第22話 報告

「ふう」と刀鍛冶工房の事務所にある椅子に腰かけた獣人の少年が息を吐き出した。手元にある机の上から水筒を手に取り、一口飲んで喉の渇きを癒す。

 その少年、ムーン・ディライトは近くにある時計に視線を向け、胸を高鳴らせた。クマのような耳を頭頂部から生やす獣人の少年の元へ、薄い緑色の髪を短く生やした口ひげの中年男性が歩み寄る。


「ムーン、楽しそうだな」

「ああ、ペイドンさん。もうすぐフブキが迎えに来るんだ。そうしたら、クエストに挑戦できる。今日はホレイシアの都合が合わなくて、フブキとふたりだけで依頼を受けるんだが、それでも楽しい気持ちは変わらない」

「ああ、そういえば、今日はホレイシアが一日中店番する日だったなぁ」

 娘の顔を思い浮かべながら、ペイドンが呟き、言葉を続けた。


「それで、初めての時短勤務はどうだ?」

「うーん。物足りない感じだ」と素直な言葉を口にしたムーンの前で、ペイドンが首を縦に動かす。

「そうだろうが、午後からギルド活動するならこれくらいがちょうどいいと思うようになる」

「ああ、そうだな」とムーンが言葉を返した後で、事務所の扉が開き、一枚の紙を握った白髪のヘルメス族少女、フブキ・リベアートが顔を出す。


「マスター、迎えに来ました」

「よし、分かった。じゃあ、ギルド活動がんばってくるぞ! それで、これからどうするんだっけ?」

 扉の前で佇むフブキに視線を合わせたムーンが椅子から立ち上がる。

「はい。これから依頼人の家へ行き事情を聴く予定ですが、少し時間があるので、ホレイシアに会いに行きます。買いたい薬草もありますし……」

「ああ、分かった。じゃあ、行ってくる」とペイドンに明るく挨拶したムーンの右隣にフブキが並ぶ。それから彼女は、隣にいるギルドマスターの少年に自身の左手を差し出した。


「マスター、行きます」と声をかけたフブキは、隣の少年の右手を掴み、一瞬のうちにペイドンの視線から消えた。



「ホント便利だな。フブキの瞬間移動って」

 何度も言っている二階建ての正方形の建物の前で、ムーン・ディライトはボソっと呟いた。

 そんな彼のことを気にも留めず、フブキは薬の館の出入口に向かい、一歩を踏み出した。

 ドアノブを掴んだフブキが扉を開けると、近くの棚の前に立っていたハーフエルフの少女が顔を上げる。

「いらっしゃいませ。あっ、フブキ来てくれたんだ」

「はい。お話ししたいことがあります」と口にしたフブキが店内に足を踏み入れた後に、ムーンも続けて入店した。


「ホレイシア、俺も来たぞ!」

「ああ、来たんだ」と赤髪をツインテールに結った素顔を晒すハーフエルフの少女が、近くにいる幼馴染の少年から視線を反らす。

「話の前にちょっとだけいいか? お前らに言いたいことがある」

 ふたりの近くに立ったムーンが思い出したように両手を叩く。

「えっ」とホレイシアがムーンに注目する。その近くにいるフブキもジッと視線を彼に向ける。


「フブキ、ホレイシア、ありがとうな。俺のためにフレオタリスを生成してくれて……」

「何を言うのかと思ったら、そんなことかぁ。獣人の体になって暑いの苦手になったって言ってたから、刀鍛冶の仕事に苦労すると思って、生成してみたの。ちょっとフブキと相談してね」

 明るい表情で答えたホレイシアが近くにいるフブキの顔を見る。その一方で、フブキはムーンに冷たい視線をぶつけた。 

「私は術式の見直しと足りない素材の贈与しかしていません。その程度のことで感謝するなんて、頭空っぽなんですね?」

「おい、フブキ、こういう時はホレイシアみたいに素直に喜ぶんだぞ。アレはフブキの協力がなかったらできなかったはずなんだ。俺、アレがあったからこの獣人の体になっても刀鍛冶工房の仕事を頑張れた。だから、とても感謝してるんだ」

