第13話 反撃
「スゴイ。あんなに大きなゴーレム、初めて見たかも!」
少し離れた木の下で、ホレイシアが目を丸くする。その視線の先には、三十メートルの巨体を持つ一体のゴーレムがいた。そのゴーレムの右肩の上に、白いローブで身を包む大男が立っている。
一方で、彼女の近くにいるフブキは腕を組みなおす。
「……攻撃力の高いゴーレムを召喚し、防御力の高い壁を瞬時に生成して相手の攻撃を防ぐ。想定通りです」
「フブキ、これからどうするだっけ?」
太刀を構えながら、フブキの左隣に立ったムーンが首を捻る。
「作戦通りです。私がゴーレムの動きを止めます。その間にマスターは壁に気を付けながら、プリマとの間合いを詰めてください。ホレイシア。あなたは私から離れないでください」
そう言いながら、フブキはホレイシアの右手を差し出す。その手をホレイシアが掴んだ瞬間、右肩にプリマを乗せたゴーレムが大きな足音を鳴らし、ムーンたちに迫る。
「戦わないんですか? フブキ・リベアート!」
不適な笑みを浮かべるプリマが地上を見下ろす。その一方で、フブキは右手の薬指を立て、真下に向けた。
「……そのゴーレムは、私が相手です」
凛とした顔のフブキ指先から、透明感のある白のレンガ模様の小槌が落ち、魔法陣が地面に刻まれる。
白く光ったそれの中心から、二十メートルのゴーレムが召喚される。
白熊のような見た目の巨体は氷でできていて、透明感がある。
それを見下ろしたプリマは腹を抱えて笑った。
「何を召喚するかと思ったら、いつものゴーレムですか? それで私のゴーレムを倒せると思っているのですか?」
「もちろん、倒すつもりはありません」
「無駄な行為です!」と嘲笑うプリマを乗せたゴーレムが両腕を振り下ろす。だが、その手はフブキが召喚したゴーレムに掴まれてしまう。
それでも、プリマは焦る様子を見せなかった。
「どうしました? そうやっても、私のゴーレムの攻撃を防ぐことはできませんよ。その程度のゴーレム、あと二十秒間、チカラを加えたら、砕けます!」
「……想定通りです。ホレイシア!」
呟いたフブキがムーンの右肩に触れる。
「うん」
フブキの隣でホレイシアが首を縦に動かし、右手の薬指で空気を五回叩く。
そうして、薬草が詰められた五本の円筒が少女の指の上に召喚されると、今度は左手の薬指を立て、素早く魔法陣を記した。
東に煆焼を意味する牡牛座の紋章。
西に温浸を意味する獅子座の紋章。
北に投入を意味する魚座の紋章。
南に発酵を意味する山羊座の紋章。
最後に土の紋章を中央に記し、魔法陣を完成させると、今度は五本の右手の指先に浮かぶ円筒を左手で掴み、次々と地上の魔法陣の上に撒いていく。
そんな様子を見下ろしていたプリマは思わず目を見開く。
「なっ、なんですか? あの子、右手の指先に錬金術の素材を浮かべています!」
動揺するプリマからフブキは視線を真横に反らし、ホレイシアの横顔を見つめた。
「……誰かさんが言っていましたね。驚きは隙になるって」
フブキがボソっと呟いた後で、プリマの背中に痛みが走った。驚き背後を振り向くプリマの視線の先で、ムーンが太刀を振り下ろしている。
「いつの間に……」
引き裂かれたローブの布が風に浮かぶ。
「お察しの通り、あなたの背後に、マスターを飛ばしました」
「フブキ。できたよ! 早く、それをムーンに!」
ホレイシアが赤色の球体を左手で掴み、フブキに手渡す。
それを揉み、弾力を確認したフブキは、右手の人差し指で弾いた。
それは一瞬で、地上へと落ちていくムーンの背中に当たり、少年の体が赤色の光に包まれていく。太刀を両手で構えた獣人の少年の右足が空気を蹴り上げる。
「この異能力でお前を倒す!」
決意を口にした少年が手にする銀色の太刀が、地上に存在する黒い粉末を吸い上げていく。
「無駄です」とプリマが呟くと、すぐに、ゴーレムの右腕から壁が伸び、少年の剣の行方を阻む。
だが、その壁は少年の太刀が触れた瞬間に砕かれてしまう。
そして、刀の大きさが一回り大きくなると、ムーンはすぐにそれをプリマの腹に叩き込んだ。
すると、長身の男の体は一瞬で地上へと崩れ落ちていった。それと同時に、フブキの目の前にいるゴーレムも消えていく。
