第108話 一年前の出会い
ちょうど一年前のお話。
日本最強の殺し屋として裏社会で名をはせていた、
「それじゃあ美菜央ちゃん、お疲れ様」
「お疲れ様です」
家の前まで送ってくれた組織の人と挨拶をして車から降り、彩芽は走り去る送迎車を見送り、真っ暗な空を見上げた。夜はすでに更け、クリスマスを白で彩る雪を降らせていた。
「……寒いですね。温かいスープでも飲むです」
殺し屋としてどんな環境にも耐えうる訓練はしているが、寒いものは寒い。かじかむ手に息を吹きかけ、殺しを終えた少女は大して入って無かったであろう冷蔵庫の中身を思い出しながら玄関の鍵を開ける。直後、異変に気が付いた。
(電気が、点いてる……!)
彩芽は反射的にズボンのベルトに挟んでいた拳銃を引き抜き、前方へ構えた。
この歳だが、彩芽は一人暮らしだ。なので彼女より早くこの家に入るような人間はいないはずである。
そして玄関の鍵は彩芽が今開けるまで閉まっていた。となると中にいるであろう人間は別のルートから入ってきたに違いない。ならば、おのずとその人物は見えてくる。
(空き巣……いや、他組織の刺客でしょうか)
殺し屋なら他の殺し屋に狙われるなどよくある事らしい。まあ、日本最強の殺し屋の家にのこのこと侵入してくる人など今までいなかったのだが。
しかし、今まで起きなかった事とこれからも起きない事はイコールではない。家に先回りされる展開など、彩芽は幾度となくシュミレート済みだ。
(キッチンの方から音が聞こえますね……。人数は一人分。ですが伏兵が潜んでいるかもしれません。キッチンの分かりやすい音は囮……?)
思考を巡らせながらも、油断なく銃を構えて廊下を歩く。玄関からキッチンまでの道のりはそれ程遠くないが、その間に2つの部屋への扉がある。その部屋をそれぞれ用心深く確認しながら、彩芽は進んだ。
(この部屋も……この部屋にも誰もいませんね。敵はキッチンの1人だけでしょうか?)
キッチンから聞こえる音は一人分だが、音を立てていないだけでまだいるかもしれない。そう自身に言い聞かせながら、彩芽はキッチンのあるリビングへのドアからそっと中の様子をうかがう。
中にいたのは、黒いパーカーを着た人間が一人。フードをかぶっているうえに彩芽は後ろから覗く形なので顔は見えないが、背丈や体つきからして高校生くらいの少女だろう。
(やはり一人だけ……周りにも仲間はいなさそうですね)
そして彼女はなぜか冷蔵庫を漁ってる。これは刺客じゃなくて空き巣の方だったか、と彩芽は首をひねる。どちらにしろ見た目だけで敵の力を判断してはいけないというのは、彩芽自身が身を持って体現している事実だ。油断はできない。
(そういえば、空き巣は冷蔵庫の中身を見て、その家の生活の質を確かめるとか聞いた事ありますね。だとすれば幸か不幸か、今の冷蔵庫に大したものは入ってませんですよ)
彩芽は空き巣少女の背中を眺めて頭の中でそう呟きながら、彼女の両の手を見る。一生懸命に冷蔵庫の中を覗いている彼女が武器の類を持ってない事を確認し、いよいよ彩芽は突入した。
「なんだこの冷蔵庫、ほとんど空っぽじゃねえか」
空き巣の少女は冷蔵庫の中を一通り漁った後そう呟き、冷蔵庫を閉めた。
そしてその直後、背後から声が発せられる。
「両手を上げてこちらを向くのです」
「あ?」
突然声をかけられた少女は首を回して後ろを向いた。そして自分に銃口を突きつける少女、彩芽を見て顔をほころばせた。
「お、やっと帰って来たか。待ちくたびれたぜ」
「私を待ってたんですか?ずいぶん呑気な空き巣さんですね」
「おいおいオレは空き巣なんかじゃねえぜ?」
冷蔵庫の前でしゃがんでいた彼女はよっこいせと立ち上がり、彩芽に向き直る。彩芽を見据える彼女の瞳は、血のように赤かった。
「まあ、腹減ったんでちょいと漁ってたんだがな。ん?じゃあやっぱ空き巣みたいなもんか」
「どうでもいいです。大人しくお縄にかかるか、嫌ならここで死んでもいいんですよ」
「ひゃあおっかねえ。ま、それもそうだよな」
少女はそう言うと、かぶっていたフードを払った。そこから出て来たのは、白い髪。腰まで届くほど長く伸びた、あらゆる色を消し去ったような純白の髪だ。
そんな髪がフードからあふれていく中、少女は彩芽をびしっと指さして告げた。
「オレはオマエを待ってたんだよ。小さな殺し屋、『サイレント』を」
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