第36話 会議(第一回)
その日の夜、木目調の床の空間の中にムーン・ディライトの姿があった。ギルドハウスの会議室内にある大きな正方形の机の前に彼は座っている。その右隣の席で赤髪をツインテールに結ったホレイシア・ダイソンが素顔を晒す。
ふたりと向き合うように、机を挟んだ席に、フブキ・リベアートが腰を落としている。
机の上には、それぞれが選んだクエストの依頼書が何枚か置かれていた。
「それでは、第一回クエスト会議を始めます。まずは、来週の予定の確認からです。こちらをご覧ください」
司会進行を行うフブキが横並びに座るふたりに一枚の紙を差し出す。そこには、一週間の簡潔な予定が書かれていた。
ソルディア:ムーン、ホレイシア公休日(フブキ日勤)
ルナディア:(フブキ遅番)
メルディア:予備日
ウエディア:取材日、第二回クエスト会議
マルディア:深緑の夜明け新人研修(フブキ夜勤)
ユピディア:ムーン、フブキ公休日(ホレイシア店番)
サトディア:(フブキ遅番)
「新人研修? その話、聞いてないぞ!」
予定表に書かれていたことが気になったムーンが首を傾げる。その一方で、フブキが首を縦に動かす。
「はい。マスター。この話はまだ報告していませんでしたね。例の試薬に関する実験を受け入れる条件として、新人研修を任されました。研修内容はレッドグリフォン討伐クエストにするつもりです。これがその依頼書になります」
そう言いながら、彼女は一枚の依頼書を予定表の真横に並べ、ふたりの見せた。
【討伐クエスト】レッドグリフォンの討伐
内容:テツノオ村祭りの貢ぎ物を狙うレッドグリフォンを討伐する。
報酬:一万二千ウロボロス
依頼人:テツノオ村村長
「なるほどな。そいつと一緒に討伐クエストに挑戦するわけだ」
差し出された依頼書に目を通したムーンが、納得の表情で腕を組む。その一方で、ホレイシアは自分の顎を右手で掴んだ。
「レッドグリフォンの討伐クエスト。それなら、多めに薬草を準備した方がよさそうだね」
「はい。テツノオ村祭りは来週のマルディアに開催されます。調べたところによると、貢ぎ物を奉納するのは午後のようです。新人くんの戦闘力は未知数ですが、私とマスターだけでも十分討伐は可能でしょう。もちろん、ホレイシアに回復術式での後方支援を頼みます。まあ、三十分ほど歩くことになりますが……」
「ってことは、フブキ、テツノオ村には一度も行ったことないんだね」
「はい。その手前にある森の中で素材を採取したことはありますが」
「そうなんだ。じゃあ、シャインビレッジには行ったことあるんだっけ?」
「いいえ。その近くにある大都市、ノームは訪れたことがあるのですが……」
フブキが首を横に振ると、ホレイシアがため息を吐く。
「……ってことは、あの長い螺旋階段を登らないといけないみたいだね」
「おい、ホレイシア。何の話だ?」
置いてけぼりにされたムーンが幼馴染のハーフエルフの少女の隣で首を傾げる。
すると、ホレイシアは視線を隣の彼に向けた。
「素材採取じゃないけど、ちょっと気になるクエストがあるの。それをやってみたいなって思って。はい、これ」
ホレイシアが目の前に置かれた依頼書の中から一枚を選び、隣にいる獣人の少年に見せる。
【探索クエスト】シャインビレッジの森の探索
内容:シャインビレッジの森の中を子どもたちが探検する課外学習前日に、危険な箇所がないかなどを調査する。
報酬:五千ウロボロス、特産品の薬草詰め合わせ
依頼人:トーマス・ダウ
依頼書を目で追ったムーンが、目の前の席に座るフブキに依頼書を見せる。それを読んだフブキは首を縦に動かした。
「分かりました。次のサトディアは朝からこのクエストに挑戦しようと思います。マスター、どうしますか?」
「そうだな。それでいいと思うぞ」
結論が決まり、ホレイシアの表情が明るくなる。
「ありがとう。ところで、この予備日っていうのは?」
笑顔から一転したホレイシアが、気になることを口にする。
「もちろん無理のない計画を立てますが、ギルドに直接依頼が届くこともあるでしょう。その依頼を行う日として設定しました。特に何も依頼がなければ、クエスト受付センターで短時間でできるクエストを選び、挑戦しても構いませんし、今日みたいな束の間の休日を楽しんでも良いです」
「ある程度の自由がある計画だな。いいと思うぞ!」
うんうんと首を縦に動かす獣人の少年が褒めても、フブキは表情を変えない。
「さて、それを踏まえ、予定表を確認すると、選択肢は二つ。ウエディアの夜に、夜間でもできる素材採取クエストを行う。ルナディアの午後から素材採取を行う。どちらにしますか? 一応、メルディアの夜でもできなくはないけれど、直接届いた依頼をこなさなければならなくなるかもしれないので、選択肢から除外しました」
「うーん。ソルディアの夜という選択肢はないのか? ほら、昨日みたいにさ。仕事が終わった後で簡単な素材採取クエストを行うとか」
唸り声を出したムーンが右手を挙げる。だが、フブキは首を横に振った。
「いいえ。それはできません。その日はマスターとホレイシアの公休日です。職場が休みなのに、お仕事をするのはおかしいでしょう? 最も、その日にその依頼をこなさなければならない合理的な理由があれば別ですが……」
「フブキ、マジメだね。じゃあ、選択肢を一つに選らばないのもアリかな?」
「ん? ホレイシア、選ばないってどういうことだ?」
首を傾げるムーンの隣で、ホレイシアが右手の指を三本立てた。
「簡単な話だよ。ルナディアとウエディア、この二日間で素材採取クエストを行うの」
「おお、ホレイシア、天才かよ!」と驚くムーンに対して、フブキは深くため息を吐き出した。
「全く、こんな簡単なことで驚くなんて、相変わらずの単細胞ですね」
その後でホレイシアの意見に耳を貸したフブキが彼女の目を見て向き合う。
「確かに、そういう考え方もできますが、これには問題点があります。ルナディアで午後から三人で行う素材採取クエストと、レッドグリフォンの討伐クエスト、シャインビレッジ探索クエスト。以上三件で受け入れ可能なクエスト上限に達します。直接依頼を受けることになったことも考えると、受け入れ枠を一つ分確保しておいた方が賢明かと」
「ああ、フブキがそういうなら、ルナディアの午後でいいや」
「ということで、マスター、やってみたい素材採取クエストの依頼書を出してください」
「えっ。俺が選んでいいのか?」と驚くムーンが自分の顔を右手の人差し指で指す。
「はい。私もホレイシアもクエストを提案しました。最後はマスターの番です。まあ、特にないのなら、私かホレイシアのどちらかが選んだ素材採取クエストを……」
「ああ、分かったよ。俺が一番やってみたい素材クエストの依頼書は、これだ!」
慌てたムーンがフブキの元に依頼書を差し出す。
【採取クエスト】ボアトントの体毛の採取
内容:山に生息するボアトントの体毛の採取
報酬:二千ウロボロス(交通費は別途相談)
依頼人:シルバ・タイクーン
「なるほど。ここなら一度訪れたことがあるので、交通費がかかりません。それにこの内容なら一時間もあれば達成可能です。ホレイシア、どう思いますか?」
頷いたフブキがホレイシアに依頼書を見せる。それに目を通したホレイシアも首を縦に動かした。
「うん。いいと思う。じゃあ、来週のルナディアはこのクエストだね。早速、依頼人さんと連絡してみるよ。交通費の相談もしなくちゃだしね♪」
ホレイシアが両手を合わせる。そうして、第一回クエスト会議は幕を閉じた。
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