第27話 墓場

 それから数時間後、星々が煌めく夜空の下、ムーン・ディライトはサンヒートジェルマン第五地区にある墓地を訪れた。

 いくつもの十字架と楕円形の石板が刺さっているその場所は、薄暗く、いくつもの動物たちの住処になっている。

 それぞれの墓へ続く正方形の石畳と石畳の間は、濃い茶色の土で埋められている。

 そんな薄暗い墓地の敷地内の右奥にある大木の黄色い葉を、ムーンは左手で持ったランタンで照らして見せた。枝に生える葉と葉を繋ぐように白い糸が張り巡らされている。

 それを見つけた獣人の少年は、近くにいるハーフエルフの少女に声をかけた。


「ホレイシア、これだよな?」


 すぐに彼の右隣に並んだホレイシアが、ジッと見つめ、首を縦に動かす。そんな彼女の左手には、ムーンと同じランタンが握られていた。


「うん。それだよ。その葉っぱちぎっていいから、採取して。ネバネバした糸に触れないように気を付けて」

「ああ、分かった」と頷くムーンが右手に持った銅色の小刀で糸が付着した葉っぱを切り取った。それを隣で見届けたホレイシアが優しく微笑み、右手の薬指を立て空気を叩く。


「そうそう。それをこのカゴの中に入れて!」と伝えたホレイシアが、自分の足元に召喚した小さなカゴを右手で指さす。幼馴染に促されたムーンは、ホレイシアの足元にある茶色い網目模様の小さなカゴの中に採取した素材を入れた。


「ホレイシア、あとどれくらい採取すればいいんだっけ?」

「あと同じの四つ見つけてね。私も手伝うから!」

 明るい表情でムーンと同じ銅色の小刀を召喚したホレイシアが、首を縦に動かす。その隣にいたムーンは、力強く一歩を踏み出した。

「よし。じゃあ、一人二個ずつ採取した終わりだな。さっさと終わらせようぜ」

「うん」と笑顔で答えたホレイシアが、左手で持ったランタンで木々を照らす。


 二分ほどで採取すべき素材が集まり、ホレイシアは足元にあるカゴの前で腰を落とした。

 そこにある素材を眺めたハーフエルフの少女が、「ふぅ」と息を吐き出し、右手の薬指を立ててカゴを叩く。すると、彼女の前から素材が入ったカゴが消えた。


 そのまま素早く右手の薬指を立て、再び空気を叩き、新たなカゴを召喚する。


「次はタマゴの採取だね」

 珍しく赤髪ツインテールの素顔を晒している彼女は、右手の薬指を立て、空気を叩いた。

 澄んだ空気を肌で感じ取った彼女は、二本の鉄製の小刀と小さな籠を召喚する。

 それからホレイシアは、召喚した小刀の内の一本をムーンに渡した。


「はい。これで濃い茶色の地面を削って。そうしたら、青白く光るタマゴが出てくるから」

「ああ、分かった」と返したムーンがホレイシアから小刀を受け取る。

 

