第119話 等身大のしあわせ

「世界の、終わり……」


 いくら復唱しても現実味のなさすぎる言葉だ。丁寧な説明のおかげで理解はできたものの、未だ心は話を受け付けていなかった。それでもどうにか話を吞み込もうと、口に出して整理する。


「えっとつまり、マキやサキたちが近くにいるせいで世界が壊れかけてるって事で合ってる?」

「はい。このまま傷の広がりが進んでしまったら、数年と持たず世界は崩壊するでしょう」

「うっそぉー……そんなに?」


 あと少しで世界が終わりますだなんて言われても、自分にはどうしようもないからかあまり慌てたりはしなかった。むしろ現実味が無い余り画面の向こうで起こった出来事のように、どこか他人事のように思えてしまう。


「神様ならどうにかできないの?歪みを正すとか傷を治すとかしてさ、世界の終わりを防げないの?」

「先ほども言いました通り、異常存在が世界に居る限り歪みや傷は発生し続けます。存在そのものを取り去れば発生も止まりますが、その余波で新たな傷を作りかねない」


 存在を取り去る。それはすなわち、真季那まきなたちをこの世界から消すという事だろうか。人美ひとみはその言葉を聞いただけで背筋が凍る思いだった。


「あなた方の住む地球だけでもあれだけの異常存在がいるのですから。それらが一遍に取り払われた場合の余波は計り知れません。歪ながらも均衡を保っていた法則は崩壊し、原初の混沌と化すでしょう」

「よく分かんないけど、要するに手が出せないって訳ね。神様って言っても大したこと無いじゃん」


 友人たちの事を問題児呼ばわりするような言い様にちょっとムッとした人美は棘のある評価を下す。だが魂の神は、反論するどころか肯定するように目を伏せた。


「全くですよ。それぞれ役割を与えられた神々も一つの世界が終わると分かって緊急会議を開いていますが、これも今まで後回しにしていたツケです。本来ならば生きとし生ける全ての生命に豊かな環境を作ってあげるのが、本来の『神』という存在であるはずなのに」

「……神様も大変なんだね」


 表情が変わらずともほんの少しだけ悲しそうなオーラを放つ魂の神に、思わず同情の言葉をかける人美。椅子に座り直しながら、ふと思い出したように言う。


「そう言えば神様さ、さっき私の魂が傷付いてるとか言ってたじゃん。あれの話まだしてなくない?」

「ああ、そう言えばそうでしたね。失礼しました」


 世界が終わりそうなのは分かった。だがそれと人美の魂云々がどう関係しているのか。むしろ人美的にはそれこそが本題だった。


「再三にわたり言いますが、異常存在はその場にいるだけで周囲に『歪み』を引き起こします。そしてそれは世界に対してだけではなく周囲の魂に対しても、歪みは発生します。要するに、近くにいるだけで魂が傷付いて行くのです」

「近くにいるだけで……一緒に遊んだり、隣にいるだけでも?」

「はい。現にあなたの魂は危ない所まで傷付いています。周囲にあれだけの異常存在がいるのですから、当然と言えば当然です。むしろ今まで魂として正常な状態を保っているだけでも奇跡のようなもの」


 そこで一度言葉を区切って、魂の神はわずかに顔を引き締めた。


「そして神々は、そこに目を付けたのです」

「……へ?私の魂が、神様たちに?」

「はい。あなたの住む世界の終わりはもはや秒読みで、おそらく止められない。ならば再発防止に努めようと神々が方針を変えた所で、あなたの魂を見つけた。数多の異常存在と共に日常生活を送りながら、他の魂と比べてもはるかに損傷の少ないあなたの魂を」


 神に目を付けられる。それが喜ばしい事なのか恐ろしい事なのか、人美には考えもつかない。というか考えたくもなかった。


「率直に言って神々はあなたの魂に興味があるのです。その扱いをどうするか、今会議をしているのですよ」

「うへぇなにそれ……いい気分じゃないね」

「と言っても会議ももうすぐ終わり、世界の消去を始めるでしょう。あなたの魂だけ回収してから」

「おいさらっとトンデモナイ事言わなかった?世界の消去って何!?」

「文字通り、全てを無に帰すのです。どう足掻いても崩壊する運命の世界ですから。どうしようもない事はどうしようもないと諦めるような存在なんです、神というものは」


 壊れるのを待つなら自分達の手で消す。それが神のやり方なのだろう。ここ以外にも『世界』はいくらでもあり、その一つが無くなるのは『惜しかった』程度にしか考えずに。


「どうしようも無いの?私は世界が壊れちゃうのを呑気に眺めながら、神様に魂を奪われてお終いなの?」

「どうしようも無いのです。私には……」

「本当の本当に?」

「…………」


 食い下がるような人美の問いには答えず、魂の神は目を閉じた。そして数秒して目を開く。そこには、先ほどまでとは違う光が宿っているように見えた。


「あなたは今、しあわせですか?」

「…………え?」

「どうか答えてください。あなたは今の生活に幸せを感じていますか?」

「そりゃあ……もちろん」


 やけに真剣みを帯びる神の言葉に、人美も真面目に応えた。


「将来の事とか成績の事とか、世界の運命を聞いた今だとちっぽけな事に感じる悩みもあるけど、友達と一緒に過ごす普通の毎日は楽しい。幸せだよ」

「周りにはたくさんの異常存在がいて、それでもあなたはただの人間で。自分に出来ない事が周りの人たちには当たり前に出来ていて。そんな環境でも苦しくないのですか?」

「苦しいとかあるわけないじゃん。もしかしてさっきのマキたちが普通の高校生になってた夢、あなたがそう考えて私に見せてたの?」


 静かにうなずく魂の神を見て、人美は大きなため息をついた。


「分かってないねぇ神様。確かに私みたいな普通の人間を基準にすればマキたちは異常なのかもしれないけどさ、友人としての私にとってはマキたちはちょっと特別で特殊なだけだよ。だからさっきから言ってる『異常存在』って言い方もヤメテ。いい?」


 びしっと神を指さして人美は、人の身から見た彼女の『世界』を告げた。


「つまりね、私は幸せだよ。大金持ちでも超天才でもないけど、きっと今の生活が私の身の丈に合ってる幸せなんだよ」

「……そうですか、分かりました。それがあなたの答えなのですね」


 魂の神は小さく、本当に小さく笑った。聞きたかった答えを聞けたような、安堵の表情を浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る