第11話 理由

 薄暗い空の下にあるギルドハウス一階の応接室。その部屋の椅子に座ったムーン・ディライトは視線を真横に向けた。

「七時間後って、そろそろだよな?」

 その視線の先で、ハーフエルフの素顔を晒しているホレイシア・ダイソンが周囲を見渡す。

「そうだね。そろそろ来てもいいと思うんだけど……ムーン、何か知ってるんだったら、教えて」

「うーん。悪いけど、俺もよく分かっていないんだ。下手に説明して誤解されるくらいなら、フブキに説明してもらった方がいいと思う」

 眉を顰める獣人の少年の隣で、ホレイシアはクスっと笑った。

「ごめん、知ってた」


 ちょうどその時、一瞬にしてフブキ・リベアートがふたりの前に姿を現した。


「マスター。ホレイシア。お待たせしました」

「おう。仕事、終わったみたいだな」

 ムーンが右手を振ると、フブキは首を縦に動かす。

「はい。今日の仕事を終わらせてから、駆けつけました。さて、早速本題に入ります。まずは、私のことを知っていただきます」


 真剣な表情でふたりを向き合ったフブキが、ムーンの目の前の椅子に腰を落とす。


「ああ、そういえば、俺、フブキのこと知らないんだよな。白熊の騎士って呼ばれてるヘルメス族の女の子ってことくらいしか知らねぇ」

 ボソっと呟くムーンの隣で、ホレイシアも頷いた。

「そういえば、私も知らない!」

「はい。ちょっと訳があって、自分のことは話さないようにしていました。ある計画を遂行するためには、私に関する情報をホレイシアに与えるわけにはいかなかったんです。もしも、ホレイシアが私のことを知っていたら、必ず私の居場所を見つけ出す。それだけは避けたかったんです」


「ごめん。全然分からない」と両手を合わせるホレイシアと顔を合わせたフブキは、深く息を吐き出す。


「そうですね。私はあの異能力を使ったマスターを失踪させなければならなかったんです。神主様の指示通り、マスターが失踪したら、ホレイシアは直前まで一緒にいた私のことを調べて、行方を追うでしょう。それだけは避けたかったんです。もしそうなれば、無駄な血が流れてしまうので。今から七時間ほど前に姿を現した私の同僚、プリマは私の代わりに任務を遂行しようとしていました。プリマは、人払いの術式を使い、目撃者を消した状態で、マスターを私の故郷、ヘルメス村へ連れて行こうとしていたんです」


「フブキ、お前、村に住んでるのかよ!」

 ムーンが身を乗り出し、目を見開く。その隣でホレイシアは目を点にした。

「ムーン。それ、関係ないから!」


「希少種族のヘルメス族は、みんなあの村に住んでいます。サンヒートジェルマンのような大都会と比べたら、田舎ですが、村には大量の錬金術書が収められている大図書館や、大神殿、アルケア最大級のダンジョン、アリストテラス大迷宮があります」


「フブキ、故郷自慢はいいから、ちゃんと説明して! フブキとプリマって人は、異能力が使えるムーンを連れ去ろうとしてたってことは分かったけど、どうしてそんなことするの?」


 ホレイシアに続きを促され、フブキはジッと前を向いた。

「その説明の前に明かさなけばならない事実があります。私、フブキ・リベアートは、アリストテラス大迷宮の奥にある実験器具、エルメラを守護する仕事をしています」


「エルメラってなんだっけ?」

 ポカンとするムーンの顔をホレイシアがジッと見つめる。

「ほら、未知の物質を生成できる世界に一つしかない実験器具だよ」


「そうです。ハクシャウの泉でマスターの異能力を目の当たりにした時、私は確信しました。マスターはエルメラと同じように未知の物質を生成できる人なのだと」

「なんかよく分からないけど、俺、そんなにスゴイヤツだったのかよ!」

 驚く獣人の少年の前で、フブキが頷く。

「はい。ハクシャウの泉で、盗賊たちを一掃した、ホムラリウム。地下道で毒に苦しむホレイシアを救い出した、ユーノレイン。いずれもエルメラを使わなければ生成不可能な物質です」


「そうなんだ。あの時、ムーンは私を助けるために、未知の物質を生成したんだね」

 真実を知ったホレイシアが頬を赤く染める。それから、フブキは言葉を続けた。


「フェジアール機関がアルケア政府と共同で錬金術を凌駕するチカラを開発すると発表された時から、ヘルメス族はその存在を恐れていました。マスターのような未知の物質を生成できる能力者の誕生を。だから、神主様は私を含めたエルメラ守護団のメンバーたちに任務を与えたんです。EMETHシステムでエルメラと同等のことができるようになった能力者を見つけ次第殺害、もしくはヘルメス村の大神殿まで連れてくるようにと」