 目の前にいる天才少女と向き合ったムーンが頭を下げる。その瞬間、フブキの頬が一瞬だけ緩んだ。

「……理解できません」

「ん? フブキ、お前、一瞬だけ笑わなかったか?」


 微妙な表情の変化を見逃さないムーンとホレイシアが目を丸くする。その後で、フブキは顔を向き合わせているギルドマスターの少年から目を反らした。

「そんなことより、他に聞くことありませんか?」


「あっ、そうそう。気になってたんだけど、午前中何してたのかな?」

 そう尋ねるホレイシアに続き、ムーンが首を縦に動かす。

「ああ、ちゃんとあの人探しクエスト依頼受け取ったんだろうな?」

 それに対してフブキは首を縦に動かした。

「はい。あの依頼は受けています。午前中は少し気になることを調べていました。その結果、有力な手掛かりが見つかったので、これから行くお屋敷で報告する予定です。まあ、最初から午後に詳しい事情を伺いに行く予定だったので、序に調査報告をする形になりますが」


「ところで、気になることって何だ?」

「……詳しいことは後で話します。それと、捜索対象者の衣服が見つかったという裏路地にも足を運びました。どの時間帯に行っても、日が当たらない寂しい場所でした」

「そう、そんなところで……」と呟くホレイシアの前で、フブキが右手の薬指を立て、空気を叩く。

 すると、彼女の指先から三枚の紙が召喚された。


「それと、マスターとホレイシアに相談したいことがあります。平行して他のクエストに挑戦するのも悪くないと思ったので、クエスト受付センターで何枚か依頼書を持ってきました」

「えっ、なんだ?」と首を傾げるムーンにフブキが召喚した依頼書を差し出す。

 それを受け取ったムーンは、依頼書の文字を目で追った。その隣に並んだホレイシアが依頼書を覗き込む。

「なるほどな。第五地区の墓場でミニマムキメラのタマゴの採取、第五地区の商店街でメタルマウス駆除、第五地区の墓場でムーンライトスパイダーの糸の採取……フブキ、お前好きなんだな。第五地区。お前が持ってきた依頼書、全部第五地区でできるクエストだぞ」

「はい、少し訳があって、夜しかできないクエストを選らんでみました。暇なら今夜にでもどれかのクエストに挑戦してみてください。もちろん、ホレイシアと一緒に」


「フブキ、お前、一日中店番でクエストに挑戦できないホレイシアのために、夜に挑戦できるクエスト依頼書を持ってきたのか?」

 フブキの真意に気が付いたムーンがフブキに尋ねる。それに対しフブキは首を縦に動かした。

「はい。それも理由のひとつです。どのクエストも三十分以内でできる簡単なものなので、一日中仕事で疲れているホレイシアでもできます」

「ああ、分かった。それで、ホレイシア、どうするんだ? 今晩は暇だからどのクエストに挑戦してもいいぞ」

 そう言いながら、ムーンは隣にいるホレイシアと顔を合わせた。

「うーん。墓場は怖いけど、ムーンと一緒なら頑張れそう。ここは一ヶ所で二つのクエストができる墓場がいいのかな? でも、こっちのネズミ駆除のクエストもそれなりに報酬がいいし……」

 悩み始めるホレイシアの右肩をムーンが優しく叩く。

「おい、ホレイシア。俺は全部受けてもいいからな」

「ううん。それはダメみたい。一日辺り、最大で三件のクエストしか受理できないから。だから、どのクエストに挑戦するのかを考えないといけないんだよね」


「そうだっけ」とムーンがとぼけると、ホレイシアとフブキはため息を吐き出した。その後で、フブキはホレイシアの前で右手を挙げた。


「最後に買いたい薬草があります。ラグナエスプリンの在庫はありますか?」

「うん。それならあるけど、もしかしてフブキ、具合悪いの?」

「はい。捜索の手がかりを探すため、エーテルを用いた術式を使いましたから」


「おい、ホレイシア、エーテルってなんだっけ?」

 ふたりの間にムーンが割って入る。その問いかけに対して、ホレイシアは深く息を吐き出した。

「学校で習ったでしょ? エーテルは危険な元素だよ。それを使ったら、時間や空間に干渉できるけど、疲れやすくなるんだ。使い方を間違えて死亡する事案が一年で数千件報告されてるんだって」

「そういえば、学校で習った気がするぞ」


 相変わらずな幼馴染の少年に呆れたホレイシアがムーンたちに背中を向け、右にある棚の前に移動する。そこから薬草を取り出すと、すぐにフブキの元に戻った。


「はい。九百ウロボロス払って」とホレイシアがフブキに薬草を見せる。

 それからすぐにフブキは右手の薬指を叩き、召喚した財布から九枚の銅色のコインを取り出し、左掌の上に置く。

 その少女の手からお金を回収したホレイシアは、商品の薬草をフブキに渡した。


 そうして取引が終わると、フブキは近くにいるギルドマスターの少年に声をかけた。 

「マスター、そろそろ行きませんと、約束の時間に遅れます」

「おお、分かった」と答えたムーンは、フブキと共に薬の館から出て行った。

 

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