喪失のセカイ少女 編

第115話 ずっと眠った少女

『大変です真季那まきなさん!お姉ぇが目を覚まさないんです!!』


 年越しに向けて研究所を掃除していた真季那を呼び出したのは、昼過ぎの事。らしくもない焦った声で電話する糸美いとみの声だった。姉の人美ひとみがいつまでたっても目を覚まさないと言う彼女の声は切羽詰まっていた。


 人美の悪ふざけではと一瞬思った真季那だったが、人をいたずらに不安にさせるような事はしないだろうと考えを改めた。ましてや人美は妹の糸美が大好きだ。その糸美が今までにないくらい焦って真季那に電話したのを知ると、きっと悪ふざけを止めて音速の土下座を披露しながら泣いて謝るに違いない。


 兎にも角にもただ事ではなさそうなので、真季那は背中からジェットブースターを展開し、1分もかけずに人美宅へ急行した。


 糸美によると両親は朝から仕事に出ており、この事はまだ知らせていないようだ。両親に心配をかけたくないのだろうが、糸美は真季那ならどうにかしてくれると信じているのだろう。でなければ両親でも救急車でもなく真季那へ一番に連絡を寄越すはずがない。


「ただ寝てるだけだと思って10時くらいまで放っておいたんですけど、どれだけ呼んでも起きないんです……」


 糸美は真季那を人美の部屋へ案内する。当の人美は、壁のそばにあるベッドの上で横になって目を閉じていた。その胸はゆっくりと上下しており、かすかに寝息も聞こえてくる。


「寝ているだけにしか見えないけれど……違うのよね」

「はい。頬を引っ叩いたり耳元でお経を垂れ流したり足の裏に足つぼマッサージマットを押し付けたしりしても全く反応しないんです」

「なかなかえげつない事してるわね」


 しかしそれでも起きないと言うのなら、やはりただ事ではない。人美はスリープモードに入った機械ではないので、1回でも引っ叩けば目を覚ますはずだ。

 真季那は人美のそばにしゃがみ、その腕を掴む。脈拍や体温を見るに、取りあえず命に別条はなさそうだ。むしろ状態だけ見れば、普通の人間の睡眠状態に限りなくそっくりなのである。病院丸ごと一つ分と同等の検査能力を備える真季那がそう断言するのだから間違い無い。


「となると、これはもしかして……」

「何か分かりましたか……?」

「ほとんど分からないけれど、ひとつある可能性に思い至ったわ。半歩だけ前進したと言った所かしら」


 眠り続ける人美を一通り調べた真季那は、立ち上がって申し訳なさそうな顔で糸美を見た。喋りながらどこかへメッセージを飛ばしているのか、その両目の奥からチカチカと瞬く光がこぼれていた。


「残念だけど今の人美は、私には手に負えない。だから助っ人を呼ぶわ」





     *     *     *





 真季那の連絡からわずか7秒。人美の部屋に2つの人影がいきなり現れた。見慣れていない糸美は驚いていたが、現れた人物の一人が超能力者だと知っている真季那はこの現象にこれといった反応は示さなかった。


 科学力の結晶たる真季那でさえ、人美の昏睡の原因は判別できなかった。ならばそれは科学の枠を超えた『超常的な何か』が絡んでるのでは、と考えたのだ。


 そんな真季那が呼んだのは、皆超みなこえ才輝乃さきの殿炉異とのろいそら

 生まれつきの超能力者と、独学で技を覚えた呪術使い。それぞれ異なった経緯で身に着けた『超常的な力』を持つ者だ。


「急に呼び出して御免なさいね二人とも」

「ううん、人美ちゃんが大変な事になってるんだもん。のんびり過ごしてられないよ」

「俺もタイミングよく起きてたし問題ない」


 常に眠そうなせいで表情の変化に乏しい空だが、いつも通りに見えて彼も人美を心配しているのだろう。才輝乃のテレポートによって部屋に入ると、すぐさま懐から呪いのお札を取り出して人美の額に乗せた。呪いのお札は熱さまシートのように人美の額にぴったりと貼り付いた。


「……反応無し。とりあえず誰かに呪われて眠り続けてる訳ではなさそうだ」


 額のお札を剝がしながら空は言う。彼が今貼ったのは、他の呪いを全て打ち消す効果を持つお札。もし仮に他の呪術使いが人美に呪いをかけたのだとしたら、今のでその呪いは消滅したはずだ。しかし人美は目を覚まさない。つまり原因は、呪術ではないという事になる。


「呪術じゃないとなると俺には専門外だ。才輝乃は何か分かったか?」

「超能力に似た力に汚染されてないか調べてるんだけど、今のところは何も出てこないね……」

「原因が分からないと、さすがの才輝乃でも治せないよなぁ」


 昏睡の原因は、おそらく科学的な枠を超えた超常的な何かである事。そして呪術でも超能力でもない事。今分かっているのはそれだけだ。消去法でしか原因を探ることが出来ない現状に歯がゆい思いの一同。


「駄目だな……」

「空君?」


 やがて進展無しと判断すると、空は観念したようにスマホを取り出した。


「科学じゃない超常的な力が関係していて、なおかつ俺たちには打つ手が無い。なら新たな助っ人を呼ぶしかない。それももっと強い、高位のチカラを持つ奴に」


 超能力や呪術はそもそも力の種類が違うので、本来はその力に上下など付けられない。しかし空は、彼の知る中で力の質で言えば確実に上をいく存在を一人だけ知っていた。


「人間にどうにか出来ないのなら、天使にでも頼ろう」


 天使の力。

 ひとたび聞くだけで分かる、高位の超常的な力だ。

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