「はぁ」と息を吐き出すフブキも召喚したゴーレムを消し去り、近くの緑の地面の上で仰向けに倒れている長身の男の元へ歩み寄った。
「……私たちの勝ちでいいですか?」
フブキが尋ねると、プリマは上半身を起こし、首を縦に動かす。
「……私の負けです。私の壁も砕く異能力者、恐ろしいですね」
「はい。その恐ろしい能力者と協力すれば、格上のあなたにも勝てるんですよ。とは言っても、勝因はあなたがいつもと同じ動きをしたからです。全て作戦通りです」
「それにしても、あのローブの女の子もスゴイです。あんなこと、高位錬金術師しかできません」
「さて、プリマ。約束は守っていただきます。マスターのことは、私に一任してください」
「もちろん。ただし、条件があります。もしもの時は……」
「……分かっています」
プリマが関心を示すと、ムーンがフブキの近くに着地し、彼女の元へ駆けよった。少し遅れて、ホレイシアも合流する。
その直後、プリマはフブキたちの前から姿を消した。
「おい、フブキ、何の話、してたんだ?」
「ホレイシアはスゴイって話です。一晩で私が教えた強化回復術式を覚えて、マスターの攻撃をサポートしたのですから」
「そうだろ? ホレイシアはスゴイヤツだ!」
豪快に笑うムーンの右隣に立ったホレイシアは、恥ずかしそうに顔を赤くする。
「ちょっと、ムーン。あんまり褒めないで!」
「フブキ。勝ててよかったな。これで、お前は俺たちの仲間だ!」
それからムーンはフブキに笑顔を向け、右手を彼女の前に差し出した。その手をフブキが掴む。
「はい。マスター。安心してください。これで私の仲間は、マスターの命を狙わなくなります」
「ああ、良かった。仲間と戦うって、辛いもんな。もうそんなことしなくてもいいんだ」
ムーンと視線を重ねたフブキはクスっと笑った。
「面白い人です。試練の塔で月に何度か仲間と戦っているので、辛いと感じたことはありません」
「やっぱり、笑った顔がかわいい……」
フブキの笑顔を見たムーンの頬が赤くなる。その直後、ホレイシアはムーンのクマのような耳を引っ張った。
「ムーン。私を無視しないで!」
「ホレイシア。俺は、お前を無視したつもりなんてないからな!」
言い合うふたりの前で、フブキが右手を挙げる。
その動きを見たムーンはホレイシアと共に首を捻った。
「マスター。私、ギルドハウスに住みます」
「ホントか!」とムーンが驚き目を見開くと、フブキは首を縦に動かした。
「そうか。今日からフブキとギルドハウスで共同生活かぁ。楽しそうだ!」
明るく目を輝かせたムーンの隣で、ホレイシアも右手を挙げた。
「じゃあ、私も住もうかな?」
「ホレイシア、どういう心境の変化だよ!」
「別に……フブキも住むんなら、私もって思っただけ」
頬を赤く染め、ムーンから目を反らすホレイシアの近くで、フブキが「あっ」と声を漏らして、ふたりに視線を向けた。
「あっ、そういえば、言い忘れていました。エルメラ守護団の仕事もあるので、夜遅くに帰る日もあります。もしかしたら、何日もギルドハウスに帰らない日もあるかもしれません。だから、心配しないでください」
「そうか。じゃあ、その日はホレイシアと……」
「ちょっと、ムーン。それ以上は言わないで!」
慌てたホレイシアが、ムーンの前で両手を左右に振る。その仕草を見たムーンは、首を傾げた。
「ん? なんでそんなに慌ててるんだ?」
「別に……あっ、フブキ、その日がいつになるのか、ちゃんと教えて。覚悟するから!」
ホレイシアが視線をフブキに向ける。それに対して、フブキは頷いた。
「はい。もちろんです」
「えっと、覚悟ってなんだっけ?」
ホレイシアの発言の意味が分からず、困惑するムーンの両肩を、ホレイシアが優しく掴む。
「深い意味はないから……ウチに帰って、引っ越しの準備しようよ!」
「あっ、ああ、そうだな」と口にしたムーンは、真剣な表情で前を向く。
その瞬間、始まりを告げる風が、森の中を駆け抜け、獣人の少年の後ろ髪を揺らした。
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