第15話 提案
ギルドハウスの食堂の中での夕食を済ませたムーンが視線を右隣の席に座るハーフエルフの少女に向けた。
「やっぱり、ホレイシアの料理は旨い!」
「ごちそうさま。だから、そんなに褒めないで!」
ホレイシアが両手を合わせてから、ジッと隣にいるムーンの顔を見て抗議した。
その間にホレイシアと向かい合った席から見ていたフブキが首を縦に動かす。
「マスターの発言は正しかったようです」
「フブキ、そこは素直に美味しかったって言った方がいいと思うぞ!」
「まあ、三人前……いや、時々ムーンのために料理してきたから四人前か。とにかく、これくらいの人数分の料理なら簡単だよ。まあ、六人分になったら大変そうだけど……」
ホレイシアはそう言いながら、空席に視線を向けた。左右に三つずつ並べられた椅子を長方形の木製長机で挟んだ食堂の席のうち三つの座席には誰も座っていない。
「さて、みんな完食したみたいだから、今から洗い物済ませちゃおうか……」
ムーンの右隣の席に座っていたホレイシアが座椅子から立ち上がろうとする。それをフブキが呼び止めた。
「ホレイシア、待ってください。大切な話があります」
「大切な話って?」
再び座椅子に座りなおしたホレイシアが首を傾げる。
「はい。今後のギルド活動についてですが、その前にマスターとホレイシアに質問です。副業としてギルド活動をするとのことですが、本業の勤務形態に代わりはありますか? 例えば、勤務時間が短くなったとか?」
「そうだね。私の場合は、公休日のルナディアと、定休日のウエディア。一日中店番をするユピディア。午前中に働く日と午後から働く日がそれぞれ二日ずつって感じかな? まあ、お店の都合で一日中店番する日が増えるかもしれないけど」
ホレイシアの答えを聞いた後で、フブキはムーンに視線を向けた。
「俺も午前中が仕事で、午後から休みの五日間勤務だ。サトディアとソルディアは休みだけどな」
「なるほど。因みに私の仕事は月に十七日間ほど休みがある不規則な勤務形態です。日勤、遅番、夜勤という三つの異なる勤務形態があり、働く時間帯は日によって異なります。マスターたちのような時短勤務ではなく、勤務時間は休憩を含めて八時間。副業は休みの十七日間でやってくれとのことでした」
「一か月のうち半分以上休みってスゴイな!」と驚くムーンに視線を向けたフブキが言葉を続ける。
「はい。そこで提案があります。前提として、私たちのギルド活動は副業です。他のギルドとは違います。それならば、この三人が一同に会してクエストに挑む必要性はありません。全員参加にこだわらず、予定があった二人だけでクエストに挑戦するべきです」
「悪い、フブキ。お前が何言ってるのか全然分からん」
頭の上にいくつものクエスチョンマークを浮かべたムーンにフブキが真剣な表情を向ける。
「もう少し分かりやすく話します。私たちにはそれぞれ本業があります。マスターは刀鍛冶職人、ホレイシアは薬屋の店員。そして、私は未知の物質を生成できる実験器具エルメラの守護者です。マスターとホレイシアは時短勤務で日頃からクエストに参加できるようになっていますが、私は違います。午後からクエストに挑戦するのであれば、午前八時から始まり午後四時に終わる日勤では参加できません。午後四時からの遅番ならば、約四時間しかクエストに参加できず、本業と副業を両立しようとしたら、十二時間勤務になってしまいます。最も、夜勤なら朝早くに帰ってきて、睡眠をとってから午後からのクエストに参加できますが……」
「あれ? でも昨日はお昼からお仕事で午後八時くらいに帰ってこなかったっけ?」
不意に浮かび上がった疑問をホレイシアが口にする。それに対して、フブキは躊躇うことなく答えた。
「昨日は特別です。別の部署の人員に欠員が出たため、ヘルプに入っていました」