 それから彼は、近くにある石畳の上に腰を落とし、ホレイシアの指示通り、地面を小刀で削り始めた。


 一方で、ホレイシアと同じ石畳の上で背中合わせに座り込み、採取作業を始めた。


「大体二センチくらい削ったら、出てくるらしいよ。一人二個採取できたら、クエスト達成だから頑張ろうね」

 ムーンの背後でホレイシアが声をかける。その安心できる声を耳にしたムーンは首を縦に動かした。

「分かった。それにしても、こうやってふたりだけで素材採取してると思い出すよな。この獣人の姿になってからすぐに、ハクシャウの泉で薬草採取した日のこと」

 背中合わせでその話を聞いたホレイシアがクスっと笑う。

「それ、一昨日の話でしょ? どうせならもっと昔の話を思い出しなさいよ。ふたりだけの素材採取、これまでいっぱいしてきたんだからさ」

「そうだけどさ。今度はフブキとも素材採取してみたい……あっ、なんか白い玉が出てきたぞ! もしかして、これか?」

「えっ」と声を漏らすホレイシアが立ち上がり、ムーンの隣に並ぶ。それから左手で持ったランタンで地面を照らしながら、彼の右隣にしゃがみ込んだ。

 ランタンの光で照らされた数センチほどの大きさの白い球体を覗き込んだホレイシアが頷く。

「うん。それだよ。横並びに同じのが五つ並んでるから、それを採取して、後ろにあるカゴの中に入れてね。柔らかいから潰さないように気を付けて!」

「ああ」と短く答えたムーンに背を向けたホレイシアが、再び彼と背中合わせの位置に腰を落とす。

 それからすぐに作業を進め、横並びに五つある白いタマゴを掘り起した彼女が微笑む。


「あとはこれを全部採取すれば……」

「ん?」


 その瞬間、ムーンの視界の端で黒い何かが動いた。目をパチクリとさせた獣人の少年の背後からハーフエルフの少女が心配そうに声をかける。

「ムーン、どうかした?」

「ああ、なんか黒い影みたいなのが見えた……気がしたんだ」

「ちょっとやめてよ」

 動きを止めたホレイシアがその場に立ち上がり、背後にいるムーンと向き合うように立つ。

 顔を上げ、身を震わせる幼馴染の少女の姿を認識した彼は、明るい表情で首を縦に動かした。

「大丈夫だ。いざとなったら俺が……」

 幼馴染の声で安心感を取り戻したのも束の間、ホレイシアの目が大きく見開かれた。目の前にいるムーンの背後に黒い影が浮かび上がり、左右に動く。

 その直後、ムーン・ディライトの背中に衝撃が走った。まるで意識が刈り取られたように体が動かなくなり、獣人の少年の体が膝から崩れ落ちていく。

「ムーン!」と呼びかけたホレイシアが、咄嗟に体を前に飛ばし、倒れそうになる少年の体を支える。


 瞳を閉じ、膝立ちのような状態で両手を降ろしているムーンはホレイシアの声に反応を示さない。ホレイシアは、彼の両肩を持ちながら深呼吸して、目を伏せた。


「大丈夫。落ち着いて」と自分に言い聞かせたホレイシアは、オレンジ色の瞳を開け、意識を失っているように見える幼馴染の顔を見つめた。


「肌色は正常だから、有毒物質が気絶の原因じゃないみたい。ってことは、もしかして……」


 まさかと思ったハーフエルフの少女は、その場で獣人の少年の体を仰向けに寝かせた。それから彼女は、ランタンで薄暗い地面を照らし、彼の背中に視線を向ける。何かで抉り取られたように切り裂かれたTシャツから真っ赤な三日月型の傷跡が覗き込む。そこから黒い煙が噴き出していた。


「やっぱり、背後から何かに襲われたみたいだね。でも、この傷跡……あっ」


 耳を澄まし気配を感じ取ったホレイシアは、素早く左手の薬指を立て、宙に魔法陣を記した。


 東に双子座の紋章。

 

 西にみずがめ座の紋章。


 南に凝華を意味する蛇使い座の紋章。

 

 北に風の紋章。


 中央に水の紋章。


 それらの紋章で構成された魔法陣が彼女の左手の指先に触れた瞬間、数十個の小さな水玉がホレイシアの周囲を漂い始める。


 深く息を吐き出したハーフエルフの少女が、左手の薬指をくるくると何かをかき混ぜるように動かす。 

 すると、ホレイシアに迫る影を包囲するように、水玉が動いた。ムーンを襲った影は、一瞬で一つになった水玉の中に影が閉じ込められてしまう。


 それからホレイシアは背後を振り返り、捕獲されたモンスターの姿を視認した。

 水の中で泡を吐いているのは、全長十センチほどしかない黒いドラゴン。その爪は弧を描くように曲がっていて、ムーンの背中から発している黒い煙を吸い寄せている。羊のような曲がった角を生やした黒龍の羽はコウモリと似ている。

 紫色の水晶が埋め込まれた小さな黒龍の姿を認識したホレイシアは、右手の薬指を立て、空気を叩き、銀のナイフを召喚した。


「返してもらうよ」と告げたホレイシアが、黒龍の爪とムーンの背中を繋ぐ黒煙を銀のナイフで切り裂く。

 

 その瞬間、ホレイシア・ダイソンは気が付いた。

 捕獲したの真っ赤な右胸には、EMETHの文字が刻まれていることを。

  

 

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