第106話 サンタは科学を越えてやってくる

 現在時刻は夜の11時。

 布団にもぐってぬくぬくしている『暗黒物質ダークマター』の少女は、眠気に負けて閉じそうな瞼をむりやり持ち上げながら、サンタクロースが来ないか部屋のドアへ視線を送っている。


「ヤツは煙突から来るという逸話が広く伝えられてるらしいが、あいにくこの家に煙突は無い。だから来るなら窓か部屋のドアからだろうが……おそいな」


 何度も時計を確認しているためか時間が進む感覚も遅く感じ、夕ご飯をお腹いっぱい食べたのも手伝っているのか眠気も増して来る。気が付けば視線が徐々に下がって来ていた。


「ま、まずい……もう、げんかい、だ……」


 落ちそうな瞼を手で無理やり押さえる抵抗もむなしく、『暗黒物質ダークマター』はついに睡魔に降参した。お団子ポニーテールをほどいたら地面に着くぐらい長い暗黒色の髪が毛布のように広がり、その上でぐったりと体の力を抜いた。


 ちょうど、その直後だった。

 部屋のドアも窓も開けずに、誰かが部屋に入って来たような気配がした。


(くそが、このタイミングかよ……)


 もう再び瞼を開ける気力も無い。一度眠ってしまえば目的の存在が目の前にいると分かっていても動けないものだ。


 そして、ぱたりと。

 腕の支えを失った体は布団へ落ち、理性の支えを失った意識は夢の中へと落ちた。





     *     *     *





「あらクロちゃん、どうしたのそんな嬉しそうにして」

「べっつに」


 翌日、『暗黒物質ダークマター』が起きた時には枕元にプレゼント箱があるだけで、昨晩部屋に入って来た者は当然影も形も無かった。サンタクロースを捕まえるどころか見る事すら出来なかった『暗黒物質ダークマター』だが、昨晩は何もなかった枕元にプレゼント箱が置かれていたのだ。これがサンタクロースの仕業でないはずがない。


 サンタクロースがいるという事が証明出来た気になっている『暗黒物質ダークマター』は珍しくニコニコしながらトーストをかじっていた。そんな彼女へ、テーブルを挟んだ正面でコーヒーを飲んでいる理恵りえ博士は不思議そうに尋ねた。


「そんなに嬉しそうな顔をするなんて珍しい。宇宙論的証明でも出来たのかな?」

「何だそれ。そんな訳分かんねえのよりすごい事が分かったんだよ!」

「うん?」

「サンタクロースだよ!ヤツはいる!私の所にプレゼントを届けて来たんだよ!」

「なっ、何ですって!?」


 生粋の科学者である理恵はコーヒーをこぼしそうな勢いで椅子から立ち上がった。


「そんな事言ってはいけないよクロちゃん。あんな非科学の塊みたいなオカルト信じちゃ駄目です!」

「うげ、真季那まきなのヤツと似たようなこと言ってる……」

「そもそも空飛ぶトナカイとソリという時点でおかしいわよ。音速突破時の衝撃波と空力加熱の対策としてサンタがむき出しのまま飛ぶというのはあり得ないしソリの正体が超音速機だとしてもソニックブームが観測されないのはおかしい……!重力制御による反重力飛翔体だとしてもここにも来たと言うのならば重力変動は私のコンピューターが観測するはず」

「はぁ……」


 頑なに信じないどころかサンタクロースの科学的否定について一人で考え始めた理恵博士。こうなってはたとえサンタクロースから貰ったプレゼントを証拠として見せても信じはしないだろう。


「何やってるのかしら、これ」

「あ、真季那」


 そこへ、スリープモードから復帰した真季那がリビングに現れた。人間らしさを追求する理恵の案によって睡眠の役割を果たすスリープモード時はパジャマ姿である。彼女は席を立ったまま念仏のようにぶつぶつ言っている生みの親を見て困惑する。


「幽霊でも見て証明を組み立ててるのかしら」

「違うけどそんな感じだな。私がサンタはいるって言ったらこうなった」

「あなたの仕業なのね……。それに昨日も言ったでしょう?サンタクロースなんて虚構の存在よ」

「ふふふのふ、じゃあお前には見せてやるよ」


 そう言って部屋へ駆け出した『暗黒物質ダークマター』。しばらくしない内に、炊飯器がすっぽり入るようなサイズのプレゼント箱を持って戻って来た。小学生女子くらいの体躯の『暗黒物質ダークマター』が持つとかなり大きな印象だった。


「見ろこれを!こりゃどうみてもサンタのプレゼントだろ!今朝、枕元に置いてあったんだ!」

「本当に……?自作自演じゃないでしょうね」

「おいおい疑うのか?」


暗黒物質ダークマター』は真季那の目線に持ってくるように箱を高く掲げる。真季那はそれをじっと見たまま、ソレを鑑定していた。


(指紋が1パターン。他の付着物は無し。指紋はとりあえず私の知ってる人間のでは無いわね。『暗黒物質ダークマター』に指紋は無いし、別の誰か……まさか本当にサンタクロース?)


 その後も『暗黒物質ダークマター』の部屋へ行って床や窓などを調べたが、それほど手ごたえは無かった。確実に言える事といえば『窓も開けずに誰かが部屋に入りプレゼントを置いて行った』という事実だけ。こうなると真季那もサンタクロースの存在を信じざるを得ない。


「んでどうだ真季那。サンタクロースを信じる気になったか?」

「…………少なくとも可能性は出て来たわね。まだ決して断定は出来ないけれど」

「素直じゃねえなぁ」


 サンタクロースを信じない天才博士とロボットに、かの存在を信じる『暗黒物質ダークマター』の少女。見た目だけは普通の家族に見える彼女たちは、その実なかなか普通じゃないようだ。

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