第103話 逆鱗

 後ろ手に両手を縛られた状態でどうにかスマホを取り出したそらは、それを不良のリーダーの近くに滑らせた。


「ほら、無王むおう先輩に掛けるんだろ?」

「あ?何で俺が掛けなきゃならねぇんだ」

「え、いや、俺がかけたら別のやつに掛けて助けを呼ばれるリスクとかあるだろ」

「た、確かに……」


 空を呼ぶために人美ひとみに電話を掛けさせたリーダーは初めて気付いたかのように納得していた。


(この男、馬鹿なんじゃなかろうか……。というか気づいてないなら渡さなきゃよかった)


「その手があったのか!私もマキとかに助け求めればよかった!」


(ここにも同レベルがいた……)


 不良のリーダーに言われるがまま空を呼んでしまった人美は電撃が走ったかのように驚愕した。空は内心でそんな二人を憐れむ。


 リーダーは空のスマホを拾い上げ、電話アプリを起動させた。ちなみに電源を入れる際のパスワードは「寝ぼけた頭じゃ解除できない」という理由で設定されていなかった。不用心にもほどがある。通話アプリを起動させたリーダーは、怪訝そうに顔を上げる。


「おい、頂鬼いただき無王の番号が無いぞ。どうなってんだ」

「あーそうだった。番号聞いたの最近だから登録してないわ。えーっと確か……」


 空はあっさりと電話番号を教えた。リーダーはそれを聞いて番号を打ち込み始める。


「……あのー殿炉異とのろいさん。教えちゃってよかったんでしょうか……用済みになったら私たち海に捨てられたりしませんかね」

「いやヤクザじゃないんだから……」


 小声で耳打ちする写漏うつろに答えながらも、眠そうな空の目は真っ直ぐスマホへ向いていた。


「……大丈夫だ。多分だけど。あのリーダーが馬鹿で居続ける限りは」


 曖昧だがそれでも、いつも適当な空にしては自信ありげな発言に、聞いていた人美は首をかしげる。

 そうこうしているうちに電話が繋がったのだろう。リーダーの男が話し始めた。


「頂鬼無王だな。手短に行くが、今すぐこっちに……あ?何だって?」

『………………』

「は?間違い電話?いや、これは頂鬼無王の番号だって聞いたぞ」

『………………』

「俺が誰か?テメェが頂鬼無王じゃねえってんなら関係ねぇ話だ」


 そう言い捨て、リーダーは電話を切る。そして物凄い形相で空に叫んだ。


「番号違うじゃねぇか!!」

「悪い、最近聞いたばっかりだからな。今度こそ大丈夫だ」

「本当だろうな?」


 相変わらずの眠そうな顔で、不良のリーダーにも物おじせずに言葉を交わす空。再び数字の羅列を口に出し、電話を掛けるリーダー。


「頂鬼無王だな?今から言う事をよく聞……」

『……』


 今度は二言目も言わず電話を切った。


「何が今度こそ大丈夫だゴルァ!頂鬼無王どころか女の声じゃねえかよ!」

「悪い、まだ頭が起きてないんだ。今度こそ―――」

「うるせぇもう良いわ!!」


 はち切れるんじゃないかと思うぐらい顔の血管が浮き出ているリーダー。カンカンに怒っている。ここまでくれば誰だって分かるだろう。空はわざと番号を間違えていた。


「テメェ時間かせぎのつもりか?何企んでんだゴラ」

「別に時間稼ぎとは人聞き悪いな。ちょっと面白いからおちょくってみただけだ」

「なお悪いだろ!!テメェはぶん殴る!!」


 空のスマホを放り捨てたリーダーは両手の拳を打ち鳴らして近づいて来る。その巨体が迫って来るのを見て、さっきまで散々余裕そうだった人美は焦り始めた。


「ね、ねえソラっち、何か作戦があるんでしょ?今までのくだりもその布石だったんでしょ?」

「いや、何も?」

「噓でしょ!?」

「強いて言うならば作戦はあるけど、それが実になるまで俺たちは数分間は殴られるだろうな。諦めろ」

「作戦なんて言わないよそれ!呪いのお札は無いの!?」

「寝起きで呼び出された人間が持ってると思うか?」

「この寝坊助呪術使いホントに無策で来たのかあああ!」


 人美が騒いでいる間にも筋骨隆々の不良はすぐそこまで迫っていた。写漏は身を挺してでも首に下げるカメラを守ろうと背を向け、空は相変わらず何考えてんだかわからない顔。もう駄目だ明日病院に行こう、と人美が諦めたその時。ふと大男の動きが止まった。


「あっ!!」


 声を上げたのは人美だった。立ち止まったリーダーの足首に、小さな猫がしがみついていたのだ。まるでその歩みを阻もうとしているかのように抵抗するその猫は、きっと人美の後を着いて来ていたのだろう。


「くまこ!」

「んだこれ、何で猫が邪魔すんだよ!」


 懐いたり人を弄んだりする気まぐれな茶色い猫、くまこは、リーダーの足に爪を立てて唸っていた。リーダーは振り払おうと足を乱暴に振り回すが、離れる気配は無い。誰も彼もが散々馬鹿にして計画が台無しになったリーダーはついにキレた。


「鬱陶しいなすっこんでろ!!」


 しかし、ひときわ強く足を振り上げたのが不味かったのだろう。足からはがれたくまこは宙を舞い、廃工場の柱に激突してしまった。


「あっ……」


 短い鳴き声を上げてその場でぐったりしてしまったくまこを見て、誰かが小さく声をもらす。張本人であるリーダーさえも固まって、しばし静寂が続いた。くまこは微かに動いてはいるが、命に別状が無いかはまだ分からない。そのくらい強くぶつかってしまっていた。


「ったく、どいつもこいつも……調子狂うぜ」


 いち早く我に返った―――というより興味を失った―――リーダーは、再び人美たちに歩み寄る。しかし、静かにしているはずなのに、一人だけ異質な雰囲気を漂わせている者がいた。


「お前……くまこに怪我させたな……」


 空でもなく、写漏でもない。2人が驚愕をあらわにして見つめる先には、うつむいたまま低く唸る人美がいた。


「お前は絶対、許さないッ!!」


 彼女は叫び、後ろで縛られている両手を振り払い、縄を引きちぎった。その場にいる誰もが驚いて動きを止める中、人美はその瞳に怒りを宿して拳を握った。


「動物愛護団体に訴えてやるよ、このクソ野郎!!」


 そして、殴った。明らかに実力でリーダーにのし上がったであろう大男の顔面を、躊躇なく右ストレートでぶっとばした。


「あーあ……あの男やっちまったな」

「こ、呼詠こよみさん人が変わりましたけど……その様子だと何か知ってるのですか?」

「まあ、人づてに聞いただけだけど」


 諦めたように渇いた笑みを浮かべる空。彼は人美とは高校入学時に知り合ったのだが、話だけでも聞いた事はあるのだ。


「あいつ、キレると死ぬほどおっかないらしい」

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