第24話 盗聴

 ホレイシアが働く薬屋から広場を経由し、数十分ほど西に歩いた先にある洋館の前で、ふたりは立ち止まった。

「ここが依頼人の家かぁ。すごい大金持ちが住んでそうだな」

 黒い屋根が目立つ洋館の外装を見上げたムーンが呟く。その右隣に並んだフブキがギルドマスターの少年に冷たい視線を向ける。

「依頼人が資産家の使用人だということ、お忘れですか?」

「もちろん覚えてるけど、この洋館見て、スゴイって思ったんだ。ああ、ホレイシアに自慢してぇ」

 感動の表情を浮かべるムーンの隣で、フブキが右手を伸ばし、鉄の門扉の近くに設置された呼び鈴を鳴らす。その直後、閉ざされていた門扉が開き、ふたりは洋館へと続く石畳の道を歩き出した。


 数秒で玄関の前に辿り着くのを待っていたかのように、扉も開き、使用人のカルト・バイアーが出迎える。


「お待ちしておりました。ところで、クラリスお嬢様の行方は……」

 早速本題を切り出したカルトの前でフブキが洋館の中へ足を踏み入れた。その瞬間、彼女の体に異変が起きた。弱い電気が全身を駆け抜け、少女の頭が痛み出す。


「ぐっ、この感覚は……」

 突然、右手で頭を抱えだしたフブキを心配したムーンが、彼女の顔を覗き込む。

「おい、フブキ、大丈夫か?」

「はい。マスター、問題ありません。ところで、カルトに聞きたいことがあります。ここ数週間の間に変わったことはありませんでしたか? 例えば、部屋の模様替えをしたとか……」

「はい。模様替えはしましたよ。二週間ほど前に、専門の業者を呼んで、応接室を。それがどうかしましたか?」

 洋館の廊下で答えを聞いたフブキが目を伏せる。

「……それでは、その部屋に案内してください」 

「はい。最初からあの部屋で詳しい話を話す予定だったので、構いませんが……」

 そう伝えたカルトが、ふたりを連れて洋館の廊下を歩く。その部屋へ近づくにつれて、フブキが抱える頭痛は強くなっていく。

「おい、フブキ、ホントに大丈夫か? ギルドハウスでゆっくり休んだ方がいいと思うぞ。さっきホレイシアから買った薬草使えば、すぐ治るはずだ」

 ムーンが心配そうな表情で、眉を潜めて鋭い痛みに耐えながら歩く天才少女の顔を見つめる。

 それからすぐに、カルトは足を止め、自分の後ろを歩くフブキと向き合うように立った。

「フブキ様。専属のお医者様をお呼びしましょうか?」

「大丈夫……と言いたいところですが、限界です。どうやら、ここまでのようですね。ところで、ここから応接室までの距離はどれくらいですか?」

「大体、一メートル弱でしょうか? この廊下の突き当りを右に曲がったところです」

「なるほど。それなら問題……ありません。マスター、助けてください」

「えっ」と目を丸くしたムーンは、苦しそうな表情を浮かべるフブキと顔を合わせた。


「ああ、分かった。何をすればいいんだ?」

「その前に質問です。マスターは熱に強い手袋を持っていますか?」

「それなら仕事用のヤツを持ってるけど、どうするんだ?」

 質問の意図が分からないムーンは首を傾げた。その後で、フブキは頭を抱えていた右手を降ろし、右手の薬指を立てる。


「手間が省けました。マスター、その手袋を嵌めて、今から召喚する縄を横に持ってください」

「分かった」と首を強く縦に動かしたムーン・ディライトが右手の薬指を立て、フブキと目を合わせ、空気を叩く。ふたりの指先から飛び出した小槌が屋敷の床の上に叩きつけられ、黒い手袋と数十センチの長さの縄が召喚される。

 ムーンが拾い上げた手袋を嵌め、フブキが召喚した縄を指示通り持つ。


「持ったぞ。これからどうするんだ?」と尋ねるムーンと向き合うようにして、フブキが立つ。

  

「全く、このお屋敷の警備責任者は警備犬以下の無能ですね。少なくとも二週間も起きている異変に気が付かないなんて。そこらへんにいるサルの方が賢いです」

 

