第10話 襲撃
赤い屋根の住宅の玄関をムーン・ディライトが勢いよく開けた。
だが、数メートル続くまっすぐな石畳の道の上には、ハーフエルフの幼馴染の姿はない。
「おい、ホレイシア。待ってくれって言っただろ? 気絶してからそんなに時間経ってないから、危ないんだ!」
急ぎ足でまだ近くにいるはずのホレイシアに呼びかけながら、獣人の少年が駆け出す。
そうして、ギルドハウスの敷地に面する道路へ飛び出すと、ムーンは首を左右に振った。
それでも、彼は近くにいるはずの少女の後姿を見つけることができず、その場に佇んだ。
「あれ? おかしいな。ホレイシアって、速く走れたっけ?」
違和感を胸に抱えたムーンは、住宅街の中でため息を吐き出し、右手で丸見えになっている額を掻いた。
「まあ、いいや。まだ近くにいるはずだから、今から追いかければ……」
両足に力を込め、駆け出そうとする獣人の少年は、動きを止めた。左方から鋭い視線を感じ取り、視線を向けると、二メートルの白い影が少年の元へ近づいてくる。
その影は、ギルドハウスと道路の境界線に立てられた黒い正方形の柱の前で立ち止まった。
「お前、誰だ?」と首を傾げた獣人の少年が顔を上げる。そして、少年は長身の男を見上げた。
白いローブを身に纏い、フードを目深にかぶっている男の姿を瞳に映しだした少年の前で、その男は頭を下げる。
「失礼。我が名はプリマ。二度と会うことはないだろうから、覚えなくて結構です」
中年のオジサンのような声を出すプリマと向き合うように立ったムーンは、、男の白いローブに注目して、一歩を踏み出す。
「お前、もしかして、フブキの知り合いか? フブキと同じ白いローブ着てるぞ! あのローブ、すごく着心地良かったぞ!」
「ほぅ、フブキがあのローブをあなたに……因みに、私はフブキの同僚です」
プリマの答えにムーンは納得を示し、腕を組む。
「なるほど。フブキを迎えに来たらしいが、少し遅かったみたいだな。フブキは、さっき職場に向かって、瞬間移動したとこだ!」
ムーンが、笑顔で一歩を踏み出すと、プリマは頬を緩める。
「……なるほど」
「あっ、そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はムーン・ディライト。フブキをギルド活動に誘った男だ!」
ムーンが思い出したように、プリマの前に右手を差し出す。
そうして、プリマがムーンの元へ歩み寄ろうとした瞬間、急に空気が冷たくなった。
それと同時に、プリマの右手の甲に鋭い氷の柱が刺さり、男の口元が苦痛で歪む。
少し遅れて、プリマのローブが背中から斜めに切り裂かれると、男は舌打ちして、視線を真横に向けた。
「……やっぱり、あなただったんですね。あの地下道で私のことを監視してたのは。プリマ・テリア」
プリマの視線の先には、長身の刀を手にして、白いローブで身を包むフブキの姿がある。
「獲物を間違えていないかい? 白熊の騎士」
「……邪魔しないでください」
フブキ・リベアートがプリマに冷たい視線を向けると、プリマは肩をくすめた。
「そんな目で見ないでください。人払いの術式って、結構疲れるんですよ。それを私が代わりに使ってあげたんですから。感謝してもらわなければ、困ります」
「手間が省けて感謝していますが、邪魔しないでください」
「ふふふぅ。そんなに手ごわい相手なのですか? とてもそうとは思えませんが……」
「それは……」
「この程度の相手、私なら十番目に強いゴーレムを召喚するだけで倒せますよ」
優越感に浸るプリマの前でフブキが首を捻る。
「ところで、あのことは神主様に……」
「まだ報告していません」
「つまり、あのことを知っているのは、あなたと私だけ……」
「おい、フブキ。何の話をしているんだ?」
フブキの声を遮ったムーンが疑問を口にする。そのあとで、フブキはその身をムーンの眼前に飛ばし、振り返ることなく答える。
「……あなたは知らなくていいことです。これは私の問題ですから」
「いや、それは違う。これは俺の問題だ」
「えっ」とフブキが目を丸くする。それから、ムーンはフブキの両肩を背後から優しく掴んだ。
「フブキ、お前、なんか難しい問題抱えてるらしいな。そんなことくらい、バカな俺でも分かる。でもな。お前は俺のギルドの仲間だ。ギルドマスターとして、お前が抱えてる問題の答えを一緒に考えてやる!」
「ムーン・ディライト。バカな男ですね。あなたにあの問題を解決できるとは思えません」
