異界のエデンパーク 編

第94話 大当たり

 勇者を追いかけて異世界からやって来た元剣士、ザウマス。彼は普段、コンビニでアルバイトをしながら同じ異世界人であるイディーと共にほそぼそと暮らしている。

 そしてシフトの入っていない今日は、商店街へ買い出しにやって来ていた。いつもは近所のスーパーマーケットで済ませる彼がなぜ自転車で30分もかかる商店街に足を運んだかというと。


「やはり休日の午後だけあって人が多いですね……夕飯の支度までには間に合えばいいのですが」


 とある列の最後尾に並ぶ彼は、遠くの方にある時計を眺め、それから手元に視線を落とした。5枚セットになっている小さな紙片だ。それは商店街で買い物をするともれなく貰える福引だった。

 彼は今、商店街の福引の列に並んでいるのだ。


「あれがいわゆる『ガラガラ』というやつですか。実物は初めて見ますね」


 最前列の人によって回る抽選機を遠目に眺める異世界人。神聖な勇者に仕え共に旅をして来たザウマスにとっては、商店街の抽選ですら賭け事をしているように感じるようだ。謎の緊張感がふつふつと湧き上がるのを感じている。


「あれ実は『新井式回転抽選器』なんて正式名称があるらしいですよ。テレビで見ました」

「そうだったんですか。名前なんてあったんですね」

「まあぶっちゃけ名前よりも景品のラインナップが重要なんですけど」

「それはまあそうですけど……って、波流星なるせさんいつの間に」


 気付かぬうちに後ろへ並んだ人と何の違和感もなく会話を進めてしまっていた。聞き覚えのある声に振り向いたザウマスは、そこにいる桃色のショートヘアをした女性と目が合った。


 波流星・エイリーバ・コスモス。ザウマスと同じヘブンイレブンでアルバイトをしている異星人だ。彼女も福引をしに列に並んだようで、ザウマスよりも2回分ほど多い福引券を握っていた。


「こんな所で会うなんて奇遇ですねー。私は家が近いのでよく買い物してますけど、普段商店街には来ないんですよね」

「ええ、いつも近場で済ませてます。ですが当たれば無料で景品が手に入る福引となれば、多少の無理は安いものと考えてしまい……これも貧乏性というものでしょうかね」

「いやいや、福引なんて聞いたら誰だってつられますよぅ。なにせ一等はあのエデンパークの無料券ですから」


 エデンパークとは、つい最近オープンしたばかりの大きな遊園地だ。今並んでいる福引の一等は、そのエデンパークの一日完全無料チケット二枚組なのだ。


「私この星に来てから遊園地とか一度も行ってなくて、憧れてるんですよねー。ザウマスさんもやっぱり、遊園地とか行ってみたかったりするんですか?」

「少し気になってはいますけど……今日の狙いはむしろ、6等のトイレットペーパー3ロールですかね」

「何となくそうだろうと思ってました」


 ザウマスさんらしいですね、と波流星は苦笑を浮かべた。トイレットペーパーは何かと便利なのだ。ただ一般的な福引においてトイレットペーパーはハズレ枠である。それを望んで手に入れようと意気込む成人男性が目の前にいると考えると、ちょっと面白くなってしまう波流星だった。


 そんな事を話しているうちにいよいよ順番が回って来た。混雑回避のためか抽選機は2つあり、ザウマスの番になるタイミングで2つ同時に開いた為、ザウマスと波流星は同時に回す事になった。


「それじゃあ、どっちが一等出せるか勝負ですね!」

「私はトイレットペーパーでも良いんですが、そう言う事なら望むところです」


 コンビニアルバイターになれども彼は元剣士。いかなる勝負も真剣に受けて立つのが騎士道だ。まあ実際には波流星のほうが福引券が多いので全くもってフェアじゃないのだがそれは気にしない。


 何が当たっても嬉しいので心に余裕があるザウマスと、せっかくなら一等を狙いたいと緊張する波流星。2人はそれぞれの思いを込めて、抽選機を回す。そして直後。


 一等の当たりを示す軽快な鐘の音が、2つ同時に響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る