SEASON2

第4章

第14話 発光

「思ったより早く片付いたな。これで終わりか?」


 一年中温暖な気候が続く大都市、サンヒートジェルマンにあるギルドハウスの娯楽室の中。

 そこにいるのは、昨日結成されたギルド、セレーネ・ステップのメンバーであるふたりだけ。


 そのうちの一人、クマの耳を生やした獣人の少年が呟く。

 ギルドマスターを務める少年、ムーン・ディライトは娯楽室の一角に丸い机を置き、深く息を吐き出した。


 同じ部屋の片隅では、赤髪をツインテールに結ったハーフエルフの少女が、床の上に置かれた箱から本を取り出し、本棚の中へと納めていた。

 その黄緑色のローブを纏う少女の元にムーンが歩み寄る。

「ホレイシア、手伝おうか?」

「うーん、大丈夫。あと少しだから」

 幼馴染の少年の声に反応したホレイシアが視線を後方に向け、微笑む。

「そうか。分かった。それにしても、結構時間かかったな」

「そうだね。結局一日中かかっちゃった」


 箱の中から本を取り出しながら、ホレイシアが呟く。その傍らに立ったムーンは首を縦に動かした。

「そうだな。フブキがいたらもっと早く終わってたかもしれないが、仕事なら仕方ない」

「フブキが仲間になってくれなかったら、夜遅くまでかかってたかもね」

「ああ、触れただけで任意の場所に荷物を運ぶ姿見て、スゴイって思ったぞ!」

「そうだね。重そうな家具も一瞬でここまで運んでくれたんだもん」

「まあ、今の俺ならあの家具くらい簡単に持ち上げて運べたけどな」

 ムーンが胸を張った後で、箱の中にある最後の一冊を本棚に納めたホレイシアが、両手を叩く。

「ムーン。こっちも終わったよ。あとはフブキが帰ってくるのを待つだけだね」

「ああ、そろそろ帰ってきてもおかしくない時間だが……」


 壁時計を見るため、右に視線を向けたムーンは、目をパチクリと動かした。

 少し離れた床の上に、白いシルエットが浮かび上がる。

 現れたのは、キレイな白いローブで身を纏み、後ろ髪は腰よりもやや上の長さまで伸ばした白髪の少女。その耳はホレイシアが持つ少し丸みを帯びた三角形のような耳よりも尖っていた。


「マスター、ホレイシア。ただいま帰りました」

「フブキ。お仕事お疲れさま。とりあえず、俺とホレイシアが担当する部屋の荷解きは済ませたぞ」

 明るく答えるギルドマスターの少年、ムーン・ディライトと顔を合わせたフブキ・リベアートが頷く。

「分かりました。あとは錬金部屋の荷解きだけですね。それと、おふたりに見ていただきたいモノがあります」

「見せたいモノ?」とムーンとホレイシアが同じ言葉を口にして、首を捻る。

 一方で、周囲を見渡したフブキの目に丸い机が止まった。

「あの机が丁度よさそうです」

 そう口にしたフブキは、机の前に歩いて移動した。それから、机の上を右手の人差し指で叩く。その瞬間、机の上に楕円形の石板が召喚された。


「なんだ、それ?」

 ホレイシアと共に机の前へ移動したムーンが、謎の石板を覗き込み、目を丸くする。

「この石板、アルケアの地図みたいだね」

「はい。ホレイシア。その通りですが、こうすると……」

 その間に、フブキは右掌を石板の上に置いた。すると、石板に刻まれた楕円形の巨大国家アルケアの地図の上に無数の白い点が浮かび上がった。


「スゲー。なんか光り出した!」と目を輝かせるムーンの隣で、ホレイシアが右手を挙げる。

「この白い点は何かな?」

「アルケア国内で私が訪れたことがある土地を示しています。未だ訪れたことのない場所は多いですが、この点が記録された場所は、瞬間移動できます。一度訪れたことがある場所は全て記憶していますが、マスターとホレイシアとも情報を共有するため、準備しました。この石板は私じゃなくても自由に閲覧可能です」

