第91話 最後の敵

「あいたた……もうちょっと優しくしてよう」

「すいません先輩。逃げられても困るので」


 持参した特殊合金チューブで電気使いの八菜はなを縛りながら、真季那まきなは辺りを見回した。校舎の外に面した生徒会室の壁は跡形もなく崩壊、室内も八菜との戦闘で荒れまくっていた。


「後片付けが大変ね、これ……」

「ふふふ、心配には及ばんよ」


 真季那の独り言にそう返したのは、ちょうど真季那が粉砕した壁から入って来た摩音まおだった。ここは3階だが、彼女が魔法を使える事は知っているので真季那は何も驚かなかった。


「我も首を突っ込んだ一人だからな。ついでに魔法で直してやる」


 そう言いながら壊れた壁に手をかざす。するとビデオを逆再生しているかのように、粉々になったはずの壁がみるみる元通りになっていく。ついでに荒れていた部屋も綺麗になり、あっという間に元通りの生徒会室に戻った。


「どうだ凄いだろう?これが魔法の力だ。どうしてももっと見たいって言うなら、今度魔法研究部に来て見せてや」

「そんな事より、先輩もこの件に関わってたんですね」

「清々しいまでに完璧なスルーだな!そんな事って何だ!!」


 あっさりと話題を変えられた事に憤慨しながらも、摩音は水使いの相手をし、今は部室に隔離している事を伝えた。


「なるほど。つまり現時点では2人を捕まえられたって事ね」

「となるとあと……何人だ?」

「さあ。私にも《属性結社エレメンツ》が元々何人いるのか分からないから、残りの人数も分からないわ」

「そうか……じゃあ、尋問の時間だな」


 摩音は両手をパキポキ鳴らしながら、縛られて生徒会室のすみっこで座っている八菜に歩み寄った。背が小さく迫力に欠ける摩音だが、身動きの出来ないこの状況でしかも相手が元魔王ともなると、さすがの電気使いでも怖くはなるというもの。


「い、痛い事はしないよね……?」

「安心しろ、乙女の肌に傷を付けるような事はせん。傷を付けず痛みを与えるなど、我の魔法にかかればちょちょいのちょいだ」


 両手のひらに不穏なエネルギーを蓄えながら笑顔で迫る摩音を傍目に見て、真季那はため息をついた。遊び気分の摩音ではうまく情報を聞き出せるか不安しかない。


「人美達、大丈夫かしら」





     *     *     *





「光使いの比呂士ひろと。奴さえ見つければ終わりのはずだが……」

「どこいるんだろ」


 人美ひとみは何も無い運動場を見回すが、もちろん近くに誰かがいる訳もない。


「今まで通りなら向こうから攻めてきそうなものだが、さすがに最後の一人となると慎重になるか」


 非殺傷ゴム弾の入ったアサルトライフルを握りながら、得夢とくむは校舎を見上げた。運動場にいないとなると、きっと比呂士は校舎内にいるだろう。問題はいつどこから現れ、どんな武器を持ってどんな戦い方をしてくるかだ。


「光使いとか言うぐらいですし、やはり光に関するもので攻めて来ると思うのです」

「最初も光爆弾みたいなの使ってたしね」

「そもそもあんな物どうやって手に入れたんでしょう……」


 目立った武器を持たない彩芽あやめと、完全非武装の人美と生徒会長はそんな風に話す。

 相手の武器についての話が進んでいた、その時だった。


『やぁこんにちは、生徒会。もうそろそろこんばんはの時間になるけど』


 学校中のスピーカーから比呂士の声が響いた。運動場にいる人美たちにもはっきりと聞こえてくる。


「放送室か!」

『ここまで粘ったきみたちに一度、降参するチャンスをあげるよ。今すぐ生徒会長を引き渡せ』


 その言葉の直後、人美たちの頭上に何かが飛んできた。風を切って飛翔するのは、カメラの付いた小さなドローンだった。そのカメラには小型のマイクが取り付けられており、おそらくそこからこちら側の言葉を聞くようだ。

 こちらの言葉を届けられると踏んだ得夢は、訝し気な視線でドローンを見上げた。


「降参……?どっちが劣勢が分かっていないのか?」

『ああ。それは認めるよ、僕たち《属性結社エレメンツ》にはもう後がないってね。でも、だからこその最後通告だ』


 スピーカー越しに響く比呂士の声に揺るぎはない。ただ虚勢を張ってるだけじゃなさそうだ。


「……何か策があるとでも?」

『いいや、策なんて陳腐なものじゃない。ソレは最終兵器さ』


 平坦な声で比呂士は言う。彼は最終兵器と言ったが、何とも恐ろしいものが出て来るとは思えなかった。

 確かに手作り爆弾や閃光弾など《属性結社エレメンツ》が使って来た武器は高校生の持つようなものじゃないが、だからこそ『それ以上』があるなんて考え難い。


「まだ何か隠し持ってるのか」

『隠してなんかないさ。きみたちのすぐ上に飛んでるソレだよ』

「上……?」


 見上げると、そこにはカメラとマイクの付いたごく普通のドローンがホバリングしている。いや、先ほどまでと違う点が一つあった。本体から小さなアームが一つ、何かを掴んで伸びていた。


 何か武器を持っている。

 そう人美が気付いた時には、すでに彩芽の指弾によってドローンは撃ち落とされていた。


『残念』


 しかし、それは比呂士の想定内。制御基板を破壊されたドローンは地面へとただ落ちていくだけだが、そのアームに掴んでいたものは違った。それは落下する半ばで強い光を放ち、人美たち全員の目をくらませた。


「くっ……!」


 いち早く閃光弾の存在に気付き目を守っていた彩芽は一番に回復し、光が弱まった所で周囲を見回した。


「これは……」

「冗談じゃないぞおい」


 得夢やほかの皆も視界が元に戻り、その光景を見て愕然とした。

 校庭の空を埋め尽くす勢いで浮かんでいたのは、数十ものドローンだった。それぞれ風穂の爆弾や先ほどの閃光弾に八菜のスタンガンなど、よりどりみどりの武器をアームに携えたドローンが、それぞれ空を飛んでいる。


「これ全部あの人の!?」

『そうさ、これこそが《属性結社エレメンツ》の最終兵器。ドローン軍団さ』

「思いのほか地味な最終兵器です」


 彩芽は依然として表情を変えぬまま、静かに体に力を入れた。得夢もドローンを見上げ、アサルトライフルを構える。

 全方位を囲むようにホバリングしているため逃げ場は無く、人美と生徒会長はドローンたちと対峙する彩芽と得夢の間に挟まるように中心へ隠れた。


『分かってはいたけど、降参する気はなさそうだ。なら……力尽くで屈伏させてやる』


 彼の声と共に、全てのドローンが様々な武器をむき出しにして襲い掛かる。その、刹那の時だった。



「あれ、何してるんですか?」



 だだっ広い運動場でも、その声はやけに明瞭に聞こえた。力がこもっている訳でもない、純粋に疑問を投げかけているだけの、ごく普通の少年の声。


 しかし、たったそれだけだった。

 それだけで、全てのドローンが停止した。

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