第7話 装備

 二階にあるギルド受付室で六つの机の前に座った人々が、書類を書き留めている。

 人が増えたその場所に、ムーンたちが訪れると、一番奥に座っていた丸坊主の男が彼らの前へ歩み寄ってきた。その手には、一枚の横に細長い紙が握られている。


 ムーンの背後には、黄緑色のローブのフードで顔を隠すホレイシアと、無表情のフブキが並んでいる。

「キミたち。もう書いてきたのですか?」

「ああ、これでいいか?」と明るく答えたムーンが、封筒を男に手渡す。

 

 渡された封筒の中から、書類を取り出し、目を通した男が頷く。

「特に不備はなさそうです。それでは、セレーネ・ステップの皆様にギルドハウスの鍵をお渡しします。この槌の中に、人数分の鍵が入っています。合鍵は最大三つまで複製可能です」


 淡々と説明した男が右手の薬指を立て、空気を叩く。その瞬間、男の指先から、木目調の小槌が飛び出した。男は、それを右手で掴み、ムーンに渡す。


「えっと、ギルドハウスってどこだ?」

「第七地区の住宅街にございます。住所は、こちらの紙をご覧ください」

 そう言いながら、男は手にしていた紙をムーンに見せた。

 ホレイシアとフブキもその紙を覗き込む。


「あっ、ここ、家から遠いね」

 ムーンの右隣でホレイシアが呟くと、ムーンも頷いた。

「そうだな。今日からここに住めってことか?」

「はい。そうですね。ギルドハウスはギルドの拠点です。最低一人はここに住まなければなりません。そういう契約になっています。また、光熱費、水道代、家賃などはクエスト報酬から天引きしますので、ご安心ください」


 対応する男の前で、ムーンが苦笑いする左隣で、フブキが右手を挙げた。

「因みに、報酬が足りず、光熱費などが払えなかった場合は、どうでしょう? セレーネ・ステップのメンバーは全員、副業でギルド活動をしています。つまり、他のギルドと比較して、活動期間が短いといえるので、こうなることが想定されます」


「その場合は、本業で稼いだお金で補填するしかありませんね」

「なるほど。了解しました」とフブキが頭を下げると、男が両手を叩いてみせた。

「はい。それでは、こちらでの手続きは以上となります。セレーネ・ステップの皆様。一階のクエスト受付センターやセンター前に設置された掲示板の中から、クエストを選び、挑戦してみてください!」


 一通りの手続きを終わらせた三人が、一階の出入口の扉を潜り、外に出る。

 やる気の炎を瞳に宿らせたムーンの右隣で、ホレイシアはクスっと笑った。

「ムーン、いい顔してるね」

「ん? そうか? これから俺たちのギルド活動が始まるんだって思うと、楽しくなってくる!」

「じゃあ、次はギルドハウスに行ってみようよ。どんなところか興味あるし……」

「そうだな」と同意を示し、首を縦に動かしたムーンが振り向き、近くにいるはずのフブキの顔を見た。だが、彼女はムーンの近くではなく、クエスト依頼の掲示板の前で佇んでいる。


「おい、フブキ、何やってんだ?」と尋ねたムーンが彼女の元へ駆け寄った。少し遅れてホレイシアも続くと、掲示板の前のフブキは、視線を近づいてくるムーンに向ける。

「はい。マスター。クエスト依頼を見ていました。今日は二時間後から本業のお仕事があるので、簡単なクエストなら今からでも達成可能です」

「二時間後から本業って、大丈夫なの? どこで何の仕事してるのかは知らないけど、移動時間とか考えたら……」

 ムーンの隣に並んだホレイシアが心配そうにフブキの顔を見る。だが、フブキは余裕な表情を見せている。

「はい。問題ありません。ヘルメス族の特殊能力の一つ、瞬間移動を使えば、たとえ世界の果てにいたとしても、すぐに出勤可能です」

「フブキ、お前、スゴイな!」とムーンが目を輝かせる。

「はい。マスター。ヘルメス族なら誰でもできることです。とにかく、私の能力を使えば、移動時間という概念を無視できます。ただし、私が訪れた場所でなければ、使えません」

「そうか。フブキを仲間にできて、良かった。それで、今からでもできそうなクエストあったか?」


 首を傾げるムーンの隣で、ホレイシアが目を見開く。

「あああ、ムーン。見て。お母さんがクエスト依頼してるみたい!」

「なんだと! どこだ?」

「ほら、あっち」とホレイシアが右端を指さすと、ムーンは問題の依頼文を見つけて、依頼内容を目で追った。

「これだな。依頼主はアグネ・ダイソン。サンヒート地下道に住み着くバイオレットスネークの尻尾が一本欲しいってさ。報酬は、六千ウロボロスと薬草詰め合わせらしい。地下道は、ギルドハウスの通り道にあるから、今からでもできるかもしれん。ホレイシア、フブキ、どうだ?」

