はホントに喜んでいるのだろうか?


 胸のもやもやとした何かを残したムーンが席に座ると、フブキ・リベアートの歓迎会を兼ねた食事会が始まった。


 

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