第21話 契約

【緊急クエスト】クラリス・ペランシュタインの行方


 依頼内容:ペランシュタイン家のご令嬢、クラリス・ペランシュタインの捜索


 期日:依頼書発行から二日以内


 報酬:一千万ウロボロス


 その他:詳しい事情は依頼人にお聞きください。

 

 依頼人:カルト・バイアー


 

 先ほど受け取ったクエストの依頼書を、フブキ・リベアートは茶色い布で覆われた椅子に座った状態で眺めた。二枚綴りになっている依頼書を捲ると、捜索対象である少女の顔写真と衣服が見つかったという裏路地の地図が掲載されている。


 黒い髪を肩の高さまで伸ばし、額が出るように上げた前髪を灰色のカチューシャで止めた少女は、写真の中で黒を基調にしたドレスを着ていた。


 数時間前に見せられた写真と同じモノの左隣に掲載された地図に、フブキが視線を向ける。


「どうやら、この用事が終わったら、問題の裏路地に行った方がよさそう……」と呟く間に、彼女の目の前にある黒い扉が開き、そこから一人の男が顔を出す。


 灰色のシャツに紺色のスラックスを合わせた清楚な雰囲気の若い男は、白い立方体のような空間の中に足を踏み入れる。

 錬金術研究機関、深緑の夜明けの研究室の所長を務める金髪の男は、首元にかけられた琥珀のネックレスを揺らしながら、ポツンと置かれた机の前に座るヘルメス族の少女の元へ両手を叩きながら歩み寄った。


「フブキちゃん。まさかキミか会いに来てくれるとは思わなかったよ。ところで、その手元にある紙は何かな?」


 その男、ポルタ・アルモショコラに尋ねられたフブキは咄嗟に依頼書を机の上に伏せながら、顔を前に向けた。


「実は、昨日からサンヒートジェルマンを拠点にしたギルドに所属しています。これはその依頼書です。最も、部外者のあなたには依頼内容を教えるわけにはいきませんが」


「ギッ、ギルド! まさか、エルメラ守護団の仕事を……」と驚き目を見開くポルタと顔を合わせたフブキは首を横に振った。


「いいえ。ギルド活動は副業です。エルメラ守護団内で副業をしている者は一定数存在するので、珍しい話ではありません」

「へぇ、あのフブキちゃんがギルド活動をねぇ。仲間は全員ヘルメス族かい?」

 フブキの話に興味を示した所長が、来客の彼女と向き合うように椅子に座る。その後で、フブキは再び首を横に振った。

「いいえ。ハーフエルフの少女と例のシステムの影響で獣人になった元人間の少年。今のところ私を交えたこの三人で活動をしています」


「冗談だよな? お前が異種族と一緒に副業でギルド活動なんて、ウソだ! 俺を騙そうとしてる!」

 ポルタは驚くあまり席から勢いよく立ち上がった。そんな男と向き合って座るフブキが彼の顔を冷めた目で見る。


「信じたくなければ、ご自由にどうぞ。因みに、仲間のふたりは現在、別の職場で働いています。午前中は私だけでクエストをしています」

「まあ、いいや。ところで、要件は何だい? 異種族とギルド活動すると報告するためだけに来たわけではないんだろ?」

 金髪男が首を傾げると、フブキはジッと目の前にいる男の顔に視線を向けた。


「前置きはここまでにして、本題に入ります。錬金術研究機関、深緑の夜明けの所長様にお願いがあります。フェジアール機関とアルケア政府が開発した例のシステムに関する実験を行っていただきたいです」

「実験依頼ねぇ。もう少し詳しい話を聞こうか」

 微笑んだポルタが腕を組む。

 

「はい。先ほど、獣人になった能力者の少年について言及しましたが、先日、ちょっとしたアクシデントにより彼の手の甲に刻まれた能力者の証となる紋章が青白く光りました。その原因物質は既に特定済みですが、このまま論文として発表すると世間の笑いものにされるでしょう。何しろ、実験データが一つしかないのですから……」


