第5章
第17話 診断
一夜が明けたギルドハウスに、その依頼は舞い込んだ。
食堂の扉を開け、周囲を見渡したフブキ・リベアートの手には、一枚の紙握られている。
近くにある調理場から物音を聞いたフブキは、その場所へ進み、顔を覗かせた。
すると、調理場で朝食の準備を進めているホレイシア・ダイソンが顔を上げる。
「あっ、フブキ、おはよう」
「おはようございます。ところで、マスターは……」
「うーん、そろそろ起きてくると思うよ」
「そうですか。それならば、朝食の席で……」
語尾で締めくくるよりも早く、食堂の扉が開き、クマの耳を頭に生やした獣人の少年、ムーン・ディライトが顔を出した。
調理場から漂う美味しそうな匂いに吸い寄せられるように、ムーンもフブキたちがいる調理場に向かった。
「ホレイシア、今日の朝食何だ……って、フブキもいたのかよ!」
驚くムーンの前で、フブキが頷く。
「はい。マスター、おはようございます。そうですね。三人揃いましたし、一分だけよろしいですか?」
「何だ?」とムーンが首を傾げた後で、フブキが右手で握っていた紙をムーンたちにみせた。
「先ほど、応接室に入ったところ、ギルド受付センター広報部から依頼書が届いていました」
「ところで、なんで依頼書が応接室にあるんだ?」
ポカンと口を開けたムーンに対して、ホレイシアはため息を吐き出した。
「ほら、応接室に長方形の石板が置いてあるでしょ? 任意の場所に文書を転送できる術式を用いて、依頼書が送られてきたんだよ」
「ああ、そういうことか。そういうのは、郵便屋が届けるものだと思ってたぞ」
「マスター、確かに郵便屋が依頼書を届けることもありますが、石板に向け依頼書を転送した方が早く届きます」
「……ってことは、緊急依頼ってヤツか?」とムーンが疑問を口にしている間に、ホレイシアは文書を読み進めた。
「なるほどね。来週のところで取材がしたいから、都合がいい日時や時間を教えてほしいってさ」
「ちょっと待て。なんで取材依頼が来るんだ?」
驚きを隠せない獣人の少年と顔を合わせたフブキが冷静な口調で答える。
「注目されているということでしょう。アルケア国民から選ばれた十万人の内の一人の異能力者と錬金術の礎を築き上げた希少種族のヘルメス族。このふたりが副業としてギルドを結成したというのは、話題性があります」
「おい、フブキ。ホレイシアを仲間外れにするのはダメだぞ!」
唐突なギルドマスターの注意に、フブキは目を丸くする。
「もちろん、仲間外れにするつもりはありませんが、これは一般的な話です。彼女の薬物に関する知識や、私が与えた錬金術書を使いこなせる技術は評価していますが、その実力は世間一般的に知られていません」
「よし、分かった。じゃあ、その取材でホレイシアもスゴイヤツだって教えてやる!」
「ちょっと、ムーン。恥ずかしいからやめて!」
慌てたホレイシアが両手を左右に振る。
「それで、取材日はいつにするの?」
そう尋ねたホレイシアの隣で、ムーンはフブキの肩を優しく叩いた。
「それはスケジュール管理担当のフブキに任せる。なるべく三人が揃う日にしたいが、取材があるからって言えば、午前中も休みにできるから難しく考えなくていいぞ」
「では、一週間後のウエディアの午後にします。その日ならギルドハウスに全員集合できるでしょう」
「分かった。じゃあ、その日にしてほしいって返信してくれ」
「了解しました。それと、マスター、私と約束してください。無暗に異能力を使わないって」
「それって、どういうことだ?」とムーンが首を傾げると、フブキは真剣な表情で、右手の小指を立てる。
「マスターの異能力を使えば、エルメラを使わなければ生成不可能な未知の物質を生成できますが、それを使いこなすためには、知識が必要です。願うだけで、誰かを助けるために必要な物質が生成されるとは限りません。偶然、助けたかった人を苦しめる未知の毒物が生成されることだってあり得ます。それでも使いたいのならば、私が近くにいる時だけにしてください。知識がある私なら、未知の危険物質生成を防ぐことができます」
