第109話 懐かしき戦いの記憶
「オレはオマエを待ってたんだよ。小さな殺し屋、『サイレント』を」
「……っ!!」
サイレント。
それは、
そして彩芽にすれば、彼女が殺し屋としての自分を知っていて、自分が彼女の事を知らない時点で、他組織の刺客とみなして殺すには十分な理由だった。
彩芽は右手に握る銃を少女に向け、迷うことなく引き金を引いた。狙うはその白い前髪に隠れた額。一直線に放たれた弾丸は、見事少女の額のど真ん中に命中した。驚きの声を上げる暇もなく、少女の体は銃撃の勢いで後ろにのけぞる。
しかし、そのまま倒れる事は無かった。
まるでばね仕掛けの玩具のように、一度のけぞった体は元に戻るように起き上がったのだ。
「いってぇー!いきなり何すんだよ!」
「な……!?」
死んでいない。
それどころか、血の一滴も流れていない。
確かに銃弾が命中した彼女の額は、デコピンでも食らった程度に赤くなっているだけだった。
(一体どういうカラクリなんですかそれは……!)
彩芽は動揺を顔に出さないよう必死に隠しながらも再び銃を構え、立て続けに発砲した。一発で死なないのなら、死ぬまで撃てばいいだけの事。
こめかみ。眼球。首。心臓。それは人体の急所を的確にとらえた射撃だった。
しかし、またもや予想外の事態は起きる。
少女は虚空から突如として出現した漆黒の大鎌を右手に握り、その銃弾を全て弾き飛ばしてしまった。
「っとあぶねぇー」
跳弾した弾が家具や床を傷付ける中、白髪の少女は平然と大鎌を片手で持ち直した。
「……っ」
彩芽は今度こそ同様し、動きを止めてしまった。だがそれも仕方ないだろう。先ほどまで無かったはずの身の丈以上の大きな鎌が、いきなり現れたのだから。もはや暗器とかそう言う次元じゃない大きな武器を前に、彩芽は戦慄した。
「何者ですか、あなた……」
「あー、まだ自己紹介もしてなかったっけな。オレは死神だ」
「シニガミ……?ふざけてるんですか?」
「いや大真面目だっつの。信じろよ」
「空き巣が急に神を自称して、それを信じろと言うんです?」
「ああ、言うね。つーか信じてくれねぇと話が進まねぇだろ」
「話が進まない、という点では同意します。ならあなたをひっ捕らえてからゆっくりお話するですよ」
言い終わるより速く。彩芽はどこからともなく取り出した2本のナイフを死神少女めがけて投げつけた。しかし少女は避ける動作も見せぬまま、まるで立ったままスライドするように空間を移動し、ナイフを避けた。
「ポーカーフェイスで血気盛んだねぇ。んじゃ、人間には出来ねぇような芸でも見せてやんよ」
そう言いながら彼女は右手に握る大鎌の柄から手を放す。一瞬で虚空へと消える得物に視線すら向けず、死神を自称する少女は一歩踏み出した。
直後に再び投げられる彩芽のナイフ。しかしそのナイフは、ぴったりと空中で静止した。
「『距離』を殺せば、あらゆる物に手が届く」
口ずさむように言葉をこぼす死神の少女は、何も無い手元を右手でつまんでいた。まるで飛んで来たナイフを、少し離れたその場でつまんでいるかのように。
「『結合力』を殺せば、全ては形を失い崩れ去る」
少女がつまんだ指を離せば、重力に沿って落下するナイフがバラバラに崩れ、砂のように散ってしまった。
(何が起こって……!)
動揺しながらも素早く拳銃を向ける彩芽だが、その拳銃すらも形を失い、サラサラと指の隙間を零れ落ちた。
「『時間』を殺せば、万象は可逆的なものとなる」
さらに一言紡げば、先ほど死神少女が弾いた銃弾やそれによる壁の傷が消え、分子レベルでバラバラになったナイフや拳銃は形を取り戻して彩芽の手に戻った。まるでさっきまでの戦いが、全て巻き戻ったかのように。
「……っ!?」
「ご満足頂けたか?殺し屋サン」
そして、魔法のような数々の現象を呼吸するようにこなした少女は、何食わぬ顔でリビングのテーブルに座る。行儀が悪いが、今の彩芽にはそんな事を指摘する余裕は無かった。
「本当に、死神さんなんです……?」
「おう、マジのマジよ」
「……そうですか。死神……本当にそんなのがいるんですね」
殺し屋として15年生きて来ても、こんなありえない現象を目の当たりにする事は無かった。もはや信じざるを得ない彩芽だった。
「つーかよ、最初に銃弾受けて死ななかった時点で少しは信じねぇもんかね」
「いえ、思い返せば、皮膚の内側に金属を仕込んで銃撃を防いだ敵に会った事もありますですし」
「ンなゲテモノと一緒にすんな!!」
とりあえず敵意は無いようなので武器を仕舞いながら、彩芽は死神少女へ目を向ける。
「……それで、死神さんは何故ここに?私の魂でも取りに来たんです?」
「いや?罪もねぇ魂は取らねぇよ。ただ暇すぎるから人間界に来ただけだ」
「そんな雑でいいんですか、神様って」
「たまには息抜きも必要だろ?」
そうにへっと笑う死神。どうやらこの神様、本気で遊びに来ただけのようだ。
「というか今、私に罪がないって言いました?人殺しまくってますけど?」
「命奪うのが罪なんて人間が決めた法だろォが。死神的には失われた命の数とかどーでもいいんだよ。重要なのは魂の質だからな」
「……?スピリチュアルな話はよく分からないのです」
「ま、小難しい話は後でいいだろ」
腰掛けていたテーブルから飛び降り、死神少女は彩芽に向かって手を差し出した。
「つーわけで、オレはしばらく人間界で暮らすからよろしくな」
「はぁ。よろしくです」
そうして死神なんてよく分からない存在の手を握る彩芽。彼女の手は、何故だか人間と同じ温かみを感じた。
産まれてからずっと殺し屋として育てられ、あらゆる人間関係は殺しに関わるモノばかりだった。そうしてみると、ただの少女として誰かの手を握ったのは、初めての事かもしれない。
いつの日か、彼女を友達と呼べる日が来るのだろうか。
殺し屋『サイレント』としてではなく、
「あ、それと、オレ何も準備しないまま
「えぇ……」
これが、後に彩芽にとって無二の親友になる死神少女・エンデとの出会いだった。
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