第34話 買物

 サンヒートジェルマン第七地区にある薬屋の中で、灰色のカゴを持ったホレイシア・ダイソンは目を輝かせた。

 実家の薬屋よりも少しだけ広い店内の棚から、黄緑色の細長い葉っぱを手に取った彼女は、視線を近くにいるヘルメス族の少女に向ける。


「フブキ、これ見て!」

「なるほど。状態はよさそうです。これを使えば、回復術式の効果も倍増するでしょう」

 表情を変えず頷くフブキの右隣にホレイシアが並ぶ。

「やっぱり、そう思うよね? これはいろんな術式の素材として使えるし、大量に仕入れてるみたいだから、通常価格よりも安く買えるんだ」

 目深に被ったフードで顔を隠したハーフエルフの少女が頬を緩める。

「それにしても、この高品質な薬草を安く買えるなんて、夢みたいなお店です」

「そうだよね。じゃあ、これは三十枚くらいあれば大丈夫かな? 一応、二十枚は手元にあるから」

「合計五十枚あれば、しばらくは素材不足に困らないでしょう。悪くないと思います」

 同意したフブキの隣で、ホレイシアは右手で持っているカゴの中に薬草を入れた。


 必要な薬草を入れ終わった彼女は、すぐに視線をフブキに向ける。

「フブキ、他に必要な薬草ってない? まあ、来週のクエストは未定だから、必要な薬草はまだ買えないけどね」

「錬金部屋に不足している素材といえば、ドライエックとダイナレインです。個人的な話だとアーシュクラウンも欲しいですね。こちらは後で個人として購入します。」

「えっ。それくらいなら一緒に買えば……」

「いいえ。できません。個人的な買い物と必要経費は分けるべきです」

 首を横に振るフブキの前で、ホレイシアがクスっと笑う。

「フブキ、相変わらず、マジメだね。確かにその考え方は正しいかも。だったら、最初にカゴに入れたピピアルメティアの必要数も変わってくるわ。アレは私物だから、とりあえず、あと十枚増やした方がいいね」

 考え込んだホレイシアが棚に手を伸ばす。そんな彼女の右肩を、フブキは優しく叩いた。

「別に無理して購入数を増やさなくてもいいです。私が言ってるのは、私物を購入するために予算を使うのはダメだということですから。私だって私物の剣で戦うのだから、ホレイシアも私物の薬草を使って私たちを回復させてもいいと思います。最も、十枚くらいなら予備として持ってても大丈夫そうですが」


 フブキの声に耳を傾けたホレイシアが両手を合わせる。

 

「じゃあ、ドライエックとダイナレイン。あと、体の冷えを防ぐ薬草とここでしか買えない薬草をいくつか買おうかな? フブキ、そんな効果がある薬草でおすすめのモノってある?」

