第97話 ハリケーンカップ
たくさんあるアトラクションの中から何の情報も無く選ぶのは大変だったので、入口付近で貰ったパンフレットに記されたオススメアトラクションを一つずつ回る事にした。
最初にやって来たのは、今の所一番人が少なそうだからという理由で選んだコーヒーカップだ。
「この回るカップに乗るだけか?楽しいのかコレ」
「意外と定番らしいですよ。乗ってみましょ」
その名の通りコーヒーカップを模した乗り物の中に入りぐるぐる回るという、見た目通りのシンプルなアトラクション。しかしその可愛らしい見た目とは裏腹に、三半規管への負荷は意外にも大きく酔いに弱い人は注意する必要のある隠しボス的な場所となっている。
カップには最大で4人乗れるみたいだが、何となく手狭に感じたため2人ずつに分かれて乗る事になった。ザウマスと
他のカップにも少しずつ客が入って行き、やがてアトラクションはゆっくりと動き出した。
「おおっ、回ってる!すごい!」
「これは面白い」
波流星とイディーは揃って語彙のつたない感想を言う。全てのカップが床ごと回転し、さらに個々のカップも別々に回転するギミックに女性2人は楽し気だった。
「ちょっと遅くねェか?」
一方地影は、ゆらゆらと回るカップの回転速度に満足いかない様子。
「そうですか?私はこのくらいが落ち着きますけど」
「いいや遅いな。この程度の回転じゃあ悪魔の俺様は倒せねぇぜ」
「倒されに来たわけではないでしょう」
苦笑するザウマスだが、確かにやんちゃな地影には少しばかり物足りないのかもしれない。そう思ったザウマスは、ふとパンフレット上にあるコーヒーカップの解説に目を止めた。
「地影さん、カップの中央にあるハンドルを回せば回転速度を変えられるらしいですよ」
「マジか。ちょっと試してみようぜ」
カップのふちに後頭部を乗せて退屈そうに空を見上げていた地影は、バッと顔を起こしてハンドルを掴んだ。右回しが加速、左回しが減速とハンドルに薄く記されている。
「おっしゃいくぜ!!」
地影は躊躇なく全力で右へハンドルを切る。直後に地影とザウマスの乗っているカップはグンと加速し始めた。
「おお……なかなか速いですね」
「まだまだ!!」
地影はもう一捻り回し、カップはさらに回転速度を上げる。
「面白れぇ!もういっちょ!!」
「ちょ、そろそろ良くないですか?」
ザウマスが制止を促すも、地影はさらにハンドルを回す。するとさらに加速し、それを面白がる地影はもう一度加速させる。そんな事の繰り返しで、たちまちザウマスと地影の乗っているカップは通常の5倍以上速く回転してしまっていた。
「わっ、何かあっち物凄い回転してないですか?大丈夫かなあれ」
それは波流星たちの乗るカップからも見えており、壮絶な回転を見せるコーヒーカップに驚いた様子の波流星。
「面白そうなことやってる。対抗しよう」
「え?」
そして波流星の聞き間違いでなければ、ここに対抗心を密かに芽生えさせた少女の呟きが聞こえた。
「掴まっててね」
「えっ?イディーちゃん?」
現に目の前の少女はハンドルを握り、何故かカップの速度を左右するハンドルを握る彼女の手元が淡い光を発し始めた。波流星は知らないが、イディーは地影以上の回転速度を出すためにこっそり聖術を発動させていた。
「ちょっと考え直そうかイディーちゃん!パンフレットによればこれはゆっくり回るのを楽しむアトラクションであって、そもそも私乗り物酔いとか酷いしだから」
「ふんっ」
しかし、ハンドルは無情にも回される。子供の好奇心や対抗心というものは時に常識的感性のブレーキを破壊して突っ走るもの。ザウマスと地影のカップと同じように、波流星の制止もイディーの歳相応の対抗心を前にしては無意味だったようだ。
聖術によってブーストされたコーヒーカップは壊れる事もなく、通常の5倍で回る地影のカップのさらに3倍という暴力的な回転速度を叩き出した。もはや拷問器具とそう変わらない。
やがてコーヒーカップは止まり、ぞろぞろと降りる客に紛れて4人もアトラクションから離れた。いっそ笑えるくらい回転していたコーヒーカップを遊具の故障と勘違いしたスタッフはザウマスたち4人に無事かどうか尋ねるも、明らかに無事じゃない者が2名いた。
「ふひゃぁぁぁ~~……ちきゅうのじてんははやいぃぃ」
「ごめん、やりすぎた」
風に煽られ桃色の髪がボッサボサになってしまった波流星はベンチに座って目を回しており、柄にもなくはしゃいでしまったイディーは反省している。聖術で気持ちの良い波動を流し続けていた。
「おええぇ……気持ちわりィ……」
「そして何故あなたがダメージ受けてるんですか」
「だってよ……俺様を超える速さを見せつけられちゃ、黙って引き下がれねぇだろ……」
そして地影は自滅していた。イディーの高速回転を見て、あの後張り合うようにさらに回転させたのだ。そうして自分の限界すらも忘れて回転勝負を行った結果、彼の三半規管は見事に狂ってしまった。
「とりあえず少し休憩しましょうか」
「そうしよう」
ベンチにもたれかかって目を回す波流星と干からびたようにぐったりする地影を見て、ザウマスはそう提案する。ハリケーンの中に放り込んだような状態の2人はまだ歩けないだろう。
ちなみにだが、異世界人の2人に多少の回転は効果が無かった模様。イディーは無意識のうちに聖術で自分を守っていたし、ザウマスはそもそもが剣士なので外側からの運動にはすっかり慣れていた。
何の対策も耐性もなければ、異星人や悪魔でものされてしまう。
コーヒーカップとは、見た目にそぐわぬ恐ろしいアトラクションであった。
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