第12話 決闘

 緑色の大木の前で、長身の男は明るい空を見上げた。

 

 多くの木々が密集する森の中で、朝日を浴びた緑の葉っぱが小さく揺れる。

 

 その直後、男の目の前でいくつもの影が浮かび上がった。複数の気配を感じ取った男は頬を緩める。


「少し遅かったですね。逃げたかと思いましたよ」

 

 白いローブのフードを目深に被る大男が、同じ色のローブを身に纏う白髪の少女を見下ろす。

 その少女、フブキ・リベアートは真剣な表情で男と顔を合わせる。

「約束は守っていただきます。私たちがあなたに勝てたら、マスターに手を出さないでください」

「まあ、いいでしょう。ところで、一人多いようですね」


 プリマがチラリとフブキの近くにいる黄緑色のローブのフードを目深に被り顔を隠している少女に視線を向けた。その少女の右隣には、クマの耳を頭に生やした獣人の少年もいる。


「はい。特に問題ないでしょう? あなたは私よりも強いのですから。エルメラ守護団序列七位。断崖の召喚士。プリマ・テリア」


 宣戦布告するフブキの近くにいる獣人の少年、ムーン・ディライトは目を丸くする。


「おい、フブキ。聞いてないぞ! 序列ってなんだ?」

 首を捻るムーンの左隣に一瞬のうちに体を飛ばしたフブキが、深く息を吐き出す。

「そういえば、話していませんでしたね。序列とは、大まかな戦闘力指数です。プリマ・テリア。彼はエルメラ守護団の中で、七番目に強い高位錬金術師です」

「えっと、フブキは何位だっけ?」

「……序列は十六位です」

「格上じぇねーか!」と驚くムーンの前で、プリマは右手の薬指を立てた。そうして、空気を叩き、黒い粉末が敷き詰められた円筒系のガラス瓶を召喚し、体ごと一周させ、中の粉末を撒いた。


 周囲に飛び散る黒い粉を瞳に映すフブキが目を丸くする。


「……砂鉄」

 そう呟くフブキが腕を組み考え込む前で、プリマは両手を叩いた。


「そろそろ始めましょうよ。こっちは準備できましたから」

「はい。そうですね。では、始めます。エルメラ守護団序列十六位。白熊の騎士。フブキ・リベアート」


 名乗りを上げたフブキが凛とした表情で長身の男を見上げながら、右手の薬指を立てる。

 それと同時に、彼女の指先から水色の小槌が落ち、草で覆われた地面の上に魔法陣が浮かび上がる。

 その体は一瞬のうちに白い光に包まれていく。

 

 光を消し去るように、フブキは光の中で剣を鞘から抜き取り、縦に一振りした。すると、白い鎧で身を包む白熊の騎士の姿が浮かび上がる。

 そんな少女の左隣で、ムーン・ディライトは右手の薬指を立て、銀色の小槌を召喚した。

 それから彼は地面を小槌で叩き、魔法陣の上にある銀色の太刀を両手で持ち上げる。


「まずは、一発殴らせろ!」


 前方に一歩も動こうとしない長身の男を見たムーンが太刀を構えて、駆けていく。

 その動きを視認したプリマは顎を右手で掴んだ。

「面白いですが……」と呟くプリマが左手の薬指を立て、宙に素早く魔法陣を記す。

 

