第121話 神には分からないもの

「上手くいったみてぇだな」

「……『死の神』ですか」

「今はエンデっつー名前があんだよ。そっちで呼んでくれ」


 魂の神が人美の魂に見せていた真っ白な空間とはまた別の、魂の神のためにある彼女だけの場所。色とりどりの光が蛍のように漂っている幻想的な空間。そこに来訪者があった。死を司る神、エンデだ。


「いつもなら会議に必ずいるオマエが無断欠席してるし、会議中にヒトミの声が聞こえて来るし、さすがのオレも驚いたぜ全く」


 見えない椅子に座るように、何もない空間に腰を下ろしあぐらをかくエンデは、腰まで伸びる長い白髪を揺らしながら魂の神の顔を覗き込んだ。


「まさかオマエが、こっそりヒトミの魂を回収してたなんてな」

「どのみち、彼女の魂を調べようと決まったら神々に回収されるのですから、先に手を打っただけですよ。最悪の場合は彼女の魂に夢を見せ続けたまま、どこかへ隠してしまおうとも考えましたし」

「結局その『魂に見せる夢』とやらもアイツ自身の意思で突破されちまって、魂の神としては立つ瀬がねぇんじゃねえか?」

「気にしている事をはっきりと言わないでいただきたいですね」


 魂の神はジト目でねめつけるが、空中であぐらをかいたままのエンデはにへっと笑うだけでちっとも反省していない。


「あなたもあなたで、何か手を打っていたのでしょう?私が動かなかったとしても、あの世界を守るために」

「まーな。死を司る神としては、頭でっかちな神共を片っ端から殺して回るっつー手段も考えてたんだがな」

「金輪際絶対に実行しないでください。神界戦争ラグナロクでも引き起こしたいのですかあなたは」

「ハハ、冗談だっつの。さすがのオレでもそこまではしねぇよ」

「あなたの場合は冗談になってないのですよ。人間の片手でも数え切れるほど少ない、神を殺せる神なんですから」


 こういうのを人間は『心臓に悪い』と言うのだろう。魂の神は笑いながら神を殺すなどという冗談を飛ばすエンデにため息しか出なかった。


「まあでも、そこなんだよな。オレが天界よりあの世界が好きなのは」

「どういう事ですか?」

「だって天界の神共ときたら、オレが神をも殺せるからってやたらとビクビクしてんじゃねぇか。不愉快だし張り合いねぇんだよ」


 空中に座るだけでなく逆さまに浮かびながら、エンデは先ほどとは一転して楽しそうな口調で続けた。


「その点あの世界は面白れぇ。ヒトミやアヤメたちはオレが死神だって知っても怖がるどころか興味深そうに接して来るしな」

「特異存在の多いあの世界は暮らしてて退屈しないでしょうね。まあそもそも、神が人間界に降りるなんて事自体が異例なのですが」

「んなこと言って、少し前に『祈りの神』も降りたんだろ?」

「ええ。祈りの十字架を人間の少女に渡したと言っていましたね。結局それも、ヒトミさんの魂を傷付ける要因の一つとなってしまった訳ですが」

「細けぇことはイイじゃねぇか。十字架を持ってるイノリも悪用どころかお手本のような善行を積むニンゲンになってるし」


 金の十字架をいつも下げて人美の事を想う少女は、神々に噂されてくしゃみでも出ているだろう。


「んで話戻すが、オレが聞きてぇのはヒトミの魂の話だ。世界の歪みについては、神々が一丸となって対処するっつー事でまとまってたが、アイツの魂の傷はどうすんだ。アイツが望むからあの世界に返したみてぇだが、あのままだと壊れちまうんだろ?」

「そうですね。魂にできた傷は簡単には癒えません。ですが、傷の侵攻を抑え込む、上手くいけば止められる方法なら心当たりがあります。いえ、今あなたと話していて浮かんだ、と言うのが正しいですが。しかも実例のない憶測でしかありません」

「へぇー。そりゃどうすんだ?」


 魂の神が考えた、人美の魂が壊れないまま日常生活を送らせる方法。それを聞いて、エンデは思わずといった風に笑みを浮かべた。


「ハハッ、ヒトミのためにそこまでするか。オマエも面白れぇな」

「今回の件についての落ち度は全て神側にあります。なので私は彼女の魂を守るために、手を尽くすのが道理であり、せめてもの償いでしょう」


 魂の神自身、人美と話していて感じたのだ。彼女がありふれた日々の生活をどれだけ大事に思っているかを。

 たった一人の人間の思いは神の心をも動かしてしまう。そこがニンゲンの面白い所だ、とエンデは笑った。


「そーか。ま、オレは応援してるぜ。他の神が文句言って来たら適当に脅して黙らせといてやるよ。オレとオマエの仲だしな」

「そんな事をしているから、『やたらとビクビク』されるんですよ」

「違いねぇな。ハハッ」


 死神が笑う、という表現は人間にとっては不吉な事に思えるかもしれないが、少なくとも今のエンデは純粋に可笑しくて笑ってるだけだった。そんな人間臭い仕草をするようになったのも、彼女が神の中でも特に人間が好きだからだろう。

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