第23話 白紋
サンヒートジェルマン第五地区にある広場を多くの人々が通り過ぎていく。その手前で依頼人のお屋敷に向かうムーン・ディライトが立ち止まった。彼の後方を歩いていたフブキ・リベアートは、足を止めたギルドマスターの少年の右隣に並び、首を傾げる。
「マスター?」と呼ばれたムーンは、隣にいるヘルメス族の少女に視線を向ける。
「ああ、フブキ、ちょっと寄り道していいか? あの裏路地に行ってみたいぞ!」
視線を右奥に見える裏路地に向けたムーンにフブキが冷たい視線を向けた。
「無駄な時間を過ごすのがお好きみたいですね。あそこは既に私が調査を済ませた場所です。マスターと一緒に訪れたところで、何も分からないでしょう。それに、依頼人との約束の時間まであと二十分しかありません。ここから依頼人が待つお屋敷まで歩いて十分ほどかかるので、今は先を急ぐべきです」
「フブキの瞬間移動を使えば、なんとかなるんじゃないのか?」
目をパチクリと動かしたムーンが首を傾げる。それに対して、フブキは首を横に振った。
「残念ながら、それはできません。私は依頼人のお屋敷の前を通り過ぎたこともありませんから。こうやって歩いて目的地を目指すしか……えっ?」
白髪のヘルメス族少女が長い後ろ髪を揺らしながら、一歩を踏み出す。その直後、前方に白い影が浮かび上がり、フブキは右足を石畳の上に降ろした。
フブキの前に現れたのは、白髪ショートボブのヘルメス族少女。小さな胸を持つその少女は前方で佇む仲間を見つけ、明るい表情で右手を振ってみせた。
「やっほー。フブキちゃん♪」
白いローブを着たままで、待ち合わせ相手の眼前に体を飛ばしたヘルメス族の少女は、明るい表情で顔を上げた。自分よりも身長が高い待ち合わせ相手の顔を見上げた彼女にフブキが視線を合わせる。
その一方で、フブキの右隣に並んでいたムーンは、目の前に現れた美少女を見て、瞳にピンク色のハートマークを浮かべた。
「こいつ、フブキの知り合いか? すごくかわいいぞ!」
「はい。この子は白紋の討伐者。ユーノ・フレドール。部署は違いますが、私と同じエルメラ守護団のメンバーです」
「ああ、フブキと同じ職場で働いてる人かぁ」
ムーンがチラリとフブキの前に佇み低身長の少女を見下ろす。
すると、ユーノはフブキの隣にいる獣人の少年に興味を示した。
「この子、誰? もしかして、フブキちゃんの……」
「ギルドマスターのムーン・ディライトです」とユーノの声を遮ったフブキが答える。
その右隣でムーンは明るく瞳を輝かせた。
「マジか! フブキが初めて名前を呼んでくれたぞ!」
「この場合、ギルドマスターです……と紹介するのは、不自然です。この程度のことで喜ぶなんて、頭の中には何も詰まっていないようですね?」
フブキが隣にいる獣人の少年を冷めた目で見る。そんなやりとりを近くで見ていたユーノが目を丸くする。
「へぇ。フブキちゃん、その子とギルド活動始めたんだぁ。初めて知ったかも」
「はい。最も、副業としてなので、本職は今まで通り続けるつもりです」
「それにしても、珍しくね? フブキちゃんがヘルメス族以外の種族の子と絡むなんてさぁ」
「別に仲良くするつもりはありません。一緒にクエストに挑戦するだけの関係です」
冷たい目をしたフブキをジッと見ていたユーノが明るく笑う。
「ええっ、もったいないよ。どうせなら、もっと仲良くなりなよ」
「おお、ユーノ。お前、いいこと言ったな! 俺、フブキと仲良くなりたいんだ!」
視線とユーノに向けたムーンが強く首を縦に動かす。その後で頬を緩めたユーノは、ムーンの元へ歩み寄り、彼の左肩に手を伸ばした。
「ほら、この子、フブキちゃんと仲良くしたいってさ。ふたりで協力していろんなクエストに挑戦するんだからさぁ。微妙な距離感、やめない?」
首を傾げたユーノがムーンの右肩を優しく叩く。だが、フブキは表情を変えなかった。
「今日は都合が悪くていませんが、仲間はもう一人います。それと、私はマスターたちと慣れ合うつもりはありませんから。あくまで同じ仕事をする仲間としか認識していません」
「相変わらずマジメだね。まっ、いっか。ところで、第四地区にある刀鍛冶工房って知ってる? ペイドン・ダイソンって人が工房主やってるとこ」
「マジか! そこ、俺が働いてる刀鍛冶工房だ! ユーノ、良かったら俺が案内する……ぜ!」
驚き目を見開いたムーンが興奮しながら、ユーノに右手を差し出す。
その行動を隣で見ていたフブキは、怖い顔で彼の手を力強く掴む。
