第18話 白雲
「そっか。ホムラリウムだっけ? ハクシャウの泉で盗賊たちを倒したあの物質の生成をムーンの異能力にするんだね」
三人で集まり食卓を囲む。そんな一幕で、ホレイシアは顔を前に向けた。その視線の先では、パンを口に運ぼうとするフブキがいた。
「はい。ホムラリウムという物質の名称を伏せ、極普通な剣を摂氏五千度の火剣に変える能力として公表します。まあ、剣の素材を工夫すれば、他の未知の物質も生成できますが、マスターならどんな素材の剣でも火剣にできるでしょう」
「ああ、任せてくれ。俺、刀鍛冶工房で研ぎ終わった剣の試し切りをしてるからさ。どんな剣でも扱えると思うんだ」
ホレイシアの右隣に座るムーンが胸を張る。
「つまり、マスターが働いている刀鍛冶工房には、剣の試し斬りができるような広い場所があるんですか?」
フブキからの問いかけに、ムーンが頷く。
「ああ、そうだ。ペイドンに頼めば場所を貸してくれるぞ」
「……なるほど」と呟いた後で、フブキは最後の一口を咀嚼し、両手を合わせた。
「ごちそうさまでした」と唱えたフブキが、席から立ち上がり、ムーンたちに背を向ける。
その一方で、勢いよく起立したムーンが彼女の後姿に向け右腕を伸ばした。
「フブキ、待ってくれ。今日はお前と一緒に出勤したいんだ。俺が働いてる刀鍛冶工房の場所が分かった方が便利だろ?」
「ムーン、もしかして、職場の場所教えたら、寝坊しても瞬間移動で出勤時間に間に合うって考えてる?」
ムーンの隣でホレイシアが疑いの視線を向けた。
その間に立ち止まったフブキは獣人の少年に冷たい視線をぶつけながら、体を回転させた。
「そんなくだらないことで、私を頼るなんて、百年早いわ」
向き合うように立つフブキにムーンが腹を立てる。
「お前ら、失礼だな。そんなこと頼むわけないだろ!」
「冗談だよ。でも、刀鍛冶工房はよく行くことになるだろうから、場所を教えた方が便利だっていうムーンの考え方は理解できるかも」
クスっと笑ったホレイシアが頷く。
「そうだろ? 刀鍛冶工房主のペイドンにフブキを紹介したい。それに、フブキも剣士だからな。俺が働いてる刀鍛冶工房で剣のメンテナンスを受けるのもいいと……」
「……ご挨拶だけに留めます。慣れ合いは弱者のすることです。私はそんなに弱くありませんから」
凍えるような冷たい視線をギルドマスターの少年に向けたフブキが去っていく。
何も言えなくなったムーンがホレイシアの隣で深く息を吐き出す。
「なんか、俺とフブキの間に壁があるみたいだな」
「そうだね。もっとフブキと仲良くなれたらいいんだけど……」
それから、朝の準備を終わらせた三人は、ギルドハウスの玄関のドアを閉め、歩き始めた。
曇り空にも関わらず、街の気温や湿度は高い。熱せられた茶色い地面からじんわりと熱が広がり、半そで短パン姿の獣人の少年の額から汗が落ちる。
そんな彼の右隣には、黄緑色のローブのフードを目深に被り顔を隠したホレイシアが歩いていた。
横並びで歩くムーンとホレイシアの後ろを、白いローブで身を包むフブキが付いていく。
すると、ムーンが背後を振り返りながら、フブキに視線を向けた。
「フブキ、暑くないか?」
「いいえ。暑さ対策も万全です。このローブは熱を帯びた空気を冷やす効果がありますから」
「スゴイな。俺、この獣人の姿になって暑いの苦手になったんだ。触っていいか?」
ムーンが尋ねながら、フブキとの距離を詰める。その一方で、イヤそうな顔になったフブキは咄嗟に後退りした。
「触らないでください」
「ああ、悪かった。じゃあ、俺の暑さ対策について考えてくれ。フブキはそういうの得意そうだからな」
「それが人間の頼み方ですか?」とフブキがムーンに冷たい視線を向ける。
「なんかごめんな」と謝るムーンの横顔を見たホレイシアが、無言で右手の薬指を立て、空気を叩く。
そうやって水色の小槌を召喚したホレイシアは、それをムーンに差し出した。
「はい。これ使って。昨日、生成した暑さ対策アイテム」
「ああ、ありがとうな……って、いつの間にそんなの生成したんだよ!」
驚くムーンの前で、ホレイシアが一瞬だけ視線をフブキに向ける。
「昨日、ムーンの部屋に集まった後でね。ほら、フブキに相談したいことがあるって言ったでしょ? こういうの得意そうだったから、術式を見てもらったの」
「なるほどな……って、おい、フブキ。そういうの用意してあるんだったら、先にそう言えよ!」
「私は術式の見直しや足りない素材を分け与えることしかしていませんから」
「まあいいや」と呟いたムーンが小槌を手に取り、フブキに尋ねる。
「ところで、フブキは休みの日に何してるんだ? 俺は休みの日に剣の稽古をしてるんだが……」
「錬金術の素材収集を目的にした日帰り旅行や剣のメンテナンス。後は勉強ですね。時々、剣の稽古に呼ばれることもあります」
淡々と答えるフブキの顔を、白い雲からの光が射す。
そんな彼女をムーンはマジメな表情で見つめた。
「フブキ、お前、もっと楽しいことやった方がいいと思うぞ。例えば、俺やホレイシアと遊ぶとか。勉強しかしてなくて、遊び方が分からないっていうんだったら、俺たちがいろいろと教えるから!」
「ごめんなさい。それだけはできません」とフブキがムーンに頭を下げる。
「そっ、そうか。だったら、今度、三人で日帰り旅行しないか? 旅の目的は素材収集でもいいからさ」
「……お断りします」
「ごめんな。フブキが一人旅が好きだったなんて、知らなかったんだ。でもな。俺はフブキのことが知りたいんだ!」
その幼馴染の少年の一言を聞いたホレイシアは、咄嗟に隣にいるムーンの右手を強く引っ張った。
「ちょっと、ムーン。それってどういうことかな?」
「痛いなぁ。ホレイシア、さっきお前も言ってただろ? もっとフブキと仲良くしたいって。その気持ちは俺も同じだ。仲間じゃなくて、友達としてな」
「へぇ。私と同じこと考えてたんだ」
ホッとしたホレイシアがムーンの右腕から手を離す。それからホレイシアは、フブキと向き合い、彼女の両手を優しく掴んだ。
「ねぇ、フブキ。もっと自分のこと話していいよ。もちろん、話したくないことは話さなくていいけど、私はフブキのことを友達だって思ってるから」
「友達……」と表情を暗くしたフブキ・リベアートがその場に立ち止まり呟く。突然のことに、ムーンとホレイシアは目を丸くして、足を止めた。
「フブキ、大丈夫か?」
その少年の声はフブキ・リベアートに届かない。
「……あなたたちが私のことをどう思おうと勝手ですが、私は友達になるつもりはありません」
そうふたりに告げたフブキが静かに離れていく。
それと同時に、冷たい向かい風がムーン・ディライトの傍を通り抜けた。
雲の隙間から差し込む光が、風に流された雲で隠されていく。
「フブキ」とホレイシアが名を呼び、前進する彼女を追いかけると、その先には石畳の広場があった。
そこは人通りが多い半円形の広場。そこで立ち止まったホレイシアの右隣にムーンが駆け寄る。
「ホレイシア、いきなり走るなよ。まあ、今の俺ならすぐに追いつけるけどな。ところでフブキは……」
「前を見て」と隣にいるホレイシアに促されたムーンは顔を前に向けた。
その視線の先で、「お願いします」と一人の黒服の男がフブキに何かの紙を渡していた。
その出会いは、新たなる事件の始まりだった。
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