第98話 あっという間に終わりの時間
「次はコレです!」
少し休んで完全回復した
ミラーハウス。
たくさんの鏡が様々な角度で置かれた迷路の部屋から脱出する、シンプルかつ体への負担が少ないアトラクションだ。
「本当はこの『ジェットコースター』というものに乗ってみたかったんですけど、結構並んでましたからしょうがないですね」
「波流星さん、コーヒーカップであんな事があった直後にジェットコースターはやめておいて正解でしたよ。どう見ても凶悪な遊具ですよアレ」
「自分の体いたわって」
「そ、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ!」
ザウマスとイディーから心配そうにそう言われ、波流星は回復したから問題ないと身振り手振りでアピールした。
そうしてる内に順番が回って来て、入口で簡単に説明をされ、一同は中に入った。
床と天井以外の壁は全て鏡。話によれば透明な壁まであるらしい。この中を安全に進むためには慎重に進むべきだろう。
「俺様は最速タイムを目指す!!」
一体何に張り合っているのか
「がああぁぁぁ!いってぇぇぇ!!」
「何かに追われてるんですか?地影君は」
「そうじゃねェよセンパイ。目の前に記録がありゃあそれを超えたくなるのが男なんだよ」
数多の鏡の中で頭を押さえる地影は、波流星の問いに格闘家みたいな答えを返す。波流星は「そうなんですか?」ともう1人の男性であるザウマスに尋ねるが、
「違います」
と、ばっさり切り捨てられた。
その後も地影が何度も鏡や透明な壁に激突したり、鏡合わせの部屋に術的な要素を見出したイディーが聖術実験を始めそうになるのを止めたり、ザウマスたちは通常とは違ってこのアトラクションですら体力を奪われる結果となった。
「いやー、鏡の迷路も楽しかったですねー!」
しかし波流星はどれだけ疲れようとも少し休めば回復し、次のアトラクションも全力で楽しんでいた。好奇心というものが生み出す原動力は凄まじいものである。
少し並んでジェットコースターに乗ったり、園内にある飲食店で昼ご飯を食べたり、その後も時間と体力が許す限り様々なアトラクションを回った。主に波流星が皆を引っ張る形で。
「もう陽が傾いて来ましたね」
「ほんとだ、もう一日終わるんですかぁ」
ザウマスが時計を見上げると、針は午後5時過ぎた所だ。冬の昼は短いので、もう太陽が沈み始めている。
ザウマスたちが持ってる一日無料パスポートは夜の閉演時間まで使える優れものだが、遠くからバスに乗って来た一同はそれまでいられない。
それにザウマスや地影なんかは、遊園地近くのお高い宿に泊まるほどの出費を許容できる財布ではかったので、もうそろそろ帰らなくてはならない時刻になっていた。異世界の聖術剣士でも悪魔でも、お金と時間はどうにもできないのだ。
「最後にあれ乗りません?観覧車!」
それでも波流星はギリギリまでここにいたいと、最後に観覧車に乗りたいと言い出した。
「じゃあそうしますか。私もあの大きなものは気になってましたし」
「私は遠慮しとく」
「そんなぁ。一緒に乗りません?」
イディーを妹のように可愛がる波流星は残念そうにするが、イディーは首を横に振るばかり。
「ああ、イディーは高い所苦手なんですよ」
「え、そうなんですか?」
「ぜんぜん苦手じゃない」
「前にクリムゾンドラゴンの背中に乗った時、涙目で勇者様にしがみついてたじゃないですか」
「ぶっとばすよ」
うっかり口に出してしまったザウマスに悪意はないのだが、イディーとしては自分の弱点を皆に知られて恥ずかしかったらしい。必死に真顔を保ちつつ若干顔を赤くして聖術を発動しようとしている。
「大丈夫ですよイディーちゃん、誰しも弱い所はあります。私だって宇宙船操縦するクセに乗り物酔いがひどいんですから」
「くっ……」
波流星はそんなイディーの歳相応の反応に頬を緩めながらも、ザウマスを夕陽の彼方へ吹き飛ばそうとする彼女を必死になだめていた。
「そんじゃ俺様も残るわ。センパイたちは2人で行ってきな」
「おやや、地影君も高いの苦手?意外ですねぇ」
「ちげぇよ、そろそろ休みてぇだけだ。つーかちょっと煽ってる風に言うの止めろムカつく!」
一人で残るイディーに気を遣ったのか単に休みたかっただけなのか。とにかく地影がそう申し出たので、ザウマスと波流星は観覧車の列へと並びに行った。
「ひとりでもいいのに」
2人の背中を見つめながら、ぽつりとイディーがこぼす。
「そういう訳にもいかねェだろ」
地影はため息交じりにそう返した。
異世界では指折りの聖術使いだったイディーだが、人間的に見れば15歳の少女だ。さすがにこんな人混みの中で一人にしてはおけない。
(それに、ちょっとガラ悪い客とモメたりしたら術ぶっ放しそうだしなァ……)
地影は今日初めて会った彼女の性格を何となく把握してしまった。気まぐれでマイペースで人目を気にしない彼女が一人でうろつけば何か大事になるかもしれないと、地影は直感を信じる事にした。
「このパスポート、あそこのドリンクもタダで買えるらしいぜ。行ってみねぇか?」
「……うん。タダならしょうがない。飲みつくす」
少し先で飲み物を売ってる売店を指さし、イディーがついて来るのを確認して歩き出す地影。人間の少女に気を遣うだなんて悪魔らしくないと自分で思いながらも、魔界にいた頃には感じなかった平穏な時を過ごし、「悪くはない」と素直じゃない感想を心の内で零すのだった。
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