「そうなんだ。因みに、日勤、遅番、夜勤の日数は?」
「月ごとに異なりますが、今月は日勤と遅番がそれぞれ四日ずつ。夜勤が五日あります。因みに、夜勤明けは一日中休日になり、勤務計画の都合上、最大で三連休になる時もあります。とにかく、私がマスターたちとクエストに参加できるのは、休日の十七日間と夜勤の五日間を足した二十二日間だけです。一か月間連続で働き続けるのは、流石に疲れるので日数はもっと減り、約十六日間としましょう。ただでさえ活動時間が短いのに、三人一緒にこだわった所為で思うような活動ができなくなるのは、イヤです。だから、私はマスターとホレイシアのふたりで日頃からクエストをこなしていった方がよいと考えています」
「フブキ、お前、俺たちに遠慮してるのか?」
話を黙って聞いていたムーンが口を開く。その一方でフブキは首を横に振った。
「遠慮をしているつもりはありませんが、これが最善です。より多くのクエストに挑戦するために、マスターとホレイシアのふたりだけで……」
「だから、あんまり難しく考えなくていいと思うぞ。約十六日間はフブキを含めた三人でいろんなクエストに挑戦できるんだ。俺はこの三人でいろんなクエストに挑戦したい」
「ムーン、だったら、休みが一番多そうなフブキの予定に合わせて遠方のクエストを入れてもいいんじゃない?」
「ホレイシア、いい考えだな! じゃあ、それで行こう」
ふたりの間で考えがまとまろうとしたその時、フブキが咳払いした。
「……その通りですが、ここで提案があります。私の予定だけではなく、マスターたちの予定も共有し、最適なギルド活動計画を立案しようと思います。それと、一か月間働き続けるのは体に悪いので、完全週休二日制を導入します。マスターとホレイシアは、私が日勤で働く日と私が休日として指定した日に休んでいただきます。この場合は計画の都合上、ふたりでクエストに挑戦する日も出てきますが、いかがでしょうか?」
「じゃあ、スケジュール管理はフブキに任せるけど、もしかして三人一緒に休む日もあるのか?」
「はい。マスター。何日かはそうするつもりです。最もホレイシアが一日中店番する日は、マスターが私と一緒にクエスト挑戦……」
「ごめん、その日はムーンとフブキを休みにして!」
急に頬を真っ赤に染めたホレイシアがフブキの声を遮り、席から立ち上がる。一方で、その仕草を隣で見ていたムーンは首を捻った。
「ホレイシア、大丈夫か?」
「えっと、ほら、ふたりだけでクエストに挑戦して大怪我負ったら対処できないでしょ?」
「お言葉ですが、応急処置程度の術式なら記憶しています。あらゆる可能性を想定して、素材を多めに持っていくので問題ありません。基本的に三人でクエストに挑戦するが、やむを得ない事情がある場合は二人でクエストクリアを目指す。そういう結論でよろしいですか?」
「それならいいけど、あまりムーンに無茶させないで」
「了解しました。それと、もう一つ相談したいことがあります。マスター、専属ギルドに興味はありませんか?」
「専属ギルド……ってなんだっけ?」とムーンが目をパチクリとさせる。その隣でホレイシアはため息を吐いた。
「錬金術研究機関に所属するギルドのことだよ。主な仕事は、所属する研究室の依頼で、必要な素材を採取すること。自分から積極的に依頼を取らなくても、研究室が定期的に素材採取クエストを依頼してくるから、安定した収入を得ることができるんだって。でも、それは副業でギルド活動をしている私たちには関係ない話だと思うよ」
腑に落ちないホレイシアと顔を合わせたフブキが首を横に振る。
「そうとも限りません。副業でのギルド活動を認めてくれる錬金術研究機関が見つかれば、専属ギルドとして活動することも可能でしょう。ただし、専属ギルドになれば、研究室から与えられた素材採取クエストをこなすだけの生活が始まります。自分たちがやりたいクエストを選べません」
