第19話 失踪
大都市、サンヒートジェルマンにある広場を多くの人々が通り過ぎていく。
その場所で黒服の男は偶然見かけた白髪の少女に頭を下げながら、一枚の紙を渡した。
「お願いします。ヘルメス族のお嬢さん、何か知っていたら教えてください」
突然のことに困惑したその少女、フブキ・リベアートは首を横に振った。
「申し訳ありませんが、私はこの街に最近住みだしたので……」
「おい、フブキ、何だ?」と心配そうに獣人の少年、ムーン・ディライトがフブキの元へ近寄る。
その右隣にホレイシアも並んだ。
「はい、どうやらこの人は人探しをしているようです」
「人探し?」と首を捻ったムーンは、目の前にいる男の顔をジッと見つめた。
そこにいるのは、中肉中背の体型に白いシャツと黒い長ズボンを合わせた中年男性。男が着ているシャツには青色の蝶ネクタイが取り付けられていた。
「はい。私はカルト・バイアーと申します。三日ほど前に失踪したクラリスお嬢様を探しているのです」
事情を明かしたカルトがホレイシアに紙を渡す。
そこには行方不明者を探していることと黒髪少女の写真が添えられていた。
黒い髪を肩の高さまで伸ばした灰色の瞳を持つ少女は黒を基調にしたドレスに身を包んでいる。額が出るように上げられた前髪は灰色のカチューシャで止められていた。
ホレイシアの隣で行方不明になった少女の写真を覗き込んだムーンの瞳に、ピンク色のハートマークが浮かび上がった。
「この子、かわいいぞ!」
「もぅ、また一目惚れして……って……」
ムーンの一言に呆れたホレイシアは、衝撃を受け、思わず目を見開いた。
「ホントにペランシュタイン家のお嬢様が行方不明なんですか?」
「はい。因みに私はペランシュタイン家の使用人を務めております」
「ペランシュタイン家?」
ムーンがフブキと口を揃えて、聞き慣れない言葉を口にする。それからすぐに、ホレイシアはため息を吐き出した。
「フブキは知らなくて当たり前だけど、ムーンは知ってないとダメだよ。ペランシュタイン家は総資産五千億ウロボロスを所有するスゴイ大金持ちで、いくつもの錬金術研究機関に研究費を出資してるの。確か、この広場の近くにお屋敷があるんだっけ?」
「はい。その通りでございます。調査の結果、漆黒の幻想曲が発生直前、この場所でヘルメス族の女の子が、クラリスお嬢様を連れ去ろうとする不審な黒いローブ姿の男たちを撃退したことが分かりました。あの子のように顔を隠していて人相は分からかったそうですが、声は女の子のモノだったそうです」
そう言いながら、カルトはフードを目深に被り顔を隠すホレイシアに視線を向けた。
それから、ムーンは思い出したように両手を叩く。
「あっ、そういえば、フブキと初めて会った時、言ってたよな。さっきの戦闘での疲れを癒すため、ハクシャウの泉に来たって」
「そうそう。確かに言ってた。もしかして、フブキが連れ去られそうになってたクラリスを助けたの?」
ムーンの隣でホレイシアが同意を示し、首を傾げる。だが、フブキはあっさりと首を横に振った。
「いいえ。残念ながら、それは私ではありません。おそらく、別のヘルメス族の錬金術師が助け出したのでしょう。その目撃者に詳しい話を聞けば、誰が助けたのかは分かりますが……」
「そうですか。そろそろ限界なのかもしれませんね。この近くにある裏路地から、失踪当時お嬢様が着ていた衣服が見つかったということも分かりましたが、やはり、人探しクエストを依頼するしか……」
カルトが重い肩を落とす。その一方で、ムーンはクエストという言葉に喰いついた。
「人探しクエストって言わなかったか? だったら、俺たちが見つけてやる。こう見えて俺たち、セレーネ・ステップっていうギルドで活動してるんだ」
「まあ、駆け出し中ですけど」とフブキが補足する。それを受け、カルトは腕を組んだ。
「新人ギルドですか? 正直、信用できるか……」
「高額のクエスト報酬に目が眩み、本気で探さない本職ギルドの方が信頼できるなんて、あなた、バ……」
フブキが冷たい視線をカルトにぶつける。その一方で、ホレイシアは慌てて両手を振った。
「ちょっと、フブキ。それ以上言わないで!」
それからフブキは右手で自身の額に触れた。
「はぁ。少し言い過ぎたかもしれません。ごめんなさい」と頭を下げ謝ったフブキの近くで、ムーンが右手を挙げる。
「ホントに人探しクエストやるんなら、俺たちに任せてくれ。あんなにかわいい子が行方不明になってるのに、見過ごすことなんてできない!」
強く言い放つムーンの近くでフブキが首を縦に動かし、視線をカルトに向けた。
