第99話 ここでしか見られない景色

「おおー!すごい景色!!」


 観覧車の窓にはりついて、波流星なるせは子供のように目を輝かせていた。

 沈んでいく夕陽が街中を鮮やかな朱に染め上げていく。ゴンドラの高さは頂点まであと半分を切った所だが、それでも街を一望できる景色は美しいものだった。


「良い所ですね、ここは」

「はい。たくさんアトラクションもありましたし、どれも凄く楽しかったです!」


 初めて訪れた地球の遊園地に波流星は大満足のようだ。そんな彼女に笑みを返し、ザウマスは街の景色を見下ろした。


「もちろんこのエデンパークも素晴らしい場所です。ですが何よりこの街が、もっと言えばこの世界が、私は良い所だと思います」

「世界……スケールのでかい話ですね」

「私とて元の世界の全てを見て来たわけではありませんが、それでも勇者様やイディーと共に旅をして、実に多くの場所を回りました」


 血の流れる争いは今日も無く、平和な時間が流れる街。そんな今の住む世界を見下ろす彼の目は、ずっと探していたものを見つけたような、達成感と疲労が混ざったような光を帯びていた。


「あの世界には魔法があり、聖術があり、そして戦いがあった。この世界にはそのどれもがありません」

「そう聞くと確かに、ないない尽くしですね」

「ええ、ですがなければ劣っているなんて事はありません。それは波流星さんにも分かるでしょう?」

「もちろん。ここは素晴らしい星ですよ!」


 波流星の生まれたグリーンスターも、発達した科学の分だけ戦争の歴史も進んでいた。今もずっと続いてる訳ではないのだが、それでも人々の歩んだ歴史は消し去れない。


 ザウマスの言っている事はもっともだった。奇跡を起こせる人知を超えた術があれば、豊かに暮らせるような発達した科学があれば、それが優れているというわけじゃない。

 この世界には魔法も超科学も無いが、無いが故に有るやすらぎもある。


「……まあ、世界中に認知されてないと言うだけで、魔法も超科学もある所にはあるんですけどね……」


 朱色の街並みや波流星から目を逸らしてぼそっと呟くザウマス。

 勇者を応援しようと見に行ったいつぞやの体育祭で、彼は異常な若者たちを目撃している。彼らを思い出すとたった今言った言葉の真偽が揺らぐ気がした。


「まあ要するに、ザウマスさんも遊園地楽しかったって事でいいんですよね?」

「え、ええそうなりますね」

「それはよかったです。私一人がはしゃぎまくってたので他のみんながどう思ってるのかちょっと不安でした」


 確かに一番はしゃいでいたのは間違いなく波流星なのだが、そんな無粋な指摘はしないでおく。

 ふと視線を降ろすと、観覧車の近くのベンチで飲み物片手に座っている地影ちかげとイディーを見つけた。楽しそうに話している2人を見て、ザウマスはふっと笑みをこぼす。



「実は私、一度みんなで遊んでみたかったんですよ」


 ゆっくりと回るゴンドラが頂上を通過した辺りで、波流星はそう言い出した。


「ザウマスさんと、地影君と。話を聞いてイディーちゃんとも会いたくなって。だから、今日ここに来れてすっごく嬉しいんです」

「そんな事を考えてたんですか」

「えへへ……実は私、ひとりでこの星に来て、ちょっと心細かったんです」


 恥ずかしい話なのか、波流星は窓の外へ視線をやりながら話す。ほんのり赤くなった頬は夕陽に照らされ、ザウマスには見えていなかった。


「でも、ザウマスさんとイディーちゃんも故郷を離れて暮らしてるし、地影君も一文無しで魔界から来たって聞きました。なら、この心細さを感じてるのは私だけじゃないのかもって思ったんです。まあ実際、みんなは私よりもたくましく生きてますけどね」


 気恥ずかしさを誤魔化すように髪をいじりながら波流星は言う。そんな彼女を見て、ザウマスは意外だと思っていた。波流星はいつも明るく楽しそうに仕事をこなす。休憩中にはたまに母星の事を話す彼女から『心細い』なんて言葉が出て来るとは思わなかったのだ。


 いや、意外だと思ってしまうのが正しいだろう。ザウマスは今まで、波流星の『ヘブンイレブンの先輩アルバイター』としての顔しか知らなかったのだから。


「また、皆で遊びましょう」


 何か言葉を続けようとして、やっぱり引っ込める。そんな動作を繰り返す波流星へ、ザウマスはそう言葉をかけた。


「生きて行くにも息抜きは必要ですからね。我々は故郷から離れた異界の地で暮らす身ですから尚更です」

「ザウマスさん……!」


 剣を手放してから半年しか経ってない彼には、そう気の利いた言葉はかけられない。だからザウマスは今思ってる事をそのまま告げた。また皆で遊びに行きたいと。


「じゃあ、またエデンパーク行きましょう!次は夜のパレードを見に!!」

「……また商店街で、一等を当てなければいけませんね」


 あんな事を言った手前だが、金銭的な事情は簡単には覆らない。子供のような明るい顔で提案する波流星へ、ザウマスは真っ直ぐ目を向ける事が出来なかった。

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