「つまり、この白い点が記録された場所のクエストなら、移動費を気にすることなく受けることができるってことだね」

 納得の表情を浮かべるホレイシアの隣で、ムーンが笑みを浮かべた。

「やっぱ、スゴイな。フブキ。まさかこんなにいろんな場所に行ってるとは思わなかったぞ!」

「マスター、これでもおよそ八割が未踏の地です」

「百の都市と千の町と万の村で構成される巨大国家だもん。十代でこんなに訪れてるなんて、スゴイよ!」

 ホレイシアがムーンの意見に同意を示す。 

「はい。この石板は応接室に置いておきます」と告げたフブキが右手の人差し指でもう一度石板を叩き、机の上からそれを消し去った。


「それでは、錬金部屋に行ってきます」

 会釈して娯楽室から立ち去ろうとするフブキをホレイシアが呼び止めた。

「あっ、フブキ、待って。今日はフブキもギルドハウスに泊まるんだよね? 夕食の準備するけど、何か苦手な食べ物とかある?」

「いいえ、特にはありません」

 立ち止まったフブキが体を半回転させ、ホレイシアと向き合う。

「分かった。じゃあ、今から調理場で料理するから」


 それから一時間後、一階にある応接室兼会議室の右隣にある錬金部屋の扉を、ムーン・ディライトが叩いた。


「フブキ、入るぞ」と声をかけた獣人の少年が扉を開け、部屋の中に足を踏み入れる。

 黒い石畳で構成された六畳ほどの広さがある正方形の部屋の壁際には灰色の棚があり、近くにはブロック状の灰色の机と円柱形の椅子が置かれている。

 円形の窓から夕陽が差し込む中で、フブキ・リベアートはキレイに棚に並べられた錬金術の素材となる物質を眺めていた。


「フブキ、荷解きが終わったみたいだな」

 声をかけながら近寄ってくるムーンに視線を向けたフブキが首を縦に動かす。

「はい、マスター。今からこの部屋で物質を生成するところです」

「そうか。この部屋、俺はあんまり使わないと思うけど、どうだ? 使いやすそうか?」

「そうですね。素材を収納できる棚は丁度よさそうですが、近くに錬金術書を納める本棚が欲しいです。それはあとで準備します。もっとも魔法陣の書き心地は、まだ分かりませんが……」


「そっ、そうか。ところで、お試しで何を生成するつもりだ?」

「今朝の決闘で消耗した剣の補修をします。同じ氷の剣士から希少な素材を分けてもらったので」 

 説明しながら、フブキはムーンに白い手袋が嵌められた右手で持った小瓶を見せた。その中には、無色透明な液体が入っている。

 それを見たムーンは興味津々な表情を浮かべた。

「希少な素材で剣の補修かぁ。それくらいなら本職の俺がやろうか?」

「剣士なら誰でもできる簡単な術式を用いた補修です。これくらいなら私でもできます」

「失礼だな。こう見えて俺は、刀鍛冶職人なんだぜ!」

「あっ、マスター動かないでください。その床は……」

 一歩を踏み出そうとするムーンをフブキが呼び止める。だが、時すでに遅し。濡れた床を獣人の少年が踏みつけると、突然暑い空気が冷え、床から一メートルの氷の枯れ木が生えた。目の前に飛び込んできた氷の枝にムーンは思わず右手で触れたムーンが、体を後方に飛ばす。その瞬間、氷の枝から垂れた水滴が、ムーンの右手の甲に落ちる。


「おい、フブキ、何だよ。その樹。すごく冷たくて気持ちよかったぞ!」

 素直な声を響かせたムーンの背後に、体を飛ばしたフブキが立つ。

「同僚から渡された試作品です。衝撃を与えただけで一瞬で凍り付く過冷却水を床に撒き、氷の樹を生成しました。一年中温暖なサンヒートジェルマンでも溶けなければ実験成功です」

「そういうことは早く行ってくれ……って、なんだ? これ?」

 むき出しになった額を掻くため、右手を挙げたムーンは、異変に気が付き目を丸くした。


「フブキ、見てくれ。スゴイぞ。文字が光ってる!」

「えっ?」とフブキがムーンの右隣に並び、突然発光したギルドマスターの少年の右手の甲を覗き込む。

 少年の右手の甲に刻まれたEMETHの文字が突然青白く光り出している。


 その文字は、錬金術を凌駕する異能力を与えられた十万人の内の一人であることを証明。

 紋章の異変に気が付いたフブキは、一瞬考え込み、目の前にいる獣人の少年と向き合った。


「……マスター、付き合ってください」


 天才少女の声が空気を凍り付かせた丁度その頃、錬金部屋の扉の前で大きな物音が響いた。


「えっ、ウソ……フブキがムーンの彼女に?」

 扉越しに聞こえてきた声に動揺を隠せないホレイシアが目を泳がせた。その時、突然、目の前にある扉が開き、ムーン・ディライトが顔を覗かせた。

「なんか大きな物音が聞こえてきたと思ったら、ホレイシアか。こんなとこで何やってるんだ?」

「えっと……そろそろ夕食の準備ができたから呼びに来たんだよ」

「分かった。フブキ、続きは夕食の後でいいか?」

「はい。そうさせていただきます」とムーンに続けてフブキが扉から廊下に姿を見せた。

「因みに、ホレイシアの料理、すごく旨いから期待していいぞ!」

「ちょっと、ムーン。いきなり褒めないで!」

 恥ずかしそうに顔を赤く染める幼馴染の顔を、ムーンは不思議そうな顔で見ていた。

「ん? なんで顔赤くしてんだ?」

「別になんでもないから。ムーン、フブキ、早く食堂に行こうよ。お皿並べてあるから」


 そうして、三人は夕食が用意された食堂に向かった。そんな中で、先導するホレイシアはチラリと背後を振り返り、希少種族ヘルメス族の天才少女に疑惑の目を向けた。


 

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