 首を傾げたホレイシアと顔を合わせたフブキが、腑に落ちないような表情を見せる。

「そういうことはホレイシアの方が詳しいと思いますが?」

「うん。確かにいくつか体温低下を防ぐ効果がある薬草は知ってるけど、私はフブキの意見が聞きたいの。フブキってすごく賢いから、相談に乗ってほしいんだよ」

 素直な気持ちを伝えられたフブキは目を伏せ、ため息を吐き出す。


「はぁ。この店で取り扱っているかどうかは知らないけど、リザフィレンっていう薬草がおすすめです。それを素材に使った術式は後で教えます」

「ああ、リザフィレン。それならウチのお店で取り扱ってるよ。多分、この店でも売ってると思う。あっ、その薬草は個人的に買うヤツだから、経費に入れないからね!」

 右手の人差し指を立てたホレイシアが、突然に自身の顔を隠すフードを剥がし、素顔を晒した。

 赤髪をツインテールに結ったハーフエルフの少女は、ヘルメス族の少女の前で笑顔になる。


「フブキ、教えてくれてありがとう!」

 素直な彼女の気持ちを受け取ったフブキが明るい彼女から目を反らす。

「全く、いきなり何を言い出すかと思ったら、そんなこと? 大体、こんなところで素顔を晒すなんて、意味分からないわ」

「こういう気持ちはちゃんと顔を合わせて伝えた方がいいと思ってね。それに、今はこの店、私たちしかいないみたいだからそんなに恥ずかしくないし」

 素顔になったホレイシアが周囲を見渡すように首を動かす。

「まぁ、ホレイシアがいいなら、それでいいです」


 その瞬間、フブキ・リベアートは不思議な気持ちになった。

 氷のように冷たい心に温かい何かが流れ込んでいき、溶けていく。

 もう少しだけ一緒にいたい。そんなことを考えるようになり、頬が自然と緩む。


 表情の変化を彼女は見逃さない。

 顔を隠さないハーフエルフの少女は、慣れた足取りで棚が並ぶ店内を進み、次々と薬草をカゴの中に入れていく。その後ろ姿を、フブキは追いかけた。

 そのうち、右に見えた棚に青い葉っぱを見つけたフブキは、それを手に取り、前方にいるホレイシアに声をかけた。


「ホレイシア、欲しかった薬草がありました」

 その明るい声を聴き、ホレイシアは体を半回転させ、フード越しに視線を向けた。

「あっ、フブキ、良かったね。私も見つけたよ。フブキが教えてくれた薬草♪」

 そう言いながら、ホレイシアがカゴに中からゆらゆらと揺れた炎のような見た目の赤い葉っぱを三枚取り出す。

「そうですか」と短く答えたフブキの前で、ホレイシアが首を縦に動かす。

「とりあえず、欲しい薬草は全て手に入ったし、そろそろお会計しよ。領収書ってのを出してもらうんだよね?」

「はい。お願いします」

「うん。分かった。もちろん、この薬草は別会計にしてもらうから」

 右手で持った赤い葉っぱをホレイシアは左右に振った。

 

 そうして、会計を済ませたふたりは、第七地区の薬屋を後にした。

 扉を開け、外に出たのと同時に、ホレイシアはフードを目深に被り、フブキの右隣に並ぶ。


「フブキ、楽しかったね」と呟いたホレイシアが両手を青空に向け伸ばす。一方で、彼女の隣を歩くフブキは腑に落ちないような表情で次の目的地へ向かって歩みを進めていた。

 すると、歩道上で立ち止まったホレイシアが、心配そうな顔でフブキの顔を覗き込む。

「フブキ、大丈夫? 疲れてるんだったら、ギルドハウスに戻って休んでもいいんだよ?」

「いいえ。大丈夫です」

「そうなんだ。急に黙り込んだから、心配したよ。もしかしたら、友達と買い物することに慣れてないから、疲れたんじゃないかって」

 フブキの言葉をフブキが素直に受け入れる。その後でフブキは首を左右に振った。

「いいえ。この程度のことで気疲れするほど、私は弱くありません」

「そういえば、フブキ、私と買い物してた時、楽しそうな顔してたよね?」


 首を傾げるホレイシアの隣で、フブキは押し寄せてくる明るい感情を消し去り、彼女から目を反らした。


「……私はあなたたちの友達になるつもりはありません」

 

 冷たい目をしたヘルメス族の少女が一歩を踏み出す。丁度その時、顔を上げたフブキの目に、あるお店が飛び込んできた。透明なガラス越しに飾られた小さなシロクマのぬいぐるみを足を止めたフブキが優しい眼差しで見つめる。


「えっ、フブキ。もしかして、ぬいぐるみが好きなの?」

 

 隣に並んだホレイシアが彼女の顔を覗き込むと、フブキはハッとした。


「いいえ。ただ珍しいと思っただけです。ぬいぐるみというモノが存在していることは、文献を読んで知っていましたが、ヘルメス村にはアレを販売するお店がありませんから」


「そうなんだ。あのぬいぐるみ、かわいいよね? あのシロクマのぬいぐるみは、あの店で一番の人気なんだってこの前テレビでやってたよ!」

 同じように顔を前に向けたホレイシアが隣にいるフブキに語り掛ける。

「なるほど。そうなんですね」

「あっ、まだ時間あるから、中に入ってみようよ」

 両手を合わせたホレイシアが視線をフブキに向ける。だが、フブキは首を横に振り、歩みを進めた。


「フブキ、待って」と呼び止めたホレイシアは、シロクマのぬいぐるみを眺めていたフブキの横顔を忘れられなかった。


 

 





 

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