第26話 手紙
「ああ、暇だな」とギルドハウスの娯楽室にいるムーン・ディライトが呟いた。
現在、この部屋には彼しかいない。本職を行うため出かけたフブキを見送ってから約七十分間、彼はひとりで過ごしていた。
その右手には、茶色い封筒が握られている。
それは、依頼人のお屋敷の門扉の前で別れたフブキから渡されたもの。
「はい。マスター。この手紙をホレイシアに渡してください。特に急いでいるわけではないので、ギルドハウスに帰ってきてからで構いません」
ホレイシアが帰ってきたら、この手紙を渡す。
あの時のお願いは、獣人の少年の頭に今でも刻まれている
少年が決意を固めていると、遠くから玄関のドアが開く音が響く。
まさかと思い、ムーンは娯楽室から飛び出し、玄関へ急いで向かった。
数秒で辿り着いた玄関には、黄緑色のローブのフードを目深に被ったハーフエルフの少女、ホレイシア・ダイソンが佇んでいた。
「ただいま。ムーン。別に出迎えなくでも良かったのに……」
目の前に現れた幼馴染と顔を合わせたホレイシアが、フードを脱ぎ、少し丸みを帯びた三角の耳を生やした素顔を晒す。
「ああ、忘れる前にこれを渡そうと思ってな。フブキから手紙だ」
ムーンが右手で持った封筒をホレイシアに手渡す。それを受け取ったホレイシアは、その場で封筒の中に入っていた紙を取り出し、三つ折りにされた紙を広げてみせた。
その紙に触れた瞬間、ホレイシアは違和感を覚えた。まさかと思い、紙をめくるように指を動かすと、紙が三枚重なっていることが分かる。
その事実に気が付いたホレイシアは思わず目を丸くした。
「ところで、ムーンはこの手紙の内容知ってるの?」
「いいや、俺はこれを渡してほしいってフブキに頼まれただけで、内容までは知らねぇ」
「そうなんだ。それにしても、三枚も手紙を書くなんて、どういうことなんだろう?」
疑問に思いながら、ホレイシアは手紙を読み進めた。すると、文字を目で追ったホレイシアの頬が緩む。
クラリス・ペランシュタイン捜索に関する報告書
漆黒の幻想曲発生直前、黒いローブを着た三人組の男たちに拘束されようとしていたところを、フブキ・リベアートの同僚、ユーノ・フレドールに救出される。
ユーノの証言によると、その後クラリスは裏路地の方へ逃げたらしい。
衣服が発見された裏路地で環境遺伝子術式を使用したところ、人間以外の遺伝子が検出された。
ムーンライトスパイダー、メタルマウス、ミニマムキメラ。
以上、三種の動物が失踪当時、裏路地にいたものと思われる。
フェジアール機関から取り寄せたエメトシステム実証実験参加者名簿に、クラリス・ペランシュタインの名前が掲載されていた。
使用人たちは全員、彼女が異能力者になったことを知らなかったため、他人の目に晒されるお屋敷の郵便受けや石板を経由してチップを入手したとは考えられない。独自の方法でフェジアール機関からチップを入手したと思われる。
お屋敷に盗聴術式が仕掛けられていた。
今回の失踪案件との関連性は不明だが、業者としてお屋敷に潜入し、術式を仕掛けたものと思われる。
失踪当時クラリスが着ていた衣服の内側から、黒い体毛が検出される。
さきほど挙げた動物の体毛とは特徴が一致しないため、現在鑑定中。
以上のことから、クラリス・ペランシュタインはエメトシステムの不具合で、小さなモンスターになり、姿を消したものと考えられる。
「なるほど。一枚目は今回の人探しクエストの調査報告書みたいだね。一日中店番で状況を把握してない私のために、まとめてくれたみたい」
「マジかよ!」とムーンがホレイシアの隣で目を大きく見開く。
「そうだね。これ、すごく分かりやすい。じゃあ、二枚目は……」
笑顔になったホレイシアが一枚目の手紙を後ろに回し、二枚目の手紙に目を通す。
