第3章

第9話 拠点

 半円状の窓から差し込む白い光を浴びて、ホレイシア・ダイソンは目を覚ました。


 仰向けの状態から体を起こすと、指がベッドに触れる。

 それから少女は、周囲を見渡した。そこは木製の机と椅子、白いシングルベッドしかない小部屋。


「ここ、どこだろう?」と呟いた瞬間、彼女は左からドアが開く音を聞く。その音に反応して、振り向くと、両耳を尖らせた白髪のヘルメス族少女が、室内に姿を見せた。


「ホレイシア。目が覚めたようですね」

 フブキ・リベアートが優しく微笑む尋ねてくると、ホレイシアは、ベッドの端に座って、彼女と顔を合わせた。

「フブキ、ここは……」

「ギルドハウスの個室です。あの地下道の中で気を失ったので、ここまで運びました。時計台を経由して、あなたの実家まで送るより、ギルドハウスに向かった方が早いと判断しました。一刻も早く回復術式を施し、ベッドの上で安静に寝かせる必要がありますから」

「……そうなんだ。あっ、あの男の子は?」

 目を見開き、身を乗り出すホレイシアの前で、フブキは首を縦に動かす。

「はい。無事です。冒険者ごっこをしていたお友達とはぐれてしまって、あの現場に遭遇してしまったようですが、無事にお友達と合流できました」

「良かった」とホレイシアが胸を撫でおろす。


「ねぇ、ムーンはどこにいるの?」

「マスターはあなたをこの部屋に運んでから、あなたのお母さんを呼びに行ってくるって言って、出ていきました。あれから一時間経っているので、そろそろ戻ってきてもおかしくありません」

「……そうなんだ」とホレイシアが呟くと、すぐにフブキの背後にある扉が勢いよく開き、ムーン・ディライトが駆け込んでくる。


「ホレイシア、母ちゃん、連れてきた……って、なんか、元気そうだな!」

「うん。ありがとう。ここまで運んでくれて」

 顔を上げたホレイシアが笑みを浮かべる。そのあとで、黄緑色のローブで身を隠す赤髪の女エルフが部屋の中に飛び出し、娘の体を抱きしめた。

「ホレイシア。良かった!」

「お母さん、恥ずかしいから……」

 赤面する娘を抱く女エルフ、アグネ・ダイソンは、娘の近くに見知らぬ少女がいることに気が付き、娘から手を離した。


 それから、アグネは顔を知らないヘルメス族の少女に右手を差し出す。


「あなたがフブキちゃんね。初めまして。ホレイシアの母、アグネ・ダイソンよ」

「はい。フブキ・リベアートです。よろしくお願いします」とフブキが頭を下げてから、アグネと握手を交わす。

「それはこっちのセリフよ。ホレイシアのこと、頼んだわ」

「はい」とフブキが明るく答えると、アグネは手を放す。


 それからフブキは、ムーンの元へ歩み寄り、彼の右腕を掴んだ。

「マスター、ちょっと……」

「なんだ?」と首を捻ったムーンの右腕を、フブキが引っ張りあげ、そのまま彼の胸に身を預ける。

 そして、彼女は少し背伸びをして、彼の耳元で囁いた。


「ホレイシアのお母さんに、どうやってホレイシアを助けたのか説明したのですか?」

「いや、ホレイシアが倒れたってことしか伝えてねぇ」

 至近距離で尋ねてくるフブキに対して、ムーンは動揺することなく答えた。

「……それならよかったです」


「ちょっと、フブキ。何してるの?」

 顔を赤くしたホレイシアが、ふたりの元へ歩み寄る。

「……秘密です」

「どうでもいいけど、ムーンから離れて!」

「はいはい」と口にしたフブキが一歩後退するのを近くで見ていたアグネはクスっと笑った。

「フブキちゃん。面白い子ね」



 微笑みながら、三人の様子を眺めていたアグネが、両腕を白い天井に向け伸ばしながら、ホレイシアたちに背を向ける。


「さて、娘の無事も確認したし、そろそろ店に戻らないとね」

「お母さん、忙しいのに来てくれて、ありがとう」

 遠ざかる母親の後姿にホレイシアが声をかける。

 その声に反応したアグネは、体を半回転させ、娘と笑顔で向き合った。

「倒れた時くらい、母親らしいことさせてよ。あっ、フブキちゃん。今度またウチの薬屋に来て。いい薬草揃えて待ってるから!」

 思い出したように両手を叩いたアグネが、フブキの顔を見る。それに対して、ホレイシアはベッドから勢いよく立ち上がり、目を点にした。


「ちょっと、お母さん!」

「ふふふ、タダで帰るわけないでしょ? じゃあ、またね♪」

 アグネが笑いながら、ギルドハウスの個室から出ていく。

 

 扉が閉まった後で、ホレイシアは近くにいるムーンの顔をジッと見つめた。


「ねぇ、ムーン。ちゃんと案内してよ。ギルドハウスの中」

「ああ、そうだな。一応、ここが二階の個室だ。俺たちは、今、右奥にある一号室にいる。一応、先に説明しとくと、ここは二階建てで、二階には六つの個室があるんだ。間取りは全部、ここと同じだった」