「だったら、イヤだ! 俺は困ってるヤツを助けたいんだ。それができなくなるんだったら、ギルド活動をする意味がない!」
冷静な口調のフブキにムーンが食らいつく。その言葉から真意を察したフブキが頷く。
「それがマスターの意見なら、専属ギルドの話は忘れてください。それならば、週に一度、クエストの依頼書を持ち寄って、会議を行うというのはどうでしょう?」
「会議かぁ。そういうマジメなの苦手なんだよなぁ。別にそういうのやらなくても、好きなクエストを自由に選んで挑戦していった方がいいんじゃないか?」
納得しないムーンが眉を顰める。そんな獣人の少年の前で、フブキは首を横に振った。
「そういうわけにはいきません。もちろん、余裕がある場合は、マスターが言うように自由にクエストを選んでも構いませんが、これはお仕事です。安全かつ確実にクエスト報酬を得るためには、それ相応の素材と情報が必要になります。さらに、私たちは副業でギルド活動をしているので、活動時間も限られます。そのため、全員の予定を踏まえたクエスト計画がなければ、安定した収入を得ることも不可能です」
「フブキ、相変わらずマジメだね」と近くで話を聞いていたホレイシアが苦笑いを浮かべる。それから彼女は優しく微笑みながら、首を縦に動かした。
「私もクエスト会議の話は賛成だよ。ただし、ある程度の自由は欲しいかな?」
「考えておきます。それでは失礼……」とフブキが頭を下げ、食堂から出て行こうとする。
そんな彼女をムーンは呼び止めた。
「ちょっと待った。フブキ、まだ考えないといけないことがあるだろ? お金の管理だ!」
「えっ、ムーン、そんなこと考えてたの?」
ムーンの隣にいたホレイシアが戸惑いの表情を浮かべる。
一方でフブキはギルドマスターの少年に冷たい視線を向けた。
「まさかサル以下の知能しか持っていないマスターの口から、お金の管理という言葉が聞けるとは思いませんでした」
「お前ら、俺のことバカにしすぎだな。とにかく、俺はお金の管理はホレイシアに任せようと思う。俺、こういうの苦手だし、フブキになんでも任せるのはダメからな!」
ムーンがチラリと隣にいるホレイシアの顔を見る。その直後、ホレイシアは首を縦に動かし、明るい視線をフブキに向けた。
「うん。フブキ、いいよね? いろんな支払いやクエスト報酬の受け取りも私がやるから!」
「了解しました。それでは失礼します」と再び頭を下げたフブキが食堂を去っていく。
その後で、ふたりきりになったホレイシアが、隣にいる獣人になった幼馴染の少年から視線を反らした。
「ホレイシア、お前……」
「えっ」
獣人になった幼馴染の少年の右手が不意にハーフエルフの少女の左肩に触れた。それと同時に、少女の胸の高まりが強まっていく。
「いつから過保護になったんだ?」
想いを寄せる少年のその一言で、少女の顔は真っ赤に染まった。
「わっ、私は……ムーンのことが心配で……」
「大丈夫だ。フブキは頼りになる仲間だからな。バカな俺を助けてくれるはずだ」
「じゃあ、私は?」と頬を赤く染めたホレイシアが視線を隣に向けながら、自分の顔を指さす。
「もちろん、ホレイシアも同じだ。もしもホレイシアとふたりだけでクエストに挑戦することになっても、近くにいるだけで安心できそうだな」
近くにいるだけで安心できそう。
その一言を聞くだけで、ホレイシアの頬が熱くなる。
「良かった。さあ、そろそろ洗い物しよっかな?」
笑顔になったホレイシアが食堂に並べられた皿を重ね、調理場へと運ぶ。
その姿を、獣人になった幼馴染の少年、ムーン・ディライトは椅子に座ったままで眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます