第120話 願い

「実を言うと、世界の崩壊または消去を止める方法が一つだけあります」

「えっ!本当!?」

「はい。本当は実行に移した所で成功するか分からない策なのですが、あなたの想いを知った今なら、やってみようと思えました」


 人美ひとみはただ聞かれた答えを返しただけなのだが、魂の神にとっては別の意味があったのだろう。人美が幸せに暮らせる世界を守るために、彼女はとある作戦を立案した。


「あなたの友人である異常存在……いえ、特異存在を取り除くでもなく、世界を犠牲にするでもない、一番穏便で平和な解決法があるのです」

「それは……?」

「神々が行っている会議を中断させて、世界の消去を止めます」


 話し合いによる説得。本来なら真っ先に浮かぶはずの案を、生命の魂を司る神は一人の人間の少女に向けて告げた。


「神々に教えてあげるのです。この世界に住む人間がどれだけ今の生活を守りたいと思っているのかを。あなたの声を届かせれば、神々は踏みとどまってくれる、はずです」

「はずって……まあそうだよね。気持ちを込めて話し合ったって、完全に丸く収まるとは限らないもんね」

「この世界を管理するあらゆる神が力を合わせて事に当たれば、歪みを抑え込む方法が見つかるはず。先延ばしに思えるでしょうが、本来神に出来ない事など無いはずなのです。とても長い年月が過ぎ、今はこの有様ですが」


 今はそれぞれ司る役割を分けているが、本来の『神』とは人間の知る神と同じく万能である存在なのだ。全ての神が今一度力を合わせれば、そこに不可能など無い。


「じゃあ私が神様たちに説得すればいいって事だよね。そんな大役、私に務まるかな……」

「ありのままの気持ちを伝えればいいのです。私以外の神だって、全員が全員、世界の消去に賛成しているわけでは無いはずですし」

「……うん。頑張ってみる」

「では、いきますよ」


 魂の神が手を掲げると、真っ白な空間に穴が生じた。その奥に広がる景色は、神秘的であり不気味でもある。言葉では言い表せないような不思議な空間だった。


「この向こうに、神様がいっぱいいるんだ……」


 目の前にいる魂の神のような、人の形をした者の姿は見えない。だが、その穴の奥からは、確かな存在感で溢れていた。

 人美は大きく深呼吸をして、その穴を真正面から見つめた。何の比喩でもなく、自分の言葉ひとつに世界の命運がかかっている。その事実を認識するたびに声が震えそうだが、ここで怯えちゃ駄目だ。喝を入れるように頬を叩き、人美はいよいよ口を開いた。


「私は―――」


 そして伝えた。

 ごく普通のありふれた、誰にでも言えてしまうそうな日々の幸せを。


 等身大の、人の願いを。





     *     *     *





 目を覚ますと、そこは見慣れた自室の天井。仰向けに横たわるベッドも、身を包むパジャマも、全ていつも通り。


 ふと首を傾けると、横たわる自分を囲む友人たちと妹の姿があった。ほっとしたように息を吐いたり、呆れたようにため息をついたり、目尻に涙を浮かべたり。それぞれが違う顔を見せながらも、皆彼女の目覚めを待っていた。


 彼女はゆっくりと起き上がり、それから皆の顔を見て、いつも通りのひとことを告げる。満面に明るい笑みをたたえて。


「おはよ、みんな」


 人美は、目を覚ました。

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