第107話 桃色のクリスマス

「うわー、雪降ってるよ外」


 こたつのテーブルにぐったりと身を投げ出す少女は、冷たいテーブルに頬を付けながら窓の外を眺めていた。桃色の髪が目立つ彼女の名はマジカルオルクス。いつもはツインテールにしている髪も自宅では解いて肩にかけている。今はだらしなくこたつの上に広がっているのだが。


『今年は去年に続きホワイトクリスマスとなっており、夜の商店街は大変賑わっております』


 テレビの中では、もこもこした服装のニュースキャスターがそんな事を言いながらクリスマスを楽しむ人達へインタビューしている。


「そっか、今日はクリスマスなんだっけ」


 右手でテレビのリモコンを操作しお笑い番組へチャンネルを変え、左手でエアコンのリモコンを操作し暖房の温度を上げるという、二刀流リモコン術を駆使しながら独り言ちる。彼女の『仕事』は曜日や日時にこだわらないものなので、こまめにカレンダーを確認しない限り日にちの感覚が狂ってしまうのだ。


「はふぅ……ぬくぬく最高……」


 暖房にこたつにと科学の恩恵を得るだけ得ている彼女こそ、魔法少女教会に認められた正式な魔法少女だと言って、一体どれほどの人が信じるだろうか。


「最近は『悪しき魂』も全然出ないし、楽でいいなぁ~。これがニートの気持ちかぁ」


 最近はめっきり仕事も減って自動的に自宅警備員になりつつあるマジカルオルクスは、みかんの皮をむきながらクリスマス特番のお笑いを見る。とてもうら若き少女のクリスマスとは思えないぐうたらっぷりだった。


「うわー、おじいちゃんみたいな生活で貴重な青春をすりつぶしてる魔法少女がいるー」


 そして、事実とはいえ歯に衣着せなさすぎるストレートな感想を述べる者が一人。天井近くを逆さに浮かびながらマジカルオルクスを見下ろしている。


「うわー、人ん家に勝手に入っておいて口の減らない幽霊がいるー」


 そしてマジカルオルクスもまた、遠慮なく毒を吐きながら声の主を睨みつける。

 いつの間にか入って来たその少女は日明ひめい日奈ひな。一言でいえば、幽霊である。


「相変わらず不思議だよねー、霊能力も無しに私が見えるなんて。あ、みかんひとつちょーだい」

「魔法少女は魂相手に戦ってるんだから。霊視ぐらいたやすいわよ。幽霊にくれてやるみかんは無い」

「ひとつぐらいいいでしょ」

「私は悪しき魂と似た気配がするから幽霊が嫌いなのよ。大人しく返らないと爆破するわよ」

「わあ、おっかない」


 口ぶりに反して全く怖がる様子のない日奈は、滑るように空中を移動してマジカルオルクスの向かい側に浮かぶ。


「そう言えば黄泉よみちゃんたちもうすぐ来るって」

「あれ、来るの今日だっけ。もうすぐってどのくらい?」

「5分とかそこらへん」

「はぁ!?もうすぐじゃない!何で早く言ってくれないのよ!」

「言ったじゃん、もうすぐ来るって」

「もっと早く言えって意味!」


 温もりを手放す事に迷う暇すらも与えられず、こたつから飛び出すマジカルオルクス。だらしない格好から着替えるためにクローゼットを開け放ちながらそう叫んだ。


「そーんな慌てなくても、そのままの部屋着でよくない?別に外歩くわけじゃないんでしょ?」

「幽霊には分からないわよね!一般的な女子は身だしなみに気を配るものってテレビで言ってたのよ」

「いや私も生前は人間だしわかるけど」


 学校に通ったり友達同士で遊んだり、いわゆる『普通の女の子』に憧れる魔法少女にとっては、友人ひとり家に呼ぶだけでも一大イベントなのだ。そして『身だしなみに気を配る』という割と初歩的な事をテレビ情報だと言う辺り、彼女の女子力はお察しである。


 とりあえず部屋着としては及第点であろう服装に着替え、部屋のゴミを片付ける。何とか人を呼んでも恥ずかしくない空間へと整ったタイミングで、インターホンが鳴り響いた。


「お、来た。ギリギリだったねぇ」

「……うん、よし、どこもおかしくないわね」

「はよ出たら?」


 自分の服装や部屋を何度も確認する桃色少女にツッコむ日奈。急かされてるようで余計緊張してくるが、1秒でも長く寒い玄関前で待たせるわけにもいかない。意を決して扉を開けた。


「い、いらっしゃい、三瀬川みつせがわさん」

「こんにちはー。呼んでくれてありがとね」


 ややぎこちない挙動で中に案内するマジカルオルクスに笑顔で答える少女、三瀬川黄泉は、日奈の幼馴染でもある霊能力者だ。マジカルオルクスは同じく霊を視認できる彼女と街中で会ったその日に仲良くなり、今日こうして家に呼ぶ事になったのだった。


「そうちゃんも、こんにちは」


 マジカルオルクスは身をかがめ、黄泉と手を繋いでいる小さな少女に挨拶をした。そうちゃんと呼ばれた赤黒い髪の少女は初めて会う人に緊張するのか、マフラーで口元を隠しながらこくりと頷いた。その仕草だけでその場にいる全員が癒される気分だった。


「さあさ、大したものも無いけど上がって頂戴。そうちゃんみかん食べれるかしら」

「……ねえ、なんで私には悪しき魂に気配が似てるからってみかんくれなかったのに、悪しき魂そのものであるそうちゃんには激甘なのさ」

「可愛いは正義なの。それに彼女は魂の塊であっても、もう危険な存在じゃないわ」

「私も可愛いよね?ね?無視しないで?」


 重要なのは魂だとか霊だとかよりも、可愛いかどうかである。可愛げのない幽霊少女に無情にもそう告げるマジカルオルクス。そうしながらも黄泉やそうちゃんにお茶やお菓子を出したり、せわしなくともどこか楽しそうに動いていた。


 悪しき魂を刈り取るべく日々活動している魔法少女のクリスマスは、今年は一人ぼっちではなく、意外な形でにぎわう事となった。

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