「そんな……」

 呆然としたホレイシアが表情を強張らせる。恐怖で身を震わせた彼女の右肩に、ムーンは優しく触れた。

「ホレイシア。何、怖がってるんだ?」


「何って……分かってるの? ムーン。あなた、フブキやプリマって人に、殺されてたかもしれないんだよ! エルメラを使わないと生成できない物質が生成できるからっていう理不尽な理由で!」


 隣で怒鳴るホレイシアの前で、ムーンが額を掻く。


「ああ、そうらしいな。でも、フブキはイイヤツだ。俺の命を狙ってるようには見えない。俺、フブキは優しいヤツだって思うんだ。さっきだって、俺の命を狙ってたっぽいプリマから俺を助けてくれたぞ!」


「確かにそうだね。地下道に住み着く大蛇の毒の解毒薬を生成するための素材も分けてくれたし、最前線で戦うムーンが毒を浴びることを想定して、自分のローブも貸してくれた。本当に殺すつもりだったんだったら、そんなことするはずないよ。でも、分からないな。どうして、フブキはムーンを守ろうとしているのか?」


 一転して納得の表情を浮かべたホレイシアの隣で、ムーンは首を捻った。


「ホレイシア、それって、どういうことだ?」


「私が知りたいのは、どうしてフブキはムーンを殺さないんだろうってことだよ。殺人を躊躇するような優しい人だからかもだけど、直接手を汚さなくても、ムーンを神主様って人のところに連れて行けば、それだけで任務達成できるのに……」


 疑念を抱くホレイシアの前で、フブキが深く息を吐き出す。


「信じたかったんです。エルメラ守護団のみんなが問題視している異能力者を。ハクシャウの泉でマスターの戦いを見た時、直感したんです。もしかしたら、その人はエルメラと同等の能力を正しく使える人なのかもしれない。そう思ったから、私は仲間になって、近くで見守ることにしました。もしも、あの能力を私利私欲のために使い始めたら、心を鬼にしてマスターを……」


 フブキが冷たい視線を目の前に座るムーンにぶつける。そのあとで、ムーンは真顔で親指を立てる。


「ああ、それなら大丈夫だ! 俺は悪いことができないからな!」


 腹を抱えて笑い出すムーンの隣で、ホレイシアがジト目になった。


「それは一番近くで見てきた私が分かってるけど、かわいい女の子が能力を使って、未知の物質を生成してくださいって頼んだら、どうするつもりなの?」


 幼馴染の指摘にムーンはギクっとして背筋を伸ばした。それに追い打ちをかけるように、フブキも首を縦に動かす。

「それが問題点です。私はマスターが、時計台の近くで、女の子をナンパしているところを見ました。つまり、マスターは女に弱い可能性が高いと言えます!」

「そっ、それは……って、そんなことより今は、明日の決闘のことを考えようぜ!」

 目を泳がせたムーンが強引に話題を切り替える。


「そうですね。明日の決闘で負ければ、マスターはヘルメス村へ連れていかれて、最終的に殺されるでしょう」

「おい、フブキ。その話、聞いてないぞ! 明日の決闘で負けたら、フブキがギルドを辞めるって話じゃなかったっけ?」

 驚くムーンに対して、フブキは首を左右に振る。

「プリマは私とは違って、あなたを見逃しません。あの人は、未知の物質が生成できる能力者を見つけ次第、殺害します。これは、マスターの命を懸けた戦いでもあります」


「うん。分かった。ムーンの命を守るためなら、がんばれそう!」


 唐突に瞳を燃やしたホレイシアが席から立ち上がる。その姿を見上げていたムーンは目を丸くした。


「おい、ホレイシア。スゴイやる気だな!」


「うん。それで、フブキ。私は何をしたらいいの?」


「いつも通り、私とマスターの戦闘をサポートしてください。それと、この術式を明日までに覚えてください」


 そう言いながら、フブキは右手の薬指を立て、空気に触れた。すると、宙から一枚の紙が机に向けて落ちていく。そこの記された術式を、ホレイシアが目を通し、頷いた。


「うん。この素材なら、みんな持ってるよ!」


「分かりました。明日は大切な戦いです。この三人で……」


 首を縦に動かしたフブキが、ムーンとホレイシアの目を見る。

 そして、フブキを目を合わせたムーンは、勢いよく席から立ち上がった。


「おい、フブキ。それは俺のセリフだ! 明日は、この三人でプリマを倒すぞ!」


 獣人の少年の号令がギルドハウスの応接室の中で響きわたった。

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