第6話 書類

 フブキと合流して、再びビルの谷間を五分ほど歩くと、ムーンの右隣を歩いていたホレイシアが立ち止まった。


「あっ、ここだよ。クエスト受付センターサンヒートジェルマン第八地区支部」


 ホレイシアが数メートル先に見える建物を指さす。

 周囲のビルと比べると低い五階建ての茶色い正方形の建物の近くには、四つの掲示板が立っている。


「なるほど。ここが受付センターですか?」

 ムーンたちの後ろを歩いていたフブキが、前方に見える建物を見上げた。

「ああ、サンヒートジェルマンには、合計四か所のクエスト受付センターがあるんだ。ここはウチから一番近いセンターだ」

 自信満々な表情で後方を振り返ったムーンがフブキと顔を合わせる。

「はい。初めて来ました。文献によると、ギルドを結成するために、センター二階で手続きをする必要があるようですね?」

「……ああ、そうだったな」とムーンが目を泳がせる。そんな獣人の少年の隣で、ホレイシアはジド目になる。

「ムーン。もしかして、ギルド結成の流れ、知らなかったの?」

「そっ、そんなことないだろ! はっ、早く行こうぜ」


 誤魔化したような態度でムーンが前進すると、ホレイシアとフブキは肩を落として、彼を追いかけた。


 建物の中へ入り、二階へと続く階段を登りきると、白く開けた空間へ辿り着く。

 静かな空間の奥には、五つの机が並べられているが、一番奥に丸坊主の男性が座っているだけで、誰もいない。


「あの、すみません!」


 ムーンの声が室内で響くと、すぐに男性は立ち上がり、三人の訪問客へ歩み寄る。

 

「ギルド受付室へようこそ! もしかして、キミたちはギルドを結成しに来たのでしょうか?」


 明るい口調で語りかけてくる男性の前で、ムーン・ディライトは首を縦に動かす。


「ああ。そうだ。この三人でギルドが組みたい!」

「了解しました。では、三階の第一会議室で、書類を書いてきてください。すべて書いたら、またここに戻ってきてくださいね。提出書類は、この封筒の中にあります。筆記用具は会議室にあるものを使っても構いません。ところで、あなたは今話題の能力者ですか?」


 男がムーンの右手の甲に刻まれた文字に視線を向け、驚いたように目を見開く。

「ああ、そうだが、それがどうかしたか?」

「いいえ。こんな身近に話題の能力者がいたことに驚いただけです。そうなると、お伝えしなければなりません。元の姿に戻れた場合は、ギルド認定書類の該当箇所を修正するので、ギルド受付センターを訪れてください」