「おい、フブキ、それは失礼……」と慌てるムーンを他所に、フブキは自身の左手の薬指を立て、黒い縄の中心に触れさせ、素早く魔法陣を記す。


 東に分離を意味する蠍座の紋章。


 西に風の紋章


 南に煆焼を意味する牡牛座の紋章。


 北に火の紋章。


 中央に鉄を意味する火星の紋章。


 一瞬で記された魔法陣が黒く光った後、黒い縄は粒子に変化して、ムーンの手から消えた。

 その粒子が何かに吸い寄せらるように、廊下を進み、右に曲がったのを背後を振り返し確認したフブキはため息を吐き出す。


「これで解除完了です」

「おい、フブキ、何したんだ? ちゃんと説明しろ」


「洋館に仕掛けられた盗聴術式を解除しました。最初は魔法陣が隠された場所に赴き、直接的な解除方法を試みようと思いましたが、近づくにつれて頭痛が酷くなっていったので、安全面を考慮して、別の方法での解除方法を試みました。縄から生成した粒子を魔法陣に吸い寄らせ、術式の効果を無効化したんです。その過程で素手で持っていたら大やけどを負う程度の熱が発生するので、マスターには熱に強い手袋を嵌めてもらいました。それにしても、ホントに気が付かなかったんですか? 少なくとも二週間盗聴されてたのに……」


「盗聴だと!」とフブキの隣にいたムーンが目を見開く。その近くでカルトは動揺して目を泳がせた。

「そっ、そんなことが……」

 

「はい。間違いありません。盗聴術式が仕掛けられていました。ここに術式を仕掛けるだけで、この洋館内にいる全ての人々の声を盗み聞くことができる厄介な代物です。もうその術式の発動は停止しましたので、安心してください。それにしても、ホントにこれまで盗聴被害に気が付かないなんて、理解できません。警備責任者はともかく、ここ二週間の間に、高位錬金術師クラスの人間が誰も訪れない資産家のお屋敷があるなんて、一度交友関係を見直したらいかがですか?」


「フブキ、流石にそれは言い過ぎだ!」と怒るムーンの隣で、フブキが苦笑いを浮かべた。

「さて、これで心置きなく先に進めます。カルト、早く応接室に案内してください」

「分かりました」とフブキの近くにいたカルトが頷き、歩み始めた。

 その使用人の後ろ姿にムーンとフブキが横並びの状態で続く。


「フブキ、お前、頭痛いの治ったみたいだな。良かったぞ」

 一転して安堵の表情を浮かべたムーンの隣で、フブキは首を縦に動かした。

「はい。もう大丈夫です。こういう時が大変なんですよ。高位錬金術師って」

「それってどういう意味だ?」

 ムーンが目をパチクリとさせた後で、フブキは隣を歩く少年に視線を向けた。

「術式の余波を無意識に感じ取って、体調に異変が生じるんです。悪寒や発熱、頭痛が主な症状ですが、原因となる術式を解除できたらすぐに治るので、もう大丈夫です」

「そうか、いろいろ大変なんだな。ところで、もしもここにホレイシアがいたらどうなってたんだ?」


 不意に浮かんだ疑問をムーンが口にすると、フブキは自身の顎を右手で触れた。

「そうですね。もしかしたら、私と同じ症状に苦しんでしまうかもしれません」

「……ってことは、フブキを助けられたのは、俺だけってことだな。どうだ? 頼りになるって思ったか?」

 獣人の少年が明るい表情を隣の天才少女に向ける。だが、少女の目は冷たかった。

「縄を持つことくらい、そこらへんにいる子どもでもできます。その程度のことで頼りになる男だって胸を張って言えるなんて、バカですか?」

「相変わらずだな。とにかく、俺にできることがあったら何でも言ってくれ。俺はフブキを助けたいからな」

 冷たい少女は、自分とは対照的な明るい顔のギルドマスターの少年をチラリと見てから、顔を前へ向けた。


 そんな会話を交わした間に、ムーンたちはお屋敷の応接室の扉の前に辿り着いた。

 



 

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