第95話 デビルアルバイター

 ここに、コンビニの駐車場付近の掃き掃除をしている一人の少年がいた。真っ赤な鋭い瞳を持つ彼の名は亜熊あくま地影ちかげ。力のほとんどを失い人間レベルにまで弱ってしまった悪魔である。

 彼は最近ヘブンイレブンで働く事になった新人アルバイター。客入りの少ない時間帯に、今日も元気に掃除しているところだ。


「ったく、目の前のコンビニにゴミ箱ぐらいあんのに何でポイ捨てすんのかねェ……」


 くしゃくしゃになったパックジュースやお菓子の包装紙をちりとりに叩き込みながら、地影は独り言ちる。コンビニの駐輪場は特にゴミが多い。学生などはコンビニ付近を待ち合わせ場所にする事もあるし、その時に捨てられたものだろうか。


「うっし、こんくらいでイイだろ」


 目に見える外のゴミはあらかた除去できた。客が一人もいない今の内に店内の掃除もしておこう、と地影は内へ戻ろうとした。

 しかしその時、視界の端に捉えてしまった。駐車場のすみっこに固まる明らかに不良ですと言わんばかりの学生集団が、地面へゴミを放った所を。


「生徒会の野郎、俺たちをグルグル巻きにしたうえに荷台に乗せて晒し者にしやがったんだぜ!許せねぇよなぁ」

「そういや、治安維持部隊なんて今まであったか……?」


 不良達は学校で何か嫌な事でもあったのか、その会話や顔からは楽しそうな雰囲気は感じられなかった。むしろ今は話しかけない方がいい雰囲気でもあったが、地影にはそんな事関係ない。ほうきとちりとりを携えて、不良たちに声をかけた。


「チッ、おいテメ……じゃなかったお客さん、ここにゴミ捨てるのは止めてもらえませんかねぇ。ここはゴミ箱じゃないンで」


 出来るだけ穏やかに警告しようとしている地影だが、どうしても不良たちへの嫌悪が前に出てしまうようだ。その笑顔は引きつっていて逆に怖い。


「あ?何だ店員か」

「アルバイトだろ。俺たちより下じゃね?」

「掃除中っすか?んじゃこれもお願いしまーす」


 ヘブンイレブンの制服を着て掃除道具を持つ地影を見て、不良の一人は目の前でおにぎりのラッピングを剝がして捨てた。それを見て他の不良たちはゲラゲラと笑う。年下だからと明らかに舐めている。


「今すぐ拾え、カス共」

「いい加減にしろよコイ……ヒィ!!」


 駐車場に座り込む不良たちを直立不動で見下ろす地影。その声を聞いて振り向いた一人が、短い悲鳴をあげて固まった。釣られて地影を見る他の不良も、彼の目をみて動きを止めた。


「5秒だ。5秒以内にゴミを片付けてここから消え去れば、文句は言わねェ」


 そこに立つ少年。姿こそ人間だが、その実態は世界に厄災を振りまくとされている伝説上の存在、悪魔である。

 たったひと睨みでヒトの魂に刻まれた潜在的な『恐怖』を引きずり出し、その威圧でもって反抗の意思すら芽生えさせない。


「だが一瞬でも癇に障れば、俺様が片付けの手本を見せてやるよ。テメェらを2秒で片づけてな」


 そんな鬼も裸足で逃げ出す恐ろしい顔の地影だが、接客業をする身としての最低限のマナーは忘れなかった。

 それは笑顔。お客様に好印象を与えるのは、爽やかな笑顔から。


「ギャアアアアアア!!」


 しかし今回ばかりは逆効果どころの話では無かった。地獄のオーラをまとって睨んだままの悪魔が、笑っているのだ。恐怖七割増しである。この顔で迫られて叫ばない奴はいないだろう。

 不良たちは辺りに散らばったゴミを一瞬で寄せ集め、それを抱えて猛スピードで走り去っていった。


「はぁ……やればできんじゃねえかよ」


 普通の顔に戻った地影はため息をついて店内に戻る。掃除道具を片付けた所で、ちょうど休憩時間になった波流星なるせがバックヤードに入って来た。


「えげつない追い返し方してましたねぇ。まあ店的には助かるでしょうけど」

「見てたのかよセンパイ」


 レジに立って外を眺めていた波流星からは地影の背中しか見えなかったので、泣く子も気絶するような形相は見れなかった。だが彼から発せられるオーラ的な雰囲気だけでも、恐ろしい脅しをしたのだろうと容易に分かるほどだった。

 これでもうあの不良たちはこのコンビニには近づかないだろうし、仮にまた来たとしても態度は多少良くなってるはずだ。


「いやー、さすが悪魔だ。力は失われてもまとう空気が怖いですね」

「さっきから足が小刻みに震えてるのはそれでか?」

「そんなそんな。ここが寒いからですよ」

「ずっと暖房ついてるが」

「それでもだよ新人君。グリーンスター人は寒がりなんですよ」


 実際、波流星の故郷『グリーンスター』はここよりもだいぶ温かいらしく、彼女もかなりの寒がりだ。しかし、変な所で見栄を張る彼女の性格はもはや周知の事実だ。地影は半信半疑の視線を彼女にぶつけるが、波流星は強引に話を変える。


「ところで地影君、こんなのに興味は無いですかな?」

「あん?」


 波流星が鞄から取り出した紙片を見て、地影は見慣れないソレに首を傾げた。


「エデンパーク……?」

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