第89話 あの日の敵は今日のあれ
次々と投げられるカプセル爆弾を避けたり銃で処理したりしながら、間合いを詰める隙をうかがう
「クソ、爆弾はまだ切れないのか……!」
風穂が投げる爆弾は全て彼女が肩から下げているスポーツバッグに入っている。さっきからずっと投げ続けている爆弾だが、その数にまだまだ底は見えない。
「お前、俺みたいな奴にご自慢の爆弾ポンポン使っていいのか?また作るの大変だろ」
「心配ご無用!これを作るのも趣味だから、むしろ今は工作の成果をどんどん試したいね!」
言葉で惑わすも効果なし。爆弾を投げる手は緩まない。
風穂の意識を自分へと向けられた時点で、生徒会長を守るという得夢の目的は半分果たせたと言っていい。
「なら後は、こいつを倒すだけ」
ゴム弾を当ててダメージを与える戦法は、爆風によって防がれるので効果がないと分かった。得夢は訓練用非殺傷ゴム弾の込められた右手の銃を仕舞い、手ぶらになった右手を握りしめた。
(遠距離攻撃が駄目なら、懐に潜り込んで直接叩く!)
爆発によって巻き上がった黒煙の中を突っ切って、得夢は風穂へと接近した。近距離ならば自分が巻き込まれるのを恐れて、爆弾も投げられないだろう。あとは爆弾が詰まったスポーツバッグを引き剝がして取り押さえる。それで得夢の勝ちだ。
敵がどの方角にいるのか、どこへ動こうとしていたかは、すべて爆発の直前に確認していた。故に煙によって四方が見えない状況でも、確実に風穂へと接近していた。煙が晴れる頃には、すでに手の届く距離だった。
「これで終わり―――」
そこで、彼は見た。
目の前の風穂が、スポーツバッグへ手を入れていた事に。
(この距離で爆発を起こすつもりか……!?)
しかし、そこで得夢はある可能性の存在に気付いた。
(相手がこの局面を想定していないと言い切れる根拠は無い。近接戦闘用の武器もあのスポーツバッグの中にあるはず……!)
風穂が近接武器で顔または胴体を狙うと踏んだ得夢は、彼女へと踏み込んだ左足を自身の右足で思い切り蹴った。まさに自分自身に足払いをするような要領で、わざと体を倒したのだ。
(そして何より、相手は爆弾を手作りするような奴だ。きっとまたとんでもない自作武器を振るうに違いない!)
そのまま仰向けに倒れた得夢は勢いを殺さないまま手で地面を弾いて横に転がり、距離を取った後に素早く起き上がった。
風穂がどんな武器を取り出し、得夢を攻撃したのかは分からない。それを確認するより速く回避行動を取ったからだ。
「何っ」
だから。
彼女の右手に握られているソレを見て、彼は思わず息を呑んだ。
「ただの、100円ライター……!?」
「ふふふのふ、凄い武器が来ると思たでしょ?」
彼女の顔に浮かんでいたのは、自分の作戦がバッチリ決まった時に見せるような、実に嬉しそうな笑みだった。
「本命はそれだよ!」
「―――!!」
中腰のままの得夢の眼前には、いつの間にかカプセル爆弾が一つ、こちらに向かって投げられていた。
(しまった……!)
最初から大量のお手製爆弾という予想外の武器を惜しみなく使う事で、得夢は風穂が使う武器の『基準』を爆弾にしてしまったのだ。だから彼は『別の武器もきっと爆弾レベルに危険だろう』と思い込んでしまった。そう思ってしまえば、何の変哲もない100円ライターが出て来て拍子抜けするのも仕方ない。動きが固まったその一瞬の隙を突いて、彼女は爆弾を投げたのだ。
(入念な武器の準備と戦いながらの思考誘導……。
爆弾を弾くために左手の拳銃を素早く向けたが、弾がもう無い事に気付いて回避に移ろうと体を傾ける。
(クソ、間に合わない―――)
直後、新たな爆発音が周囲に響いた。風穂の爆弾は見事に爆発し、その爆風で得夢の体を吹き飛ばした。
たった、数十センチだけ。
「えっ!?」
あの爆発をもろに食らえば数メートルは吹っ飛ぶはず。風穂は目を丸くした。
それもそのはず、投擲コースも完璧だったはずの爆弾が、爆発の直前にいきなり真横に方向転換したのだ。
まるで、何かに弾かれたかのように。
「情けないですよ、まったく」
心底呆れるような、少女の声が聞こえた。
向かい合う得夢と風穂。少し離れて戦いを見ていた人美と生徒会長。その場にいる全員が、声のする方へ向いた。
年齢の割には小さな身長と、思考のまったく読めないポーカーフェイス。ゆっくりとこちらに歩いて来るその姿を見て、人美は驚いたように声をかけた。
「あ、アヤのん!?まだ学校いたんだ」
「ちょうど今帰る所だったですよ。……あなたを見つけるまでは」
彼女の言葉の後半は、人美に向けられたものではなかった。視線の先にいるのは、砂埃を払って立ち上がる生徒会護衛、得夢。
「特別あなたと話す事なんて無いと思ってましたけど、さすがに口出させてもらいますですよ」
すたすたと戦地へ足を運ぶ殺し屋の少女からは、珍しく感情が現れていた。
呆れと、少しばかりの悔しさ。そして砂粒程度の怒り。
「アヤのん、怒ってる……?」
人美の呟きは隣にいる生徒会長にしか聞こえておらず、彩芽は足を止めない。
得夢の目の前まで来た彩芽は、身長差のある彼の顔を見上げる形でまっすぐ見つめた。いや、ほんの少しだが、睨んでいるようにも感じる。
「今の戦い、あれは何ですか。爆弾使い相手に遊んでるのです?」
「……何言ってんだお前。と言うか誰」
「私が殺し屋だという事を周りに知らせないようとぼけてくださるのなら心配いりませんですよ。人美さんも、たぶん生徒会長さんだって知ってますし」
彩芽はぐっと詰め寄り、得夢は気圧されたように一歩下がる。
「万が一私の事を取るに足らない者として忘れてしまったのであれば、殴った後に自己紹介でもしましょうか」
「……いや、覚えてるよ。忘れる訳ないだろ、『
それは、彩芽の殺し屋としてのコードネーム。日本最強の殺し屋として語り継がれる、絶対的な恐怖の名。
それを聞いて、彩芽は僅かに口角を持ち上げた。
「覚えてるじゃないですか、
美菜央彩芽は、殺し屋サイレントの顔で彼を見据えた。
「特殊歩兵部隊『イレイザー』隊員、コードネーム『ホワイト』。私が唯一殺せなかった方が、こんな所で何を苦戦してるんです」
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