第117話 解決の糸口はとても小さく

 人美ひとみが眠ったっきり目を覚まさないのは神の仕業である。いきなりそんな事を言われて、本日何度目かも分からない混乱が皆を襲った。


「ちょっと待てしょう、それはあまりにも詰みすぎてないか」


 神の仕業であると結論を出した天使の少年、翔へさっそく抗議の声を上げたそら


「お前がいる時点で今更神の存在とかは疑ってないし、もう何でとかどうやってとかを論じる相手でもないだろうけどさ……」

「まあ、空の言いたい事は分かる。ぶっちゃけどうしろって話だよな」


 当の天使もそれは分かっているのか、お手上げとでもいう風に両手を軽く上げた。


「俺たち天使でも神が普段なにしてるかも分からねぇ。人間よか近いっつっても、結局神ってのはそんなモンなんだ」

「つまり、あなたにも『神がやった事』という事実以外は何も分からない、対処もできないって事かしら?」

「ハッキリ言うなぁ真季那まきな。まあその通りなんだがよ」


 才輝乃さきのはそのやり取りを聞きながら、胸の前でぎゅっと両手を握って声を絞り出した。


「それでも、だからって何もしない訳にはいかないよ」

「ああ、才輝乃の言う通りだな。何か手は無いのか?どうにかして神と連絡を取る手段とか……」


 頼みの綱はこの中で唯一の天界出身者である翔。しかし彼は空の問いに対しても申し訳なさそうにかぶりを振った。


「そいつはちっと厳しいな。天使の方から神に会いに行くなんて、神以前に上の天使から止められる」

「そうなんだ……。やっぱり簡単にはいかないよね……」

「そもそも神なんてスケールの違う話だもんなぁ」


 一歩ずつ進展したかに思えたが、結局一歩進んだだけで手詰まり。ここから先は打つ手なしに思えた、そんな時だった。


「……いるじゃない、神」


 ふと、思い出した蚊のように真季那が呟いた。


「いるって、神が?どこに」

「エンデよ。あの子、確か死神じゃなかったかしら」

「あっ……!!」


 そう言われて、全員がハッと声を漏らした。

 死神エンデ。隣の1年2組に在籍している少女である。


「そうだ、アイツも確か『悪しき魂』を刈るのが仕事とか言ってたし、魂の神には及ばねぇが人間の魂についてそれなりに詳しいはずだ!」

「それにエンデちゃんも神様なんだし、魂の神様にかけあってくれるかも!」

「灯台下暗しだな。思いもよらない所に解決策があるなんて」


 一気に見えて来た希望に、一同は喜びを隠せない。よく分からないが何とかなりそうな方向に向かって来ている事は分かる糸美いとみも、ホッと安堵のため息をついた。


「電話に出ないわ」


 しかし、真季那の一言がそんな希望に満ちたムードを一瞬で斬り割いた。


「えぇ……こんな時に限って昼寝か?俺じゃあるまいし」

「空君だって電話かけたくらいじゃ起きないでしょ」

「まあそれはそうなんだが」

「しょうがない、彩芽あやめの方にかけるわ」


 家も金もないまま人間界に来たエンデは現在同級生の美菜央みなお彩芽と同居していると聞く。ならばそちらの携帯か自宅の固定電話にでもかけたらエンデに変わってくれるかもしれない。彼女が家にいればの話だが。そしてまたしても、現実は思い通りにいかないようだ。


『エンデさんですか?今は家にいませんですよ。伝言なら伝えておきますけど』

「いえ、ちょっと彼女に急ぎの用事があって、来て欲しかったの。携帯も繋がらなかったのだけど、どのくらいで帰って来るとか分かるかしら」

『すみませんが、帰りの時間はちょっと分かりませんです。いつ帰るかも伝えずに慌てて飛び出すものですから、私としてもすごく困ってるんですよまったく』


 電話越しの彩芽の声に混じって何か聞こえると思ったら、鍋で何かを煮ている音だ。どうやら彼女は料理中らしい。いつ帰って来るか分からないから晩ご飯が冷めてしまう、と愚痴をこぼす彼女は殺し屋のはずだが、まるで主婦のようだ。


『それはそうと、先ほど携帯が繋がらないと言ってましたよね。それ、多分もうしばらく繋がらないと思いますですよ』

「え?あの子、電波の届かない山奥にでも籠っているの?」

『いえそうではなくてですね。エンデさん、いま天界にいるそうなので』

「天界……!?」


 その言葉を聞いて、いつもならば死神が里帰りしているだけにも思える。だが今は事情が違った。真季那たちは今まさに、その天界に住まう神々に話があるのだから。スピーカーモードにしていた真季那から直接聞こえて来る彩芽の言葉を聞いて、翔の顔が僅かに険しくなった。


「天界に行ったって、このタイミングで……?偶然とは思えねぇな」

『おや、翔さんもそちらにいるのですか。もしかして私お邪魔だったでしょうか?何ならいますぐ通話切りますですよ』

「変な配慮はいらないわよ……そもそも私がかけたのだし。それより彩芽、エンデが何で天界に行ったのか分かるかしら」

『ええ、たしか他の神様に急に呼び出されたとか何とかぼやいてましたね。会議があるみたいです』

「会議……クソ、嫌な予感しかしねぇ……!!」

『神様にも会議ってあるんですね。サラリーマンみたいです』


 こちらの事情を全く知らない彩芽はそんな場違いな感想を述べる。対して翔の顔はさらに険しくなっていた。


「もう聞くまでも無く嫌なお知らせだと分かるのだけれど聞くわ。何か心当たりがあるみたいね、翔」


 結局エンデとは連絡がつかないまま彩芽との電話を終え、そして事態は何もできない振り出しに戻った。


「ああ……だいぶ昔に大天使のセンパイからちょろっと聞いた事があんだよ。全ての神を集めて会議が開かれる時は、大抵良くない事が起きるってな」

「良くない事……?」

「人間界にいる俺たちからすりゃあ良くない事って意味だ。それが人美の魂が抜かれたのとどう関係するのかまでは分からねぇが、どうであれ不安しかねぇよ」


 魂を引き抜かれた人美は目を覚まさず、元凶である神は良くない事のサインである会議を開いているらしい。もはや状況の理解すらできないまま、地上に生きる少年少女は途方もない現実に太刀打ちできないでいた。

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