第102話 餌の餌

 場所は変わって、街はずれの廃工場。ボロボロの屋根から差す眩しい日差しだけが光源の、薄暗くほこりっぽい場所だった。


「手、痛いんだけどー」

「カメラにだけは触らないでくださいね!?」


 人美ひとみ写漏うつろは後ろ手に両手を縛られ、工場内の柱のそばで座らされていた。周りには20名前後の不良達がいるというのに、人美は全く怖がらないし写漏はカメラの心配ばかりするしで、リーダーの大男は的外れの反応を貰って不機嫌だった。


呼詠こよみ人美、だったな。今すぐ殿炉異とのろいそらを呼べ。俺たちはソイツに話がある」

「どうでもいいけどコレ長くなるヤツ?私はトリちゃんとカフェ行った後家で『進撃の人参』見ないといけないんだけど!続きが気になって仕方がないの!早く解放してよ!」

「コイツ……」


 どこまでも緊張感のない人美にリーダーのストレスが募る。そんな中、彼女たちを囲む不良軍団の中からひとりの男が嬉しそうに声を上げた。


「分かる!前回ちょうどいいタイミングで終わったから続き気になるよなー!」

「お、あんた話分かるじゃん!キャロット農園の壁を破壊した産地直送人参との直接対決!アツいよね!」

「進撃の人参、俺も見てるぞ!まさか金時人参ちゃんが仲間になるとはなぁ」

「遺伝子組み換え人参がどっち側につくかで大きく戦況は変わるだろうな。そこも見どころだぜ」

「私もそこ気になる!過去編を見るに敵になりそうで怖いんだよねー。最後のセリフが伏線っぽくてさー」


 思わぬ相手と花咲くアニメ談義。人美と不良たちは立場を越えて大いに語り合っていた。進撃の人参を見ていない写漏は話に混ざれず悔しそうだったが、リーダーの大男は大変ご立腹だった。


「お前ら何楽しそうに話してんだゴラァ!!真面目にやれぇぇぇ!!」

「「「「す、すいませんッ!!」」」」


 人美と話していた数名の不良達は声をそろえて話をやめた。やっと静かになった子分を見て、苛立たし気にリーダーは人美に詰め寄った。


「ったくどいつもこいつも……オイ、さっさと殿炉異空を呼べ」

「あーもうパフェ売り切れちゃうじゃん。あそこのいちごパフェは数量限定なんだよ、分かってる?」

「分かる訳ねぇだろそんなもん!早くパフェ食いたきゃさっさと言う事聞けよ!!」


 さっきから大声で怒鳴ってばかりのリーダーの堪忍袋の緒は限界が近づいていた。さすがに大声で迫られたら人美だって怖いと感じたので、しぶしぶスマホで空に連絡する事にした。手を縛られた状態でスマホを取り出すのは苦戦したが、そろそろ殴られそうなので軽口は叩かない人美だった。





     *     *     *





「で、俺はまんまと売られたわけか」

「人質になったか弱い女子高生が頼んだっていうのにそんな事言わないでよ!」

「自分で言うなよ」


 明らかに寝起きな声で人美の電話に出た空は、ゆっくりと支度をし、指定された場所にやって来た。そして有無を言わさずあっという間に手を縛られて人美の横に座らされたのだ。


「この人たち誰。俺知り合いじゃないよ」

「私に聞かれてもねぇ。ソラっちに会いたかったらしいよ。ファンじゃない?」

「いらなすぎるんだがこんな乱暴なファン」


 せっかくの休日に気持ちよく寝ていた空はいつもよりテンションが低い。彼を睨むようにじっと見据えているリーダーの大男の視線を受け、空は口を開いた。


「わざわざ人美を使ってまで俺を拘束して、何が目的だ?まさか本当に握手とかファンサ希望?」

「んなわけねぇだろ!」


 リーダーはいつも通り声を荒げて返すが、人美に詰め寄った時と比べて僅かばかり空と距離を置いてる気がするのは気のせいだろうか。写漏はそんな風に新聞部撮影担当の観察眼を活かして観察しながら、小声で人美に耳打ちした。


「あの、殿炉異さんはもしかしてめちゃくちゃ強い不良とかそういう感じの方ですか?それでこの不良さんたちに敵対視されてるとか」

「いやー、ソラっちは喧嘩とか弱いと思うよ?呪いのお札を使った呪術は使えるけど」

「何ですか呪いって怖いですよ」


 聞き慣れない単語に写漏はたじろぐが、人美はそれよりも空が呼び出された理由が気になった。そんな時、ちょうどリーダーの大男が話を切り出した。


「テメェ、あの頂鬼いただき無王むおうと知り合いなんだってな。本当か?」

「あぁ、無王先輩絡みか……」

「むおう?ダレ?」


 頂鬼無王。その名を聞いて空はため息をつき、人美は新たに飛び出た知らない名前に首をかしげる。


「呼詠さん知らないんですか!?頂鬼無王は我が校の有名な不良で、ここ周辺の不良の頂点に立つ番長さんですよ!」

「ほぇー、すごい人じゃん」


 さすが新聞部、校内の事情は知り得ているらしい。人美は感心したように写漏の話を聞いていたが、ふと違和感を覚えて空を見る。


「ソラっち、そんなヤンキーオブザイヤーに輝きそうな人と知り合いなの??」

「まあ、一応。友人ではある」

「ソラっちめっちゃ不良じゃん!いつの間に!」

「誰が不良だ」


 人美の反応はもっともで、いつも眠そうな空と不良の生徒が友達だと知って驚かない人はいないだろう。だが空は不良としての頂鬼無王ではなく、いち先輩としての彼と友達なだけで、空自身が不良界隈に足を踏み入れているわけじゃない。空は威圧感が半端じゃない不良のリーダーを眠そうな目で捉える。


「確かに無王先輩とは友人だが、それがどうした?」

「俺たちは頂鬼無王に用があんだよ。今すぐ連絡しろ」

「あ、それ私たちに言ったセリフと一緒じゃん!」

「うるせぇよ!お前らはもう用済みだよ黙ってろよ!」


 空を呼べと言われた人美は聞き覚えのある言葉を指摘するが、またもリーダーに怒鳴られた。


「全ては調子に乗ってる頂鬼に俺たちの力を見せつけるため!さあ、早く呼びやがれ!」

「……もしかしてお前、無王先輩と会うために俺を連れて来ようとして、それで俺の居場所も知らないから人美を使ったのか?」


 彼らの真の目的が頂鬼無王への喧嘩と知って、餌として貴重な休日を潰された人美と写漏と空は声をそろえてこう言った。


「「「まわりくどっ!」」」

「うるせえよ!!」

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