困った時に使える錬金術式~第五地区墓地編~
①動物やモンスターと話してみたい時に使える術式
獣人聴覚共有術式
仕様素材:アポストロアイデン……四つ(気温が三十五度以上なら、フェールインメウロで代用可能)
エスカルリーフ……一つ
ディアナは包囲され牢獄の中に囚われた。
東から攻めてきたユピテルへの貢ぎ物は、西の国の王冠。
南で育った薔薇の花束を受け取った北の王と妃が涙を流す。
中央の月を赤き葉が隠す時、四つの石が牢獄の中のディアナを解き放つ。
それを読んだホレイシアは、咄嗟に三枚目の手紙と二枚目の手紙を両手で一枚ずつ持ち、読み比べた。
「ムーン。これ見て。今晩挑戦するクエストで困った時に使える術式が書いてあるよ。こっちが第五地区の墓場用で、そっちは第五地区商店街用。どっちも最初に書いてある術式は同じみたい」
「そんなことまで教えてくれるなんて、フブキは優しいヤツだな。この手紙がフブキの代わりってわけだ」
「そうだね。まるで、遠く離れているフブキと一緒にクエストに挑戦してるみたい。これなら安心できそう……あれ?」
突然、首を傾げたホレイシアの隣で、ムーンが目を丸くする。
「ホレイシア、どうかしたか?」
「アポストロアイデン。フェールインメウロ。この素材どこかで……あっ、もしかして!」
何かを思い出したホレイシアが廊下を走る。そんな彼女をムーンは追いかけた。
廊下を進み、応接室の隣にある錬金部屋に入った彼女のことが気になったムーンが、その部屋の扉を開ける。
「おい、ホレイシア。どうかしたか?」と尋ねながら、獣人の少年は周囲を見渡した。すると、様々な素材が並んでいる棚の前で、ホレイシアは佇んでいた。フブキの手紙と棚の素材を見比べていたハーフエルフの少女が頬を緩める。
「そうだったんだ。ってことは、もしかして、他のも……」
「ホレイシア、何だ?」
疑問を口にするムーンが棚の前にいるホレイシアの元へ近寄る。その声で近くにムーンがいることを知ったホレイシアは、後ろに見えた机の上にフブキの手紙を伏せ、棚から二つのガラス瓶を取り出した。
右手で持ったガラス瓶の中には、黒くゴツゴツとした見た目の石。
左手で持ったガラス瓶の中には、紫の火の玉が浮かぶ灰色の玉。
ホレイシアはそれらをムーンに見せるように、体を右隣にいる彼に向けた。
「ムーン。これを見て。私が右手で持ってるのが、アポストロアイデン。左手で持ってるのがフェールインメウロだよ」
「えっと、それがどうかしたか?」
ピンと来ていないムーンはホレイシアの前で目を点にした。
すると、ホレイシアがため息を吐き出す。
「どうかしたかじゃないよ。フブキが手紙で教えてくれた術式に使う素材は二つに分かれるの。一つは、この錬金部屋にある素材。もう一つは、商店で簡単に手に入る素材。つまり、フブキが教えてくれた術式で使う素材は、簡単に全て揃えることができるんだよ! この部屋にある素材は自由に使っていいって、フブキ言ってたから」
「おお、それはスゴイな」
「それにしても、フブキって優しい子だよね? 簡単に手に入る素材を使った術式をいっぱい提案してくれたから」
嬉しそうな表情で右手で持った二枚の紙を揺らしたホレイシアの隣で、ムーンは首を縦に動かした。
「そうだな。フブキは大切な仲間だ。ところで、今晩、何のクエストやるか決めたか?」
「第五地区の墓場で挑戦できるクエストを二つやるつもり」
「ああ、クモの糸とタマゴを採取するヤツだっけ?」
「そうそう。じゃあ、夕食食べ終わったら、出かけようね」
笑顔のホレイシアは、そのまま錬金部屋から退室し、食堂に向かい歩き始めた。
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