第112話 いつもの放課後……?

 校長先生の長い話を聞いている始業式の間も、人美ひとみはまだぼんやりと考えごとをしていた。今朝から感じる違和感の正体が分からないのだ。


 しかし考えてみればみるほど、友人がロボットだの超能力者だのになるなんて、夢としか言い様の無い非現実的な話だ。


「もしかして私、作家の才能ある……?」


 しまいにはこんな結論に辿り着いてしまうほどに、普段使わない頭を使い過ぎていた。


 もやもやした気分のまま時間が過ぎていき、始業式や帰りのホームルームも終わった。学期始めの日は授業がないのでこれから放課後だ。結局先生の話も考え事をして聞き流してしまっていた人美は、教室を出ていくクラスメイトたちのざわめきに混ざる友人の声を聞いて、ふと我に返った。


「それでは人美さん、お先に失礼しますね」

「あ、ああうん、お疲れイノリん」


 帰り支度をしている人美へ行儀の良い挨拶をした徒神とこう一愛いのりは、今日もボランティア活動があるのか早めに教室を出ようとしていた。そんな彼女にも、人美は違和感のようなものを感じた。


「ねえイノリん。今日は十字架下げてないの?」

「十字架、ですか?」

「いつも首から下げてなかったっけ。金色の十字架」

「いえ……すみませんが覚えは無いですね」

「あれぇー、そっかぁ」


 何故だか分からないが、彼女は十字架のネックレスを肌身離さず持ち歩いていた気がするのだ。今朝から真季那まきなたち友人に感じる違和感と同じ、『何かが違う』と思わせるような引っかかり。


「もしかして何かお探しですか?落し物とか」

「いやいやそんなんじゃないんだ。ゴメンね呼び止めちゃって」

「いえそんな。むしろいつでも話しかけてください。毎分でも毎秒でも」

「う、うん、毎秒は無理だけど……またねイノリん」

「はい、また明日」


 笑顔で帰路につく一愛へ手を振りながら見送る人美。

 結局違和感の正体は分からず終いだが、いちいち考えるのも面倒になってきた人美は真季那たちと寄り道をして帰る事にした。


「マキー、帰りにコンビニ寄ってかない?」

「構わないけど、明日の休み明けテストは大丈夫なの?」

「ぐはっ、忘れてた……」

「まあ休み明けテストの勉強を休みが明けた直後にやり始める時点で、もう手遅れなのだけれど」

「容赦ないね!?」


 人美の成績はいつもギリギリ。いくつかの教科に至っては追試に追試を重ねてようやく及第点を取れるレベルである。このままでは今回のテストも撃沈する運命は避けられないだろう。


「まあ今から半日猛勉強すれば、赤点は免れるかもしれないわね」

「うーん、じゃあ真っ直ぐ帰って勉強しようかなぁ……」

「ところで人美。進撃の人参の最新巻、昨日発売したらしいぞ」

「ソラっちそれホント!?やっぱそれ買ってから勉強する!」


 始業式で先生の話も聞かず熟睡したためか今朝よりも顔色の良いそらは、真面目に勉強しようとしていた人美に悪魔のささやきをかける。


「ちょっと空君、そんな事言ったら人美ちゃんがまた補習になっちゃうよ」

「今回は俺もヤバイからな。今のうちに仲間を作っておく」

「もう……」


 こっちもこっちで諦めず勉強するという選択肢を持たない空へ、呆れ顔でため息をつく才輝乃さきの


「空君は今から私と勉強会ね。夜まで寝ちゃだめだよ」

「なっ」

「人美ちゃんも漫画買うのは明日にする事。いい?」

「……はぁーい」


 おサボりムードだった人美と空の2人を無理矢理にでも勉強させようと場を仕切る才輝乃。みんなのお母さんのような存在だった。


 こうして、止む無く漫画を買わずに帰る事になった人美は、補習を避けるためにテスト勉強をする事となった。未だチクチクと感じる違和感は、心の端に居座り続けている。

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