「なるほどねぇ。要するに、深緑の夜明けにその実験を託したいわけね」

「はい。私個人のチカラでは、十万人の能力者の内の十人を集めることができませんが、あなたたちならそれができます。もちろん、あなたたちの名前を使って、論文を発表しても構いません。ただし、実験の成果として得られた使用料の三割を私たちのギルドの振り込むことが条件です」


「ふむふむ。その契約をすることで、安定した収入を得る。それがフブキちゃんの狙いみたいだね。他所の錬金術研究機関がウチの論文に書かれた理論を応用した新たな術式やその術式を使った新商品の開発が行われたら、ウチの錬金術研究機関にも収入がある。そのうちの三割をフブキちゃんのギルドの振り込むってことだろう? まあ、ウチの研究機関にもフェジアール機関から通告が届いたから、研究自体はできなくもないけど……」

「通告?」


「ああ、フェジアール機関が選別した五十の錬金術研究機関に所属する研究員は、あのシステムに関する研究を自由にやっていいってさ。その研究で得られた収入はフェジアール機関に一ウロボロスも支払わなくていいらしいよ。この世界をよりよくするためにシステムを開発したから、お金なんていらない。ホント、いい人たちだよ。フェジアール機関の五大錬金術師は!」

 男が目を輝かせて力説する。そんな彼をフブキは冷めた目で見ていた。

「……そうは思いません。私は彼らを危険視していますから」

「そっ、そうか。だけど、理解ができないね。安定した収入が欲しいなら、ウチの専属ギルドになればいいのに、なぜそれをしない?」


 腑に落ちない表情を浮かべる男の前で、フブキが淡々と答える。

「……マスターの意向を尊重して、その話はお断りします」

「まあいいや。それなら、暇そうにしている研究チームがいるから、彼らに研究を任せよう。ただし、こちらからも条件がある。来週、ウチの新人研究員と行動を共にしてもらう。ヘルメス族の高位錬金術師を講師にした研修は実りのあるものになるだろう」


「なるほど。そうやって私に面倒な新人研修を押し付けるんですね。面倒くさいことから逃げるなんて、最低な所長です」

 相変わらずな冷たい視線を浴びせられた男が苦笑いする。

「私だって忙しいんだ。とにかく、ヘルメス族の高位錬金術師を講師にした研修は実りのあるものになるだろう」

「はぁ。それしかないんですか? 単細胞な所長さん」


 瞳を閉じ、深く息を吐き出したヘルメス族の少女が、席から立ち上がる。それを見て、同じように起立した男が目を丸くした。


「結局やるのかよ! まあ、ありがたいからいいけどさ」

 瞳を開け、腹を抱えて笑う男の姿を認識したフブキが首を傾げる。

「ところで、研修内容は? 私もクエスト依頼で忙しいんですよ?」

「ああ、お前に任せる。研修は一日だけでいい。内容も自由だ。戦闘訓練や術式の指導など、何を教えても構わない」

「全く、丸投げですか? これだから人間は……」

 肩を落としたフブキの隣に並んだ男が、両手を左右に振る。

「まあまあ。それだけお前を信頼してるってことだ! さあ、話が終わったなら、お帰りいただこうかな?」

 会釈した男が、扉の方へ歩き、ドアノブに手を伸ばす。フブキは、それを呼び止めるように、背後から声をかけた。


「待ってください。もう一つだけお聞きします。漆黒の幻想曲が発生した直前、第五地区の広場でヘルメス族の女の子を見ませんでしたか?」


 動きを止めた男が背後を振りむき、両手を叩く。


「ああ、そういえば見たなぁ。黒いローブを着た二人組の体を文字通り宙に浮かべてた。偶然、あの現場に遭遇したから覚えているよ。遠目だったから顔までは分からなかったけど、瞬間移動で敵の攻撃を避けてたから、間違いないよ」


「……まさか、あの子が?」と表情を曇らせたフブキの顔をポルタが覗き込む。

「その顔、心当たりがあるみたいだね」

「はい。貴重な証言ありがとうございました」


 頭を下げたヘルメス族の天才少女が研究施設の応接室から体質する。

 そんな彼女の頭の上には、同じ種族の白髪貧乳少女の顔が浮かんでいた。



 


 

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