第33話 二人
第八地区にあるクエスト受付センターの前に、希少種族の少女がいた。
彼女は長い白髪を揺らしながら周囲を見渡している。
「そろそろ時間……のはずですね」と呟くヘルメス族の少女、フブキ・リベアートは背後にある待ち合わせの建物に視線を向けた。
そこから顔を前に戻した彼女の元に、黄緑色のローブを目深に被り顔を隠した少女。
「フブキ、お待たせ」とその少女、ホレイシア・ダイソンが明るく彼女に声をかける。そんな彼女の顔を、フブキは真顔で見つめた。
「はい。一足先に一通りのクエスト依頼書を見ていたので、待っていたわけではありません」
「フブキ、相変わらずマジメだね」とホレイシア目を点にする。
「はい。マジメだけが取り柄ですから」といつものように答えるフブキの顔を、ホレイシアはジッと見つめた。そんな彼女の表情に安心感が宿る。
「良かった。あのお屋敷で別れた時、様子がおかしかったから心配してたんだ。ムーンがどっかに行ったフブキを見つけて、元気づけたみたいだね。まあ、フブキがちゃんとここにいるってことは、そういうことなんだろうって思ってたけどね」
「はい。少し話しただけですが、いつもの調子に戻りました」
「そうそう。何か悩みがあるんだったら、相談してよ。解決方法が分からなくても、話すだけで楽になることもあるからね」
笑顔で手を差し伸べるハーフエルフの少女の声を聴いた瞬間、フブキの脳裏にギルドマスターの少年の言葉が浮かんだ。
「なんか悩みがあるんなら俺に相談しろ。百点満点の答えは分からないけど、一緒に考えてやる」
ふたりの声が重なり、フブキは思わず頬を緩める。
「似ていますね。マスターとホレイシアは」
「えっ」とホレイシアが目を丸くする。
「マスターもそうやって、悩みを抱えている私に優しく手を差し伸べてきました」
「やっぱり、ムーンも同じこと考えてたんだ」
「とにかく、今からでもできるクエストをお探しなら、こんなところで油を売らない方が……」
「ごめん。フブキ」とホレイシアが両手を合わせて、フブキの声を遮る。
「どういうことでしょう?」と首を傾げるヘルメス族の少女の前で、ホレイシアが頷く。
「今から探すのは、これからふたりで行うクエストじゃなくて、来週行うクエストなの。それが終わったら、ふたりだけで遊ぼうと思うんだけど、どうかな?」
「……束の間の休日も悪くありませんが、私は遊べません。誰が何と言おうと、私はあなたたちの友達になるつもりはありませんから。私たちとの関係はあくまで、職場で一緒に働く仲間。それ以上でもそれ以下でもありません」
冷たい目をした少女がハーフエルフの少女に背を向け、クエスト受付センターの入口に向け一歩を踏み出す。そんな彼女をホレイシアが呼び止めた。
「フブキ、待って。だったら、一緒に買い物するのはどう? 素材はいくらあっても困らないし、これからのギルド活動の助けになるかもしれないでしょ?」
一方で、立ち止まったフブキは右目を瞑って、背後を振り向いた。そうして、ふたりと向き合った彼女は、ため息を吐き出す。
「次のクエストを決めないと、どの素材が必要か分からないでしょう? 具体的にどんなクエストをお望みですか?」
その答えに、ホレイシアは目を丸くする。
「フブキ、それって……」
「買い物に行くのでしょう? 錬金部屋の素材の補充をしたいですし、この街の商店の品ぞろえにも興味があります。それに、もしかしたら欲しい素材が手に入るかもしれません」
「良かった。もしかしたら断るかもしれないって思ってたんだ」
胸を撫でおろしたホレイシアは、思い出したように両手を叩く。
「あっ、そういえば、ムーンが言ってたよ。三人で素材採取がしてみたいって」