近くでフブキの話を聞いていたホレイシアは、唸り声を出した。
「うーん。それが一番安全なんだろうけど、どう説明するの? 多分、来週の取材でムーンの異能力について聞かれると思うよ」
「もちろん、考えていますが、その前に、マスターにお願いがあります。応接室であなたの剣を見せてください」
「ああ、分かった」と納得したムーンが頷く。それからホレイシアは、ふたりの顔を見て、両手を合わせた。
「じゃあ、朝食の準備終わったら、呼びに行くからね」
「まあ、五分ほどで戻ってくると思いますが、お願いします」と返したフブキがムーンと共に調理場から去っていく。
そうして、応接室にやってきたムーンは、正方形の机の前に腰を落とした。そんな彼と向き合うように、フブキも着席する。
「えっと、見たいのは俺の剣だったな」と呟くムーンが右手の薬指を立て、空気を叩く。その間に、フブキも同じ仕草で空気を叩いた。
銀色の輝く太刀が机の上に召喚されると、「これが俺の剣だ」とフブキに伝えたムーンが自身が愛用する剣を差し出す。
「拝見します」と太刀を受け取ったフブキの手元には、先ほど召喚した白い紙と一本のペンがある。
右手の人差し指で銀色の刀身をなぞるように触れた後で、電灯に照らされた太刀をジッと観察する。
それが終わると、フブキは頬を緩め、太刀をムーンに返した。
「はい。マスター。ありがとうございました」
「えっ、もういいのか? まだ三十秒くらいしか経ってないけど……」と驚くムーンに対して、フブキは手元にあるペンで紙に文字を書き込みながら、言葉を返す。
「はい。最後の確認がしたかっただけですから。主成分は銀。あとは黒鉄や鉛が混ざってるようですね。手入れも行き届いているようですし、余計な物質も混ざってない。これなら工夫すればホムラリウム以外の物質も生成できそう……ということで、マスター、お答えください。火、水、風、土。この中で一番好きなのは?」
「おっ、いきなり心理テストか? その中だったら火だな!」
「では、攻撃と防御、どちらが好きですか?」
「もちろん、攻撃だ!」と即答され、フブキは頬を緩める。
「なるほど。では、もしも剣を買い替えることになったら、今使っている剣と同じモノと全く別の素材を使った剣、どちらを買いますか?」
「うーん。やっぱり、使い慣れた方がいいからなぁ。今使ってるのと同じヤツを買うと思うぞ」
少し悩んだムーンが腕を組む。
「最後の質問です。一つの道を極めた剣士となんでもできる万能型な錬金術師。どちらがスゴイと思いますか?」
「うわぁ、最後の質問が一番難しい! どっちもスゴイヤツだと思うぞ!」
その質問を聞いたムーンが頭を抱える。その仕草を目にしたフブキが目を伏せる。
「分かりました。質問を簡単にします。ホレイシアと私。休日に一日だけ入れ替わることができるとしたら、どちらになりたいですか?」
「ホレイシアかフブキかってことだな。だったら、ホレイシアだ。ホレイシアになって、街中で怪我した子どもを助けたいんだ」
ギルドマスターの少年の答えを聞いたフブキが首を縦に動かし、筆を進める。
「マスター、ありがとうございました。おかげで答えを導き出すことができました」
「そうか。フブキの役に立てたみたいだな! 良かった」とムーンが明るく笑う。
そんな彼とは対照的な冷静な表情のフブキが両手を合わせる。
「……ということで、表向きなマスターの異能力は、自身がその手で握った極普通な剣を摂氏五千度の炎を放つ火剣に変える能力に決定いたしました」
「結局、あの盗賊たちを蹴散らしたアレかよ!」
「まあ、あの剣に含まれる素材を工夫できれば、他の能力の付与も可能でしょう
「ああ、分かった。決まったんだったら、そろそろ戻ろうぜ。ホレイシアが待ってる食堂へ」
「はい」と口にしたフブキはムーンと共に応接室から退室した。
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