第104話 全てを解決するのは

「愛護団体に訴えて、ついでに病院にも送ってやるよオラァ!!」

「ぐふぁ……!」


 リーダーである大男の顔面を殴った人美ひとみは、続けざまに腹へ拳を叩き込み、うずくまって低くなったリーダーの顔面にもう一発。普段から運動しているわけでもない人美だが、怒りで力のタガが外れたのだろうか。まるで猛獣のような暴れっぷりだった。


「な、何してんだお前ら!反撃しろぶぇふぉ!」


 リーダーは殴られながら指示を飛ばす。今まで拘束していた少女が急に暴れ出す様を唖然として見つめていた不良たちは我に返り、皆リーダーを殴る人美へ向かって来た。


「お前らも同罪だクソッタレ!全員たんこぶ作ってやるよ!!」


 十人以上の男たちが一斉に殴りかかっても、怒りに燃える人美にとってはそれらをいなすなど容易い事だった。

 繰り出される拳は全て躱し、カウンターを入れるように腹に一発。動きが止まった者を盾にして別の拳を防ぎ、そのまままとめて蹴り飛ばす。そんな事を繰り返しているうちに、負傷していった不良たちは人美から距離を取り始めた。


「クソ、何だこの女、無茶苦茶強いぞ……」

「くまこの恨みィ……晴らさでおくべきかァ!!」

「ヒィィ来たぁぁ!!」


 もはや完全に形勢が逆転した。不良たちは逃げ惑い、人美は拳を振り回して追いかける。すっかり腰が抜けてしまった手下を見て、リーダーの男が再び怒鳴ろうとした。ちょうどその直前だった。


「ここかぁぁぁぁ!!」


 少年の叫び声と共に、何の前触れもなく廃工場の入口が吹き飛んだ。正確には、外側からむしり取られるように、周囲の壁ごとごっそりと剝ぎ取られた。


 怪獣がかじったかのようなその大穴から、舞い上がったホコリを吹き飛ばしてやって来たのは、背中から輝く純白の翼を生やす少年。空の友人の、天塚あまづかしょうだった。


「な、何だありゃ!?鳥人間!?」

「あの羽、鳥と言うより……天使とかじゃねえか?」

「そんなファンタジーな」

「なんかヤバそうですよリーダー!!」


 壁を破って突如乱入してきた謎の少年に、不良達はとまどい、一人の男の襟首をつかんで顔に拳を叩き込む2秒前だった人美も彼へ顔を向ける。


「おっす空、間に合ったか?」


 そんな周囲の視線を無視して、翔はスタスタと空のもとへ歩み寄った。その後ろにはもう一人、別の少女が後を追ってやって来た。空の幼馴染である皆超みなこえ才輝乃さきのだ。


「お前の番号から電話来たと思ったら知らないヤツの声が聞こえて何事かと思ったぜ。そしたら才輝乃のやつも同じく空のスマホから変な男が電話かけて来たらしくてな。事件のニオイってヤツがして、探し回ってたんだ」

「空君だいじょうぶ!?どこも怪我してない!?」

「俺は大丈夫だよ、人美は暴走してるけど。ともかく2人とも来てくれて助かった」


 才耀乃の超能力によって空と写漏の縄は一瞬でほどけた。怪我をしているであろうくまこの治療も才輝乃にお願いし、空は立ち上がって放られたスマホを拾い上げた。


「うわ、画面ヒビ入ってる……」

「もしかして、殿炉異とのろいさんがわざと番号を間違えたのって、二人に助けを求めるためだったんですか?」

「言っただろ。数分間殴られることになるだろうけど作戦もあるにはある、って」


 人美たちが巻き込まれているこの事態に2人が気付いてくれるかは賭けだったが、超能力者と天使がいれば分からない事なんてなさそうだし、実際駆け付けてくれた。だから空はこれを作戦と言ったのだ。


「ちょっと怪我してたけど、この子も大丈夫だよ」


 戻って来た才輝乃の腕の中には、すっかり元気になったくまこがジタバタしていた。その様子を見て、人美は徐々に冷静さを取り戻した。掴んでいた男の襟首を離し、才輝乃たちのもとに駆け寄る。


「ありがとうサキ!ショーきちも!」

「人美ちゃんも無事でよかったよ……殴られたりしてない?」

「うん。全部避けて殴り返したから」

「つよいね……」


 人美が怒ると恐いのは才輝乃も聞いていたが、それでも驚くほどだった。不良たちは彼女たちを警戒して近づいて来ない。


「全員無事みてぇだな。なら先に外出といてくれ」

「りょーかい」


 翔が何をしようとしているのか察した空は、皆を連れて廃工場から出て行った。さすがにそこまでは見過ごせなかったのか、リーダーは声を絞り出して叫ぶ。


「ちょ、ちょっと待ちやがれゴラ!どこ行くつもりだ!!」

「騒ぐなゴリラ。テメェのしつけ役は俺だ」


 不良達の行く手を阻むように、そして逃げる空たちを守るように、空は一対の翼を大きく広げた。


 その神々しい光を宿す背中を逃げながら眺める写漏は、戸惑いながら尋ねる。


「いいんですか、彼と不良さんたちを置いて……」

「大丈夫だよ。それより私たちは早く離れないと。もうすぐ天罰が下るから」

「天罰?」


 廃工場から離れた人美は、あっけらかんとそう言う。疑問が消えない様子の写漏だったが、すぐ後に起こる光景を目の当たりにして、全てを理解した。

 天塚翔。彼もヤバイのだ。


 一瞬で、廃工場の天井が跡形もなく爆ぜた。壁は崩壊し、内側からあふれる閃光に呑まれてコナゴナになる。ついでに地面が激しく揺れ、稲妻が天に轟き、辺り一帯に轟音をまき散らした。


「結局、暴力は全てを解決するんだよ」


 悟り切ったような表情で、人美は目の前で起こる、暴力というより天災と呼ぶにふさわしい破壊を眺めていた。


 その後。天使の大暴れによって不良たちは情けないぐらいあっさりと降伏し、二度と迷惑はかけないと誓って退散した。全てが片付いた時には陽も傾いており、結局写漏の取材は後日へ後回しになってしまった。


 ついでに、人美も『進撃の人参』を見逃したらしい。

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