「えっ、個室が六部屋もあるの? 私たち、三人しかいないのに!」

「ギルドメンバーは最大六人まで登録できます。今後、メンバーが増える可能性も考慮して、最初から六部屋用意されているのでしょう」


 ムーンの代わりにフブキが答えを口にする。それを聞き、ホレイシアは納得の表情になった。

「そういえば、そうだったね。確か、家具も持ち込んでいいんだっけ?」

「ああ、そうだなって、ホレイシア、ここに住むのか?」

 ホレイシアに同意を示した後で、ムーンが目を丸くする。そんな彼と顔を合わせたホレイシアは首を傾げた。

「うーん。まだ考え中だよ」

「そうか。一応、俺はここに引っ越すつもりだ。最低一人はここに住まないといけない契約みたいだからな。それで、フブキ、お前はどうするんだ?」


 チラリと近くにいるフブキの顔をムーンが見つめる。そんな獣人の少年の右隣で、ホレイシアはジト目になった。


「ムーン、もしかして、フブキと一緒に暮らしたいの?」

「フブキがどこに住んでるのか知らないけど、一応、サンヒートジェルマンに住処があった方がいいって思っただけだ。深い意味はない!」

「そうなんだ」とホレイシアが呟く近くで、フブキは首を左右に振った。

「……結論は後日、お伝えします」

「そっか。フブキも考え中かぁ。じゃあ、そろそろ、ギルドハウスの中を案内する!」

 そう言いながら、ムーンはドアを開けた。そうして、彼は、ドアから廊下へ向かい、一歩を踏み出す。

 少年に続き、フブキと共に部屋から出ていったホレイシアは目を丸くした。


 目の前には、黒い柵がコの字に囲む通路がある。コの字の一辺には、通路に沿うように二部屋のドアがある。

柵に沿って数メートル前進してから右に進むと、赤い階段が一階に向けて真っすぐ伸びていた。


 それから、三人まとまって階段を下りた先に、大きな茶色い扉を見たホレイシアは、その場に立ち止まった。

 そんな彼女の右隣に立ったムーンは、数メートル先にあるその扉を指さす。


「ここが玄関だ。じゃあ、次はあっちに行ってみようぜ」

「うん」とホレイシアが答えるよりも先に、ムーンは階段から右に曲がった。そこには、右の壁に沿うように大きな扉が二つ並んでいる。


「えっと、この部屋、なんだっけ?」と視界の端に見つけた扉の前に佇んだムーンが目を点にする。そんな彼の隣で、ホレイシアが呆れ顔になった。

「知らないの?」

「まあな。ホレイシアを二階の小部屋に寝かせてから、すぐにホレイシアの母ちゃんを呼びに行ったからな。どこに何の部屋があるかまでは把握してなくて……」

「マスター。こちらの部屋は会議室兼応接室です。ホレイシアが目を覚ますまで時間があったので、先に施設内を調査しました」

 ムーンたちの背後にいたフブキが、一歩を踏み出し、ドアを開ける。その先には、木目調の床の空間があった。広さは二階の小部屋と同じで、大きな正方形の机を囲むように六つの椅子が並べられている。


「会議室もあるのかよ! こんな部屋、いつ使うんだ?」

「マスター、この部屋は応接室もかねています。ここでクエストの依頼人を呼んで、詳しい話を聞くこともあるようです。因みに、隣の部屋は錬金部屋になっていました」

「錬金部屋?」とムーンが首を傾げた隣で、ホレイシアがため息を吐き出す。

「採取した素材を錬金術で何かに生成するために用意された部屋でしょ?」


「そうかぁ。じゃあ、フブキ、あとは任せた!」

 開いたドアから会議室内を確認したムーンが、近くにいるフブキの右肩をポンと叩いた。


「はい。承知しました。この通路を曲がると、入浴室とお手洗いがありました。そこからさらに左に曲がると、食堂と娯楽室の扉が並んでいます」

「フブキ、そういうのは、実際に案内しながらした方がいいと思うぞ!」

「……そうですね。失礼しました。では、お隣の部屋に行きます!」


 フブキが微笑みながら、会議室兼応接室の扉を閉め、数メートル先にある隣の部屋へ向け歩き出した。


 会議室の隣にある白い壁で囲まれた部屋、清潔感のあるお手洗い、ゆったりと浸かれそうな入浴室。

 六人が机を囲み食事をする食堂の奥には、調理場もある。

 そして、最後に訪れた木目調の部屋は、二階の小部屋よりも少し広く、黒い大型のモニターと豪華そうなソファーが用意されているだけで、すっきりとしている。


「この娯楽室も自由に好きなモノを持ち込んでよいようです」

 娯楽室の中心でフブキが呟くと、ムーンは首を縦に動かした。

「そうか。じゃあ、何置こうかな?」

「ムーン、あんまり変なモノ置かないでよ。それと、どこに何を置くのかは、私が考えるから。ムーンに任せると、汚くなりそうだし……」

 ホレイシアがムーンの顔をジッと見つめる。その隣で、ムーンは腹を立てた。

「失礼だな」

「それと、食事は毎日、通って私が準備するから!」


「そんなことしなくても、ホレイシアがマスターと同居すればいいのでは……」

 ふたりの会話を近くで聞いていたフブキがボソっと呟くと、ホレイシアはムーンから視線を反らした。


 その頬は赤く染まっている。


「フブキ、あまり変なこと言わないで! 私はまだ……って、今日は疲れたから、もう帰る!」

 急にムーンに背を向けたホレイシアが娯楽室から出ていく。

「おい、ホレイシア。待ってくれ!」

 ムーンがホレイシアの背中に向けて、右腕を伸ばした隣で、フブキが右手を挙げる。

 

「あっ、私もお仕事の時間です。マスター。明日も来ます」

「ああ、分かった」とムーンが答えると、フブキはムーンの視界から一瞬で消えた。

 そうして一人残されたムーン・ディライトは困惑の表情を浮かべて、ホレイシアを追いかけた。

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