「ああ、分かった」


 受付室の男から封筒を受け取ったムーンは、男に頭を下げた。

 そうして、再び階段を上がり、三階に足を踏み入れる。


 そこは周囲を囲むように十二のドアが並べられた空間で、ドアには数字が刻まれていた。

 ホレイシアは迷うことなく、Ⅰと書かれたドアを開け、その中へと入る。


 そこは、丸い白の机が置かれた殺風景な部屋だった。

 机の周りは、等間隔に六つの椅子が並んでいる。

 机の上には、筆記用具も用意されていた。


「ここで提出書類書くんだっけ? 疲れそうだな」

 ボソっと呟くムーンが机の上に封筒を置き、椅子に腰を落とした。

「まあまあ。三人いるんだからさ。手分けしたらすぐだよ!」

 ホレイシアがムーンの右隣に座ると、フブキはムーンの目の前の椅子に着席して、封筒に手を伸ばした。


 それから、封筒の中に入っている書類を全て取り出したフブキは、それを机の上に並べた。


「提出書類は四枚あるようですね。一枚目は、ギルド認定書類。二枚目は、ギルド契約書。三枚目は、ギルドハウスの契約書。四枚目はクエスト保険の契約書です」


「クエスト保険?」


 聞きなれない言葉に、ムーンとホレイシアが同時に首を捻る。そんな反応のふたりと顔を合わせたフブキは、四枚目の書類に目を通す。


「クエスト中に事故で怪我をした場合、病気を発症した場合に申請したらお金が貰えるようです。ただし、一人当たり、一か月二千ウロボロスほどかかります」


「……ってことは、三人だと一か月、六千ウロボロスかよ!」

「はい。もちろん任意で、あとからでも加入できるようです」

「じゃあ、入らねぇ」とムーンが即答する隣で、ホレイシアはギルドハウスの契約書を手に取り、フブキの顔をジッと見つめた。


「ほら、フブキも契約書読んで。ムーンはギルド認定書類を書いてて」

「ああ、分かった」とムーンが答えると、フブキはギルド契約書を手にする。

 すると、ムーンが突然目を大きく見開いた。


「おい、ちょっと待て!」

「えっと、ムーン。どうかした?」とホレイシアが書類を覗き込む。

 名前と種族を記す六つの空欄を目にしたホレイシアは目を丸くした。

「……ねぇ、種族も書かないとダメなの?」

「ああ、そうみたいだな。一応、俺は獣人って書くつもりだ。だから……」


「……そういえば、さっきから気になっていました。どうして、ホレイシアは室内でもローブのフードで顔を隠しているのでしょう?」


 追い打ちをかけるように、フブキの口から疑問が飛び出すと、ホレイシアは体をビクっとさせた。

 そんな少女の頭を、ムーンがポンと軽く叩く。


「ホレイシア、そろそろ話した方がいいんじゃないか? お前がハーフエルフだって」

「ちょっと、ムーン。自然にバラさないで!」

 強く右足で床を叩いたホレイシアが、フードで隠していた顔を晒し、怒りの視線を隣の幼馴染にぶつける。

 

 両耳を少し丸みを帯びた三角形のような形をした赤髪をツインテールに少女の頬は、恥ずかしさから赤くなっていた。

 一方で素顔のホレイシアと対面を果たしたフブキは、目を丸くする。

「ハーフエルフだったんですね」

「……はい、お母さんがエルフで、昔からイジメられてたから、普段から耳を隠してて……」

「なるほど」と納得の表情を浮かべたフブキは、再び契約書に目を通した。



 それから一分ほど経過し、ムーンは隣にいるホレイシアに書き上げた書類を見せる。

「ホレイシア。確認してくれ!」

「はいはい」と答えたホレイシアが渡された書類に目を通し、首を縦に動かした。

「うん。特に問題は……って、ああ、ここ、大切なとこが書けてないよ! ギルド名、どうするの?」


 紙の右端にある空欄をホレイシアが指さすと、ムーンは顔を青くした。

「あっ、悪い。なんも考えてないぞ!」

「ちょっと、ギルド結成したいって言いだしたの、ムーンでしょ? 異能力が使えるようになったら、新しいこと始めたいって。最初に考えといてよ!」

 隣から怒りの視線をぶつけられたムーンは慌てて、両手を左右に振る。

「ああ、悪かった。実は考えてたんだけど、なかなか、いい名前が思いつかなくて……」

 ムーンが困った表情を浮かべると、彼と向き合うように座っていたフブキが、右手の薬指を立て、空気を叩いた。すると、宙から机に向かって、数ページほどの薄さの一冊の本が落下する。


「はい、マスター。この本をお読みください。私、フブキ・リベアート。昨晩から百のギルド名を考えて、この本にまとめてみました!」


「そんなに考えたのかよ!」と驚くムーンの隣で、ホレイシアは目を丸くした。

「スゴイね。フブキ」

「じゃあ、これを参考にしてみようぜ」

 首を縦に動かしたムーンが、目の前にある本を手に取り、ページを捲った。

 獣人の少年が、紙の上のギルド名候補を目で追いかける。


 そんな少年は、一つのギルド名を目に留まらせて、隣のホレイシアに明るい顔を見せた。


「これ、いいな。セレーネ・ステップ」

「うん。いいと思う」

 ホレイシアが同意を示すと、ムーンは真剣な表情で、ギルド名を書き込んだ。

 それから、彼はフブキに笑顔を向ける。

「フブキ、ありがとうな。ギルド名をいっぱい考えてくれて」


「はい。では、マスター。署名捺印をお願いします。あとは、二枚の契約書に署名捺印すれば終わりです」

 マジメな顔つきのフブキが、手にしていた書類をムーンに渡す。

 続けてホレイシアもムーンに契約書を手渡した。

「ああ、わかった」と呟くムーンは、真剣な表情で再び筆記した。

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