「なるほど。了解しました。それなら、素材採取を中心にクエストを探す必要がありそうですね。まあ、他に気になるクエストがあったら、その依頼書を手に取っても構いません。買い物はその後でいいでしょう。それと、丁度いい機会ですし、今夜にでも第一回クエスト会議を行うのも悪くないと思います。マスターには後で伝えるとして、依頼書を探してみましょう」
「うん。分かった。じゃあ、早く行こうよ」
隣にいるホレイシアが笑顔で右手をフブキに差し出す。だが、フブキはその手を取らず、視線を反らした。
そして、妙な距離感があるふたりは、別々の足取りでクエスト受付センターの中へ足を踏み入れた。
クエスト受付センターで見つけた依頼書をいくつか選んだあとで、ふたりが施設から去る。
三十分ほど前までいた建物を背に歩き出したホレイシアは、少し離れて隣を歩くフブキに笑顔を向けた。
「フブキ、何かやりたいクエスト、見つかった?」
「そうですね。丁度よさそうなモノは見つかりました。期日や難易度、全てピッタリです」
「そうなんだ。私も見つけたよ。ちょっとやってみたいクエスト。それで、これからどこで買い物しよっか? 私は第七地区の薬屋に行きたいんだけど……」
「薬草なら、ホレイシアの実家でも買えると思いますが?」
隣を歩くフブキが首を傾げる。それに対してホレイシアは首を左右に振った。
「あの薬草は、あのお店じゃないと手に入らないんだよ。ウチの薬屋では取り扱ってないからね」
「なるほど」とフブキが短く答え、少し離れて歩くホレイシアの横顔をジッと見つめる。
「友達を人殺しにしたくないっていうのも理由のひとつだけど、目の前で苦しんでるヤツがいたら見殺しにせず、手を差し伸べる。ホレイシアはそういうヤツだ」
数時間前に聞いた獣人の少年の言葉が蘇ると、フブキは複雑な気分に陥る。
「……危なっかしい子」とボソっと呟く間に、ホレイシアは彼女との距離を詰めた。それから彼女は、フブキの顔を不思議そうな表情で見る。
「フブキ、さっきから私の顔を見てるみたいだけど、もしかして、話したいことでもあるの?」
「いいえ。マスターに言われたことを思い出しただけです。ホレイシアはあの詐欺師を助けたようですね?」
「うん。ちゃんと手当をしたよ。今頃、元気になった状態で警察に事情を話してる頃かな?」
明るい顔で首を縦に動かすハーフエルフの少女の隣で、フブキはため息を吐き出す。
「敵味方問わず助けるなんて、私には理解できません。敵に隙を見せれば、また襲い掛かってきて、こっちが窮地に陥ることだってあり得ます」
冷たい目をしたヘルメス族の少女の声に耳を貸しても、ホレイシア・ダイソンの気持ちは変わらない。
「うーん。フブキの考え方を否定するつもりはないけど、私は助けたいの。命の恩人を傷つける人なんていないって考えてるから、相手がどんな人でも見殺しにしない」
ハーフエルフの少女の優しい声は、フブキの冷たい心を温める。
そんな奇妙な感覚に襲われたフブキは、距離を保ち別々の歩幅で歩き続けながら、頬を緩める。
「……まあ、その場合は、病院送りにすればいいだけの話ですね」
「えっ、それってどういう意味?」と驚くホレイシアの隣で、フブキは首を横に振った。
「勘違いしないで。傷ついた敵を助けたいと思うなら、治療が終わった後、その敵を私が病院へ瞬間移動で飛ばすから」
「フブキって優しいんだね。じゃあ、今度からそうしてくれると嬉しいな」
ホレイシアがフブキに笑顔を向ける。それに対して、フブキは彼女から視線を反らした。
「……勘違いしないで」
その態度にホレイシアがクスっと笑う。
そうして、微妙な距離感を保つふたりは、素材を求めた買い物を始めるために、街へ向かった。
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