 東西南北全てに逆三角形の紋章を記し、中央に牡牛座の紋章が書き込まれた瞬間、プリマの前に十メートルの巨大なレンガの壁が盛り上がる。

 それを目にしたフブキは、手にしていた剣を振り下ろした。


「マスター。頭、下げてください!」

 後方からフブキの叫び声を耳にしたムーンが頭を下げると、獣人の少年の頭上を、斬撃が飛んでいく。

 だが、その壁は斬撃が当たったにも関わらず、傷一つ付かない。


「えっ?」と驚くフブキは、すぐに体を前進するムーンの右隣に飛ばし、彼の右肩に触れた。

 その瞬間、ムーンは壁から数十メートル引き離される。


「おい、フブキ。どうして、邪魔した?」


 イラつく獣人の少年が、目の前に聳え立つ巨大な壁から視線を右に向ける。

 その先にいるフブキ・リベアートの隣に、ホレイシア・ダイソンが駆けつける。

「マスター。あのままだと壁に激突してしまうと判断しました」

「そうか。それで、あの野郎、何しやがったんだ?」

「一瞬で壁を生成して、攻撃を防いだだけです。あんな初歩的な術式、プリマなら一秒以下のスピードで使うことができます」

「そんなことできるのかよ!」と驚くムーンが背後を振り向き、その先にいるフブキと顔を合わせた。

 それに対して、フブキは首を縦に動かす。

「はい。素早さは劣りますが、私もできます。とにかく、プリマは強敵です。攻撃を仕掛ける気配を瞬時に読み取り巨大な壁を召喚して攻撃を確実に防ぎます。でも、砂鉄を素材にして壁を生成させただけで、私の斬撃を防ぐなんて……何かがおかしいです」


 

 違和感を胸に抱えたフブキの前で、巨大な壁が消え、その先でプリマが両手を叩く。


「まだ分からないようですね。フブキ・リベアート。私が何もせずに、ここで待っていたとでも思ったのですか?」

「まさか、最初から……」とフブキが目を見開くと、プリマは不敵な笑みを浮かべる。

「私が、ただの砂鉄を素材にして、巨大な壁を生成したと認識して、その剣で壁を破壊しようと試みたのが間違いだったんですよ。最初からここに粉末化したクラビティメタルストーンが撒かれていたなんて、考えていなかったのでしょう」



「ホレイシア、クラビティメタルストーンってなんだっけ?」

 話についていけず目を点にするムーンの隣に立ったホレイシアがため息を吐き出す。

「もぅ、学校で習ったでしょ? 世界一硬い鉱石だよ」

「そういえば、習ったような……気がする」

 一方で、フブキは腕を組み、目の前にいる強敵の顔をジッと見上げた。


「ねぇ、フブキ。あの人、卑怯だね」

 そんなフブキの隣に立ったホレイシアが呟くと、フブキは首を縦に動かした。

「はい。まさか、最初から罠が仕掛けられていたなんて、油断しました。瞬時に破壊不可能な壁を生成して、攻撃を防ぐ。厄介な相手です」

「お褒めいただき光栄ですよ。フブキ・リベアート。さて、そろそろ攻撃に転じましょうか!」


 頬を緩めたプリマが右手の薬指を立て、真下に向ける。朝日が照らす、ルクリティアルの森の中で、頬を緩めたプリマが右手の薬指を立て、真下に向ける。

 その瞬間、指先から茶色いレンガ模様の小槌が地面に落ち、一瞬のうちに魔法陣が浮かび上がった。

 円が茶色く光ると、プリマはすぐに体を後方に飛ばす。

 その直後、地面が小刻みに震え、魔法陣の中心から、三十メートルのレンガ模様のゴーレムが召喚された。


 茶色いレンガで構成された巨体は、男性の顔を模している。

 不気味に瞳を赤く光らせた巨大ゴーレムは、大きく口を開け、咆哮する。

 その瞬間、ムーンたちの周囲にある木々の葉が激しく揺れ、落ちていった。


「……あなたが召喚可能なゴーレムの中で十番目に強い個体を出してくるなんて……」


 視認した巨大ゴーレムをフブキが見上げると、プリマが巨大ゴーレムの右肩の上に飛び乗り、上空から声をっ響かせた。


「フブキ・リベアート。この子は、あなたが一撃で倒したゴーレムの二十倍の戦闘力なんですよ」


「……そのゴーレムを召喚しなければ、私たちに勝てないと認識しているようですね」

「それって、どういうことだ? 相手が仲間のフブキだから、手加減してるんじゃねーのか?」

 フブキの左隣に立ったムーンの頭のクエスチョンマークが浮かぶ。そのあとで、フブキは隣にいる獣人の少年に視線を向けた。


「マスター。ヘルメス族には、圧倒的な能力差があった場合、手加減する習性があります。最初から一番強いゴーレムを召喚すれば、瞬殺できるにも関わらず、別の戦闘力が劣ったゴーレムを召喚して、相手を悼みつけて、優越感に浸る。それがヘルメス族です」


「ああ、なんとなく分かった。アイツは本気にならなくても、俺たちを倒せるって思ってるらしいな!」

 巨大ゴーレムの肩の上に乗るプリマを見上げていると、巨大なゴーレムが太い右腕を振り下ろす。

 風圧で周囲の木の葉が揺れるのと同時にフブキは、ムーンたちの肩に触れ、体を数十メートル後ろに飛ばした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る