近くでムーンの言葉を聞いていたプリマが不敵な笑みを浮かべるその前で、ムーンは堂々とした表情で首を縦に動かした。
「ああ、そうだな。俺、バカだからさ。百点満点の答えは分からないと思う。だけど、俺はフブキを助けたいんだ!」
真剣な表情のムーンをプリマが嘲笑う。
「白熊の騎士。フブキ・リベアート。お前もバカです。こんな男に気を許すなんて……」
「おい、今、フブキのことバカにしただろ?」
人通りのない道路を、ムーンが力強く右足で叩く。それから、彼は怒りに満ちた顔で、プリマが着ている白いローブを指さす。
「フブキはバカな女なんかじゃない! すっごく賢くて、優しいヤツだ。毒から身を守らせるために、その白いローブを俺に貸してくれた。ホレイシアと一緒にバカな俺を支えてくれる大切なヤツなんだ!」
「ふふふぅ、やっぱり、バカな女です。優しさなんて必要ないんです。その男は、いずれお前を裏切り、お前は居場所も失う。それが愚か者の末路なんですよ。フブキ・リベアート」
黙り込み表情を暗くしたフブキの隣でムーンは首を横に振った。
「いや、それは違う。俺はフブキを裏切らない!」
「こんな口だけの男を本当に信じているのですか? フブキ・リベアート」
「おい、フブキ。こいつ殴っていいか?」
イライラする感情を胸に抱えたムーンが隣にいるフブキに視線を向ける。そのあとでフブキはため息を吐き出した。
「今はダメです……」
「ふふふぅ。それは懸命な判断です。例の能力者と白熊の騎士が手を組んだとしても、私に勝てるわけがないですから!」
「まだ話は終わっていません! 断崖の召喚士。プリマ。あなたに決闘を申し込みます! 私たちが勝てば、あなたは私に全てを一任し、負ければ、私はギルドを辞めます。そのあとのことは、あなたにお任せです」
強気な表情で右手をビシっと立てたフブキの隣で、ムーンは慌てて両手を左右に振った。
「おい、フブキ。お前、何言ってるんだ?」
「マスター、責任を取ってください。これは大切な戦いです」
「勝ち目のない決闘に挑むとは、面白いです。時間と場所は?」
首を傾げるプリマの前で、フブキが頷く。
「明朝、ルクリティアルの森奥地で」
「分かりました」と短く答えたプリマが、ふたりの前から一瞬で消える。
誰の気配も感じ取ることができないギルドハウス前に残されたフブキは、ムーンと体を向き合わせ、微笑む。
「マスター、ありがとうございます。許されないことをしている私を庇ってくれて……」
「よく分からないけど、俺はギルドマスターだからな。困ってる仲間を助けるのも仕事なんだ。だから、プリマってヤツを倒して、認めさせたいんだ。フブキは俺のギルドメンバーなんだって。アイツはフブキが俺たちと一緒にギルド活動するのが許せないみたいだからな!」
ムーンの声を聴いたフブキが、ポカンとした表情を浮かべ、クスっと笑った。
「それは誤解です」
「あれ? そうだっけ?」と首を傾げながら答えるムーンが、目をパチクリとさせた。
その瞬間、周囲の景色が歪みだし、フブキがため息を吐き出す。
「えっ? ムーン。フブキとこんなところで何してるの?」
それから、ムーンは視線を右に向けた。その先には、驚き目を見開いているホレイシアの姿がある。
「ホレイシア。お前、いたのかよ!」
同じように驚くムーンの前で、ホレイシアが頷いた。
「うん。ビックリしたよ。いきなり私の前にムーンとフブキが現れたから」
「どうやら、人払いの術式が解除されたようですね」
ムーンの右隣に立ったフブキが呟くと、ホレイシアの頭にクエスチョンマークが浮かび上がる。
「人払いの術式って、どういうこと? もしかして、私の知らないところで、何かあった?」
「ああ、実は……」と口にしたムーンがジッとホレイシアの顔を見つめる。その隣で、フブキは右腕を斜めにおろした。
「待ってください。私から説明します。明日の朝、決闘をします。この戦いに負ければ、私はギルドを辞めなければなりません」
「えっ? どういうこと?」
当然のように、困惑の表情を浮かべるホレイシアの前で、フブキはため息を吐き出した。
「やっぱり、ちゃんと説明しないといけないようです。七時間後、ギルドハウスの応接室で納得できるよう説明します。本業を休むわけにはいきませんので」
「ああ、分かった」と同意を示すムーンの近くで、ホレイシアは頷いた。
「七時間後なら、大丈夫そう」
「それでは、また」と微笑むフブキがふたりの視界から一瞬で消えた。
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