「うーん。初めてのクエストの依頼主が私のお母さんっていうのが、少し気になるけど、私は良いと思うよ」

 ムーンの隣でホレイシアが少し引っかかるような顔になると、フブキは右手を挙げた。

「受けてもいいけれど、その前にハッキリさせたいことがあります。マスターとホレイシアの装備です」


「装備?」とムーンが首を捻ると、フブキが頷く。

「はい。バイオレットスネークは素早いため、並大抵の攻撃は簡単に当たりません。さらに、毒ガスを吐き出し、相手を行動不能にしたり、鉄の剣を折る程度の硬さの尻尾で叩きつけて攻撃することも可能です。つまり、普通の装備は通用しません」


「なるほど、分かった。俺は盗賊を蹴散らしたあの剣しか持ってないぜ」

 納得の表情になったムーンの右隣でホレイシアは右手を挙げた。

「私は、いつも薬草を持ち歩いてるよ。でも、バイオレットスネークの解毒薬は、素材がないから生成できないかも。ムーンとフブキの体力を回復させることしかできない」

「因みに、足りない素材は?」

「紫水晶の欠片だけど……」

「では、これを使ってください」

 ホレイシアの前で微笑んだフブキが右手の薬指を立てた。すると、指先から紫色の小槌が零れ落ちた。

 それを掴んだホレイシアが目を丸くする。

「これって……」

「紫水晶の欠片が入っています。余らせている素材なので、使ってください。ただし、一回分の解毒薬しか生成できませんし、効力は数秒しか持たないので、今から生成したら貴重な素材がムダになります」

「分かった。あの術式ならちゃんと覚えてるから、いざとなったら任せて!」


 明るく答えるホレイシアの前で、フブキはムーンに視線を向けた。それから、突然、自分が身に着けていた白いローブを脱ぎ、白いノースリーブの下に黒いミニスカートを合わせた服装を、ふたりに見せる。


「はい。マスター。私のローブを着てください」

 フブキが躊躇うことなく、ムーンの前に自分のローブを差し出す。それを近くで見ていたホレイシアは、動揺して、目を泳がせた。

「なっ、なんで!」と驚くホレイシアの隣で、ムーンは不思議そうな顔になった。

「ホレイシア、どうかしたか?」


「なっ、なんでもないから、フブキ、教えてくれるかな? どうして、自分のローブをムーンに着せようとしてるのか?」

 誤魔化すように両手を左右に振るホレイシアと顔を合わせたフブキは、冷静な表情で首を縦に振った。

「はい。マスターの命を守るためです。私のローブは、毒の効果を打ち消すよう加工されています。これを着ていれば、安全にバイオレットスネークの尻尾を切り取れます」

「だったら、フブキが尻尾を切り取れば?」

「いいえ。それはできません。私の剣では、硬いバイオレットスネークの尻尾を切り取ることはできません。現在の装備だけでクエストを達成する方法は、マスターの剣で尻尾を切断するしかないのです」

「だったら、フブキがムーンの剣を借りて……」


「おい、ホレイシア。いい加減にしろ!」

 ホレイシアの声を遮ったムーンが、真剣な表情で隣のハーフエルフの少女の顔を見る。

「ホレイシア、お前、俺のことバカにしてんのか?」

 それから、ムーンはホレイシアと体を向かい合わせ、彼女の両肩を優しく掴んだ。至近距離で視線が重なり、ホレイシアの頬が赤くなる。

「そっ、そんなことないけど……私は……」

「心配するな。俺がフブキのローブを着ればいいだけの話だ。ってことで、フブキ。お前のローブ、借りるぞ!」

 ホレイシアの前で優しく微笑んだムーンが、フブキから白いローブを受け取り、袖を通す。

 複雑な気持ちでムーンの姿を見ていたホレイシアは、何かを思い出したかのように、両手を叩く。


「フブキ、私たちは、どうするの? このままだと、私とフブキは毒に侵されちゃうよ。解毒薬は一つしか生成できないみたいだし……」

「そのことなら、問題ありません。毒を吐き出すよりも先に、術式を使用します。直径二メートルの範囲内なら、毒の効果を受けない効果ですので、ホレイシアは私から離れないようにしてください。解毒薬は万が一の保険です」


「じゃあ、そろそろ行くか。細かい作戦は、フブキ、お前に任せる!」

 真剣な表情になったムーンが白いローブを身に纏い、一歩を踏み出す。それに続いて、ホレイシアとフブキも歩き出した。



 

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