「マスター。そんな時間はありません」
「ああああ、俺もホレイシアみたいに一日中お仕事だったら、ゆっくりユーノと話せたんだ。損した気分だぞ!」
左手で頭を抱えたムーンの隣で、フブキは彼の右手を離し、ジッとユーノの顔を見つめた。
「ヘルメス村に戻り、話を伺うつもりでしたが、手間が省けました。あなたに聞きたいことがあります。あなた、この前の漆黒の幻想曲発生直前、ここにいたのではありませんか?」
そう問いかけるフブキの隣でムーンが驚き声を出す。
「マジかよ! ユーノが漆黒の幻想曲発生直前、ここにいたのかよ。ホレイシアとの待ち合わせ場所、ここの広場にしとけば、もっと早くユーノと会えてたかもしれないんだ」
「マスター、今はその話、関係ありませんから」
「いたよ。黒いローブを着た兄弟を倒したから覚えてる。攫われそうになっている人間の女の子を、通りすがりの私が助けたんだぁ。スゴイっしょ!」
「なるほど。兄弟ですか?」とフブキが興味を示す。
「そうそう、こんな感じでね♪」
笑顔になったユーノが右手の薬指を立て空気を叩き、ムーンの視界から姿を消す。その直後、ムーン・ディライトは背中に軽い衝撃を受けた。身を纏うTシャツに砂のようなモノが付着したような感覚を感じた獣人の少年の背後で、ユーノが右手の人差し指を立てる。
その瞬間、ムーンの体がふわふわと浮かび始めた。
「うぉ、なんだ? これ?」
見えない何かに背中を引っ張られたムーンの体が、四つん這いのような体勢になる。上空一メートルの位置に留まった獣人の少年は、慌てて両手足を動かした。だが、その手は地上に届かない。
無様なギルドマスターの少年の姿を見上げたフブキが、深くため息を吐き出し、一瞬でユーノの右隣に並ぶ。
それから彼女は、隣で右腕を前に伸ばしているユーノの右手首を掴んだ。
「……無防備なマスターを傷つけたら、この場で剣を抜きます」
隣から冷たい視線を浴びせられた後、ユーノは不思議そうな表情になる。
「珍しいね。あの獣人の子に忠誠を誓うなんてさぁ。まっ、ここから攻撃に転じるつもりだったけど、この状況で白熊の騎士を相手にするのダルイから、勘弁しとく!」
「ありがとうございます。それにしても、こんなところでアレを発動するなんて、何を考えているんですか?」
「口で説明するより、実演した方が分かりやすくね?」
「お言葉ですが、あの子を攫おうとしていた愚か者たちを浮遊させたという話を聞いた時点で、あなたがいつもの高位錬金術を発動したことは察しがついていました。それと、もう一つ。あなたが助けた女の子がどこに行ったか分かりますか?」
「確か、あっちの裏路地の方へ逃げて行ったよ。まあ、私は急いでたからその後のことは分からないけどね」
そう言いながら、ユーノは右奥にある裏路地を右手の人差し指で示した。そんな彼女の前でフブキは納得の表情を浮かべる。
「なるほど。やっぱりそうでしたか。貴重な証言をありがとうございます」
「貴重な証言? フブキちゃんは何を調べてるのかな?」
ユーノが首を傾げると、フブキは彼女から視線を反らした。
「守秘義務のためお答えできません。それと、無防備なマスターを傷つけたら、この場で剣を抜きます」
無表情から一転して怖い顔になったフブキの前で、ユーノが体を震わせる。
「まっ、いっか。あっ、そろそろ……時間だね。じゃあ、次はこっちの番。刀鍛冶工房の場所は?」
「ここです」と口にしたフブキがユーノの隣に並び、彼女の右肩に触れる。その瞬間、ユーノ・フレドールは姿を消した。
それから間もなくして、宙に浮かぶムーンの体が広場の石畳の上に落ちていく。
「うわっと」
四つん這いの状態で着地したムーンが顔を上げると、フブキが佇んでいた。
「無防備な姿、お似合いですね」とフブキの冷たい視線を感じ取ったムーンが体を起こす。
「えっと、そういえば、フブキ。お前、俺を助けたらしいな」
「……何のことですか?」
「とぼけるなよ。無防備なマスターを傷つけたら、この場で剣を抜くって、言ってたの覚えてるからな!」
ムーンがビシっと右手の人差し指を立てる。その一方で、フブキは彼に背を向けた。
「……マスター、そろそろ行きます」と口にしたフブキが依頼人が待つお屋敷に向けて一歩を踏み出す。
その後ろ姿を、ムーン・ディライトは慌てて追いかけた。
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