第101話 出会いと取材

 新聞部での話し合いから1日経った土曜日。関係者へ取材をしようと、写漏うつろは外を散歩していた。


 補習中にとっさに撮影した数枚の写真に写っていた数名の生徒。そのうち顔がはっきりと分かるのは2名だけだった。


 その一人は生徒会長。放送で聞こえた内容からも本件の重要人物と思われる。そしてもう一人は体育祭で見たことのある女子生徒だった。突然現れた化け物に立ち向かっていく少年少女に紛れて立っていたのを見かけた覚えがある。


「でも話した事ないし、取材に応じてくれますかねー」


 小さなポーチにメモ帳とペンを入れ、首には取材用のお高い一眼レフカメラを下げている写漏は、取材対象であるその少女の自宅へと進んでいた。1学期のクラスマッチをきっかけにたびたび取材させてもらっている魔法研究部の部長が彼女の友人らしく、家の場所を教えてもらったのだ。


「おや、あれは」


 もうすぐでその女子生徒の自宅に到着しようとしていたそんな時。やや広めの路地に出た写漏は、道のど真ん中で猫とたわむれる少女を発見した。それはちょうど取材対象として家に向かっていた人物だった。





     *     *     *





 車が一台通れる程度の幅の路地で、呼詠こよみ人美ひとみはしゃがみ込んでいた。目線の先には茶色い毛並みが綺麗な猫が一匹。人美が『くまこ』と名付けた野良猫だ。


「ほーれ猫じゃらしだよー」


 道端で長さや強度を厳選した選りすぐりの猫じゃらしをゆらゆらさせて、人美はくまこと遊ぼうとしていた。しかしくまこは近づいて来たかと思いきや人美の横を素通りして日陰で仰向けに寝ころび始めた。


「あっ、無視かこのやろう」


 オスかメスか分からないくまこを目で追いながら、人美はくまこの眼前で猫じゃらしを揺らす。しかしくまこは無反応。日陰で気持ちよさそうに寝息を立て始めた。


「あー寝ちゃった……最近毎日来てるからウザがられてんのかなぁ」


 ちょっとがっかりした様子の人美は、静かにくまこのお腹を撫でた。可愛らしく寝返りをうつどころか、爆睡中のくまこは微動だにしない。ふてぶてしいヤツである。今日は諦めて帰ろうかと立ち上がった時だった。


「あのーすみません。呼詠人美さんでしょうか?」


 ふと、同い年ぐらいの少女に声をかけられた。首にカメラをぶら下げて手にはメモ帳を持っている、いかにも取材マンみたいな風貌だった。


「はい、私が人美ですけど……どちらさん?」

「私は新聞部の撮影担当、撮原とりはら写漏と申します!」

「ああ、同じ学校の人か」


 写漏が警察手帳のように見せて来た生徒手帳は人美の通う高校のものだった。どうやら同じ学年の3組の生徒らしい。


「って、新聞部って言った?もしかして私に取材?」

「はい!実は私、ある事件の担当取材者に任命されましてですね。呼詠さんに取材させていただけないかと伺いに参った次第です!」

「ある事件……私なんかやらかしたっけ」


 取材されるような事は何もしていない、と言い切れない辺り、人美の素行はお察しである。とりたてて問題児という訳でもないのだが、優等生という訳でも全くない。彼女はそんな感じの生徒だった。


「その事件というのがですね、一昨日の木曜日の放課後に、我が校のグラウンドで起こった出来事です」

「一昨日……あっ!もしかして!」


 人美は何かに思い当たり、声を上げた。その日の放課後といえば、人美たちが通っている高校の、特に生徒会などに関わる重大な出来事が起こった時だ。《属性結社エレメンツ》と呼ばれる集団と生徒会が争い、やがて《属性結社エレメンツ》が生徒会直属の治安維持部隊となる事で治まった、放課後に起きた壮絶な戦いがあったのだ。


「数枚写真を撮ったのですが、呼詠さんと生徒会長さんしか識別できなくてですね……それで生徒会長さんより取材に応じてもらえそうな呼詠さんのもとへ来たのです!」

「なるほどぉ、新聞部的にはビックスクープなわけなんだね」

「はい!是非いろいろ取材させていただけないでしょうか!」

「もちろん!何でも聞きなされ!」


 眩しいほどに明るい顔でお願いする写漏に、人美は二つ返事でオーケーした。別に生徒会から口止めされてる訳でもないし、面白そうだし、何より人からこうも頼られるのが気持ちよかった。


「それじゃあ場所を移そうか。カフェにでも行ってゆっくり聞かせてあげるよ」


 ちょうどくまこが寝てしまって暇を持て余していた人美は楽しそうに歩き出す。


「おい、ちょっと待てや」

「ん?」


 そんな時、人美たちの前に立ちはだかる男たちの姿があった。立ちはだかるどころか、いつの間にか囲まれている。そこまで歳は離れていなさそうだが、もちろん知らない人たちだ。


「あ、もしかして取材かな?悪いけど先客入ってんだよ、ごめんね人気者で」


 相手を新聞部の同業者だと思った人美は調子に乗りながら軽く手を振っていたが、対して写漏は固まっていた。


「こ、呼詠さん……この人達、近所で有名な不良さんですよ……」

「はえ?」


 初対面でも元気が有り余ってる子なんだなぁと分かる写漏が少し大人しくなっている。その様子を見て人美はやっと現状を理解した。

 何故、何もしていないのに不良たちに囲まれているんだ……?


「お前、殿炉異とのろいそらの知り合いだな?」

「……ソラっち?うん、友達だけど……」


 不良たちのリーダー格と思しきガタイの良い大男が人美にそう尋ねた。

 何故ここで不良とは縁遠いような寝てばかりの友人の名前が出て来るのか疑問だが、とりあえず正直に答えた。


「俺たちゃその空って野郎に用があるんだよ……悪いがついて来てもらうぜ」

「えー、私たちこれからカフェでデートする予定なんだけどー」

「そうですよ!あなたたちに取材の予定は入ってません!」


 殴られたりしたくなければ素直について行くべきなのだろうが、人美はそこで大人しく従うほど素直じゃない。


「あんたたち何かよりカフェで食べるいちごパフェの方が大事だもんね!」

「わ、私はパフェより取材が大事ですよぉ!」

「え、トリちゃんいちごパフェ嫌い?」

「いえ嫌いではないですけど、個人的にはチョコレートパフェの方が好きかなーって……トリちゃんって何です?」

「あだ名。撮原ちゃんだからトリちゃん。かわいいでしょ?」

「お前ら人の話を聞けぇぇ!!」


 話が脱線するどころか置いてけぼりにされた不良のリーダーは声を荒げて話を中断させた。


「ついて来いって言ってんだろ!拒否権はねぇ!」

「えー」

「えーじゃねえよ!ついて来い!」


 どうも調子が狂わされる不良たちだったが、人美と写漏は彼らに連行されてしまった。

 人通りの少ない路地で起きたその光景を見ていたのは、いつの間にか目を覚まし、日陰でくつろいでいたくまこだけだった。

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