「そういうことなら、セレーネ・ステップを指名してください。そうすれば、他のギルドに依頼を取られる心配がありません」
「……では、明日の夜までにクラリスお嬢様を見つけてください」
難しい条件を掲示され、ホレイシアは「えっ」と声を漏らした。驚く彼女の近くで、フブキが腕を組む。
「人探し専門ギルドの人々は、二日以内に対象者を見つけ出すと文献に書いてありました。それと同じ条件ですね。面白いです」
「面白いって、忘れてない? 私たちは……」
不安そうな表情を浮かべたホレイシアの右肩を、隣にいるムーンが優しく叩く。
「大丈夫だ。フブキの顔を見ろ。アイツ、何か作戦があるみたいだぞ!」
幼馴染の少年に促されたホレイシアが、ジッとフブキの顔を見る。その表情は自信に満ち溢れていた。
「もちろん、その条件で構いません。緊急性を要していることは理解していますから。それとも、高位錬金術師の戯言だけでは不服ですか?」
天才少女の真剣な顔と向き合ったカルトがため息を吐き出す。
「分かりました。お嬢様の捜索はセレーネ・ステップの皆様に依頼します」
そう言い残したカルトがムーンたちから離れていく。その使用人の男の後姿を見送ったホレイシアは、ジッとフブキの顔を見た。
「ねぇ、ホントに大丈夫?」
「はい。問題ありません。最も、午前中は私がソロで手がかりを探し、午後からマスターとふたりで依頼主のカルト・バイアーに詳しい事情を尋ねた場合ですが」
フブキの答えを聞いたホレイシアが頷く。
「そっか。昨日の取り決め通り、ムーンとフブキのふたりで人探しクエストやるんだね。はぁ。一日中店番じゃなかったら、私もクエストに挑戦できたのに……」
ため息を吐くホレイシアにフブキは視線を向けた。
「とはいえ、私はこの街のことは詳しくないので、ホレイシアに街のことを聞きに行くかもしれません。他にも困ったことがあったら、ホレイシアに会いに行きます」
「おい、フブキ。少しは俺を頼れ。ホレイシアばっかり頼るなんてズルいぞ!」
ホレイシアの隣にいたムーンが怒りの視線をフブキにぶつける。だが、フブキは怯むことなく冷たい視線をギルドマスターの少年に向けた。
「お言葉ですが、ペランシュタイン家のことも知らないマスターを頼るわけにはいきません。無知故に頼りにされない自分を呪うがいいわ」
「クソ。フブキに頼りになるって言わせてー!」
そんなやり取りを近くで見ていたホレイシアがクスっと笑い、両手を叩いた。
「ムーン。そろそろ行かないと遅刻するよ!」
「そっ、そういえば、そうだな。フブキ、そろそろ行くぞ!」
「はい」と短く答えたフブキは、先導するムーンの後姿を追いかけた。
そこからしばらく歩いた先にある交差点の手前で、ムーンの右隣を歩くホレイシアが立ち止まった。
「ムーン、私はここで失礼するわ」
そう告げたホレイシアが、右手を左右に振る。
「ここでお別れかぁ。ホレイシア、店番がんばれよ」
「うん。フブキ、ムーンのこと頼んだから」
ムーンの近くにいたフブキに声をかけたホレイシアが、交差点を右に曲がって去っていく。
赤髪のハーフエルフ少女の後姿が見えなくなるまで見送った後で、ムーンは近くにいるフブキに視線を向けた。
「フブキ、俺たちはこっちだ!」
左の方向を指先で示したムーンが体を左の道へ向け、一歩を踏み出す。
だが、フブキはムーンの背後を歩くだけで、横に並ぼうとしない。
そのことにイラ立ったムーンは数歩で足を止め、体ごと後ろを振り返った。
「おい、フブキ。俺の隣を歩け。話しにくいだろ。三人が横並びで歩いたら邪魔になるから仕方ないけど、今なら問題ないぞ」
「お断りします。あなたはただの道案内係にすぎません」
冷たい一言が獣人の少年の心に突き刺さる。それと同時に、ムーン・ディライトは頭を抱えた。
「やっぱり、俺とフブキの間には壁があるんだ。ああ、俺はどうしたらいいんだ?」
「くだらないことで悩み立ち止まる姿。お似合いですね」
フブキの一言を聞き逃すムーンが明るさを取り戻し、右手の親指を立てる。
「まあ、いいや。おい、フブキ。午後からの人探しクエストでいいところ見せてやるから覚悟しとけよ!」
隣を歩く獣人の少年の宣戦布告を聞いたフブキは表情を無にした。
「道案内くらいならできるでしょうが、過度な期待はしていません」
「失礼だな」と腹を立てる少年は、相変わらず背後からついていく冷たい天才少女のことを考えながら、職場の刀鍛冶工房へ向かい歩き始めた。
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