エピローグ
第122話 私たちの日々
クリスマスが過ぎ、不思議な体験も過ぎればあっという間に年が明け、気付けばもう三学期。
「やばいよ遅刻しちゃう!」
「お姉ぇ、
「今行く!!」
温かい布団とのお別れを惜しむ暇すら与えられず、人美は急いで支度を済ませて玄関へと向かった。玄関のたたきに腰掛けて待っていた真季那は、人美が来るとゆっくり立ち上がった。
「ごめんマキお待たせ!」
「相変わらず慌ただしいわね。行きましょう、急げばまだ間に合うわ」
もこもこした温かそうなマフラーを首に巻いている真季那はそう言って踵を返し、人美も彼女を追う。冬の寒い空気を体で感じながら、学校へと走った。
「マキ、ホームルームまであと何分?」
「あと7分32秒。最短ルートを通れば何とか間に合いそうよ」
「それは良かっ……うわっ!?」
突然腕を引かれて急停止する人美。後ろを振り向くと、先に立ち止まっていた真季那が人美の腕を掴んでいた。いや、立ち止まっているのは彼女だけじゃない。周りのサラリーマンらしき人もジョギング中らしき人も、みんな止まっている。もう一度人美は前を向き直す。視界に飛び込んで来たのは、赤く光る立ち止まる人間のマーク。
「赤信号ッ!?」
最悪のタイミングだった。しかもその信号は『悪魔の足止め』と人美が勝手に名付けるほど、歩行者側の赤信号が異様に長い。1秒も惜しいようなギリギリの世界にいる今の人美たちにとっては、致命的なタイムロス。
「どうする!?このままだと……」
「回り道をする余裕も、待ってる時間も無い。となれば、仕方ないわね」
「え、何する気なの」
真季那は鞄を肩にかけ両手を自由にすると、その両手で人美を横に倒して持ち上げた。要するにお姫様抱っこである。
「ちょっマキ何やってんの!?」
「こうするのが一番速いのよ」
「待って嫌な予感がああああああ!!」
人美を横抱きにした真季那は、脚部の動力を上限ギリギリまで解放し、信号や周囲の建物を軽々と飛び越えた。一瞬だけ重力から解き放たれた人美は体と命を落とさないように全力で真季那にしがみつきながら、屋根から屋根へと高速で流れる朝の景色を眺めていた。
* * *
「はぁぁ~……一発で目が覚めたよ」
「高い所そんなに苦手だったかしら」
「苦手じゃなくても高度20メートルの大ジャンプは怖いよ!まあマキはうっかり落としたりしないだろうけどさ……」
真季那のおかげで無事に遅刻する事なく学校に到着した人美は、ふらふらした足どりで席に着いた。対して真季那は高跳び世界チャンプもびっくりな高さまで跳躍していたにもかかわらずいたって普通に歩いている。
と、そこで新たに遅刻ギリギリの者が教室にやって来た。ドアからではなく、一瞬でそこに現れた。
「ま、間に合ったー!」
1秒前まで誰もいなかった場所に
「おはよー2人とも。ギリギリだねぇ」
「今日が始業式ってのを忘れてて昨日は夜遅くまで呪いの勉強してて……」
「しっかりしないとソラっち。いつまでもサキが起こしに来てくれるわけじゃないんだし」
「その通りすぎて俺には何も言い返せん……いつも悪いな、才輝乃」
「わ、私は全然いいよ!……その、空君がいいなら私はずっと起こしに行くから……」
頬を赤らめながらごにょごにょと言った後半部分を空は聞き取れなかったようだが、何を察したか人美は一人でニヤニヤしていた。
「まあ人美も今日は遅刻寸前だったのだし、人の事は言えないわよ?」
「うぐっ……以後気を付けまする」
いつかしたようなやりとりを繰り返す人美だったが、もう
世界が終わりかけている事。人美の魂が危険な状態にある事。それらの事実を神様から聞かされた人美だったが、最後の別れ際には『何とかしてみせる』という力強い言葉を貰った。だからだろうか。彼女には特別心配するような事は無かった。周りにはいつもの友人たちがいるのだし、何かあっても何とかなるだろう。きっとこれからも起こるであろう不思議な出来事も、彼女たちにとってはありふれた日常なのだから。
「席に着けー、ホームルーム始めるぞー」
やがて教室に先生がやって来て、いつも通りの朝が始まる。
と、思ったのだが……
「高校1年も終わるというこの時期に、なんと転入生が来ることになった」
担任教師のその一言で、クラスはざわついた。残すところあと3ヶ月で一年生が終わるというのに転校生が来るのだ。誰だって不思議に思うし、人美たちも同じく驚いていた。
やがて先生がクラスのざわめきを治め、当の転入生に入って来るよう促した。
「あー!!」
その姿を見て、人美は思わず大声を上げてしまった。まるで漫画のようなテンプレ反応だが、彼女にとってはそんな些細な事を気にする段階じゃなかった。
ゆっくりと教卓に近づく転入生は女性。制服の上からあまりに不釣り合いなウエディングベールを全身に巻き付けたような服装。腰まで届く長い髪がとある死神と同じ真っ白なのは、『彼女』も同格の存在だからか。そしてクラスメイトへと向けられるその瞳には、あらゆる景色を覗いているかのような無数の色が瞬いている。
「アルマと申します。これから2年間と少し、よろしくお願いします」
初めて聞いた名だが、人美がその姿を見紛うはずがなかった。彼女は間違いなく、
「魂の神様じゃん……」
大声を出した人美と不思議な転入生を交互に見て首をかしげる何も知らないクラスメイトたちをよそに、アルマと名乗った魂の神は人美を見てにこっと笑った。あの時には見せなかった、ごく普通の女子高校生のような笑みだった。
「……私の魂に関しても『何とかする』とは言ってたけど、こういう事……?」
「近くにいた方が、魂の調整には都合がいいですから」
これからも起こるであろう不思議な出来事も、彼女たちにとっては等身大の日常である。それは、必ずしも予想通りにはいかないものだ。
それこそが、儚くも尊い日常なのだから。
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