第118話 話される真実

 魂の神。

 数多のウェディングベールを全身に巻き付けたような細身の女性は、パジャマ姿の人美ひとみに対してそう名乗った。無数の色が瞬いている瞳を見ていると意識が吸い込まれそうになり、人美は慌てて直視を避ける。


「神様……?じゃあこの真っ白空間もあなたが作ったって事?」

「厳密にはあなたの魂を確保したうえで直接見せている映像のようなものですが。私が原因であるという点においては間違いではありません」


 やけに仰々しいというか、いやに丁寧な口調だ。人美は友達に死神がいるので、神というものが全て人間を見下すような態度を取っているわけじゃないというのは何となく知っていた。だが彼女は、丁寧すぎて逆に怖い。


「とっ、とにかく神様さ、何で私を呼んだのか教えてくれない?私神様に怒られるような事何もしてないと思うけど」


 たまに先生に呼び出されて指導を受けている人美にとって偉い人に呼び出されるイコール悪い事を咎められる事であり、今回もそんな気がしていた。だが魂の神はそんな残念な思考に対して何も言及する事なく、静かにかぶりを振った。


「あなたに失態があった訳ではありません。むしろ真逆と言えましょう。あなたの身に危険が迫っていた所だったのです」

「私の身に危険が?」

「はい。それは私たち神々にしか観測できない危険であり、そしてそこから救えるのは私だけでした。なので勝手ながら、こうして処置をほどこしている訳なのです」

「ちょいまち神様。順を追って説明してくれない?」


 淡々と話を進めていこうとする魂の神に待ったをかける人美。神にしか分からない危険だの処置をほどこしただの言われても全くピンと来ていないのだ。人美としてはひとつひとつゆっくり説明してほしかった。


「分かりました。ではまず、あなたに迫っていた危険についてお話します」

「お願いします」

「その前に……立ち話には少々長いでしょうし、どうぞおかけください」

「あっ、どうも……」


 いつの間にか二人の背後に豪勢な椅子が出現していた。ここが魂の神が見せている幻だからか、彼女の意思で何でも生み出せてしまうようだ。神様が出してくれた椅子は今まで座って来た椅子の中で一番座り心地が良かった。


「それでは話を続けますが、あなたの魂はかなり消耗しているのです。とても危ない所まで」

「私の魂が疲れてるって事?ストレスとか別に無かったけど」

「そういう問題でもないのですよ。それに疲れているというよりは『傷ついている』と言う方が適切かもしれない状態なんです。そして傷と言うだけあって、これには外的要因が存在します」


 あらゆる光が小さなガラス玉の中で乱反射しているような、無数の色が瞬く瞳でじっと真正面の人美を見つめながら、魂を司る神は言う。


「世界に本来散らばっているはずの異常存在たちが集まった事によって、世界へ歪みが生じているのです。それはあなたにも思い当たる節が山ほどあると思います」

「思い当たるって言ってもねぇ」

「あなたの周りにいる少年少女たちの事ですよ」


 悩む人美へ、魂の神はきっぱりと答えた。そしてそう言われた人美はすぐにピンと来た。この神が言っている少年少女とは、恐らく人美の友人たちの事だ。


「それってもしかしてマキ達のこと?」

「はい。超技術、超能力、呪術、魔法、その他にもたくさん。あなたの周りにはたくさんの異常存在がいるでしょう?言ってしまえばそれらが原因なのです」

「原因って……みんな友達だしみんな良い子だよ。私の魂をどうこうするはずないじゃん!」


 何もしてない友人を犯人呼ばわりされているようで良い気がしなかった人美だが、それについては魂の神も優しく否定してくれた。


「もちろん、彼女らが意図的に行った事ではありません。これはある意味『偶然』起こった事なのですから」

「偶然……?」

「先ほども言ったように、この世界の科学水準を遥かに超えた超技術のロボットから異世界からやってきた魔王まで、あなたの周りには様々な異常存在がいるでしょう。それらが存在している事自体は決して悪い事ではありません。世界のどこかには超能力者だってたくさんいますし、魔王や勇者と呼ばれる存在は他の世界でも確認されています」

「まあ、マオー先輩とかも実際に異世界から来たって言うしね。それで?」

「そこで問題点なのですが、それら異常存在があまりに近すぎる場所に存在している事です」


 魂の神は右手を軽くかかげた。するとそこに、バスケットボールぐらいの大きさの球体が音もなく現れた。


「これを『世界』だとしましょう。国や地球などの話では無く、太陽系や銀河や宇宙、その外側までひっくるめての『世界』の縮図です」

「ふむふむ」

「超能力者や魔法使いなどの異常存在は、そこに存在するだけで世界にちょっとした歪みを生み出してしまいます。世界の法則を歪めて力を行使しているのですから、想像に難くないと思います。この歪みは生まれつき背負わされた宿命みたいなものなので、いわゆる『しょうがない』というやつです。彼らは何も悪くありません」


『世界』の縮図たる球体に、数本の針が刺さった。これは魂の神が言う『歪み』を表しているのだろう。


「もっとも、こんな歪みは些細な問題なのです。人間基準で見ると世界は途方もなく広いですから、そこに点々と異常存在がいたぐらいでは支障はありません」


 模型には新たに数本の針が追加される。彼女が些細な問題と言った通り、模型はびくともしない。その光景と説明を、人美は黙って聞いている。


「広い板の様々な箇所に小さな傷があるだけでは板は壊れないのと同じです。しかし小さな傷、小さな歪みでも、それが狭い狭い一か所に集まると―――」


 模型のある一か所に、20本を超える針が一気に刺さった。針の大きさもさっきまでと同じだが、それが同じ場所に集まっていると太く大きな刃に見えて来る。そしてその針は、ずぶずぶとバスケットボールサイズの模型に刺さっていき……


「それは致命的な断裂となって、板を破壊します」


 バキィン!!と、甲高い音を立てて、模型が砕け散った。世界の模型が、壊れた。


「今の話を要約すると、世界に極小の歪みを生む異常存在が一か所に集まっていると世界そのものに再生不能な傷が発生し、やがて破断してしまうというお話です。つまり」


 魂の神は言葉を強調するように一度区切り、人美を真っ直ぐ見据えた